3冊目 司書姫と微睡む美丈夫
本日3話目٩( 'ω' )و今日はここまでとなります。
「司書姫様、ありがとうございました」
「どういたしまして。ところで、あの……その呼び方、どうにかならない?」
大量の本を抱えてふらふらしている司書がいたので手を貸したら、これである。
お礼を言われるのはいい。
問題は司書姫という呼び方だ。
ここ最近、妙にそう呼ばれることが増えてきたので、この機会にちょっとやめてもらいたいところだけれど……。
「でもライブラリア家から司書を手伝いにきてくれる女性はそう呼ぶのが習わしだって、館長が」
「…………そう」
色々言いたいことはあったが、彼女に言っても仕方なさそうなのでグッと飲み込む。
これっぽちも聞いたことのない話だこと。
まぁこの王立図書館の館長であるイタズラ好きのご老体の仕業だろうけど。
この王立図書館と、うちの領書邸と。
二つの図書館に関しては、ライブラリア家が管理責任者となっている。
とはいえ、領地経営など貴族としての仕事も多くある為、常に双方の図書館だけを意識してはいられない。
そこで、それぞれの図書館には管理の代行権と責任を負わせる形で、館長を雇っている。
王立図書館の方のおじいさんは、ちょっと面倒で、鬱陶しい性格をしている人だけど、その能力は本物だ。
だからこそ、私のことを司書姫と呼ぶようにしているのだろう。
なにせ、あのご老体は、ライブラリア家の歴史を崇拝していると言ってもいい。
だからこそ、ライブラリアを背負う意味なんぞ微塵も知らないくせに当主を気取っている小僧――つまりは私の父のことだ――が大嫌いなのだ。
もちろん表立ってそんな態度を示すわけにはいかないから、私を司書姫と呼ばせる形を取ったんじゃないだろうか。
目的はただただ私の父への嫌がらせだと思う。
「お前なんか当主じゃないもんね! ワシが当主として認めているのは小娘だけだかんね! ばーかばーか!」
……みたいなニュアンスでもって、この呼び名を広げているに違いない。
恐らくは、私が気づいてないだけで、ライブラリア領書邸でも、その呼び名は広まっている可能性がある。
それはそれとして、恥ずかしいのでちょっとやめてほしい。
よし――ここは一つ、少しだけ脅すことにしよう。
「気をつけてくださいね」
私は彼女を気遣うように声をかける。
「ええっと、何をですか?」
「私は気にしませんけど、父――ライブラリア当主ヘンフォーンと、今の妻であるフーシアの前では司書姫という言葉は使わない方がいいって話です」
「そうなんですか?」
「気が短く、私とあまり仲が良くありませんので。
私を敬うようなあだ名は、父たちの機嫌を損ねかねません。後先考えない勢いで貴方にクビを言い渡してしまう可能性があります」
脅しのつもりで口にした言葉に、彼女は何故か目を輝かせてうなずいた。
「わざわざ気に掛けて頂きありがとうございます。イスカナディア様が司書姫と呼ばれる理由の一端が見えた気がします」
「それならそれで結構。気をつけてくださいね」
「はい。気にかけてくださりありがとうございます」
……おかしいな。
言い控えてもらう為の脅しのつもりだったんだけど、むしろなんか嬉々として使いそうな気配をしながら去っていったぞ、あの子……。
もしかして、領書邸だけでなく、領地から遠く離れた王立図書館でも、司書たちから嫌われてるのか、あの二人……。
「はぁ」
嘆息一つ。
まぁ司書姫と呼ばれることに実害があるわけではないので、飲み込むとしますか。
そうこうしていると、天井の魔心灯に明かりが灯り出す。
もうそんな時間か――と思って窓の外を見てみれば、日が沈みだしていた。
あと少しすれば、外は夜の帳が完全に落ちてしまうことだろう。
そろそろ司書長に声を掛けて帰りますか。
「司書姫様でしたら、わざわざ私にお声を掛けなくとも自由にしていてくださって構わないのですよ」
初老の女性である司書長は、館長ほどではないにしろ私の立場とかに理解がある人だ。
加えて転移装置のことを知らずとも、私が神出鬼没な理由を漠然とは理解してるっぽい雰囲気がある。
だからこそ、こんなことを口にしたのだろうけれど――それは違うと私は首を振った。
「部下であれ上司であれ、誰がどこにいるのかある程度の把握が出来ていた方が対応がラクでしょう?
例えば急にこの図書館が火の海に包まれた時、私が図書館の中にいるかいないかを把握できているだけで、司書長たちは対応しやすいのではありませんか?」
私がいるかいないか分からず右往左往して逃げ遅れでもしたら申し訳ないどころではないしね。
「それは否定できませんね。格別の心遣いありがとうございます。司書姫様」
「貴方までその呼び方するのね」
「なにせ図書館の管理人一族のお嬢様ですしね。実際に、管理されていらっしゃるでしょう?」
「…………」
イエスともノーとも言い難いこというわね。
これ、うなずいちゃうと、父を領主の座から無理矢理おろさないといけない空気になりそうで面倒……。
かといって完全否定する材料はない――どころか、こうやって司書として顔を出している時点で……ねぇ?
なんて悩んでいると――色々と察してくれたらしい。
現役引退していても、さすがは貴族女性。どっかの土地の先代領主の奥さんだったっけ?
「申し訳ございません。困らせるつもりはなかったのですが」
「いえ、構いません。私がフラフラしているのがダメだと言われてしまえば、否定できませんから」
とはいえ、表舞台に立って社交する自分っていうのをもう想像できないかなぁ。
母が亡くなってからこっち、社交界になんてほとんど顔も出してないしさ。
私が出るのを控えてるってのもあるし、同じくらい義母が社交に出るのを邪魔してくるという事情もあるのだけれど。
まぁ事情はあれど、そのうちにいやでも出る必要があるのはわかっている。でも、その時までは出来るだけサボりたいというのが本音だ。
ともあれ――
「とりあえず、今日は帰りますね」
「はい。お引き留めするようなコトをしてしまい申し訳ありません」
「気にしないで。司書姫でいる間は、人と触れ合える数少ない機会ですので」
自ら名乗りたくない名前だけど、こういう形で使えば、司書長も今のやりとりを変に気にしないでしょ。
「それでは、失礼します」
「はい。お気をつけて」
司書長の前をあとにして、私は領地へ戻るために転移陣のある壁へと向かう。
領書邸と同じく、王立図書館でも本棚迷宮などの呼び方をされているエリア。
古くて難しく専門的な内容の本が多く、さらには本棚が入り組んでしまっているので人気のない場所に、隠し部屋の入り口たる壁がある。
その迷宮エリアの入り口のところは小さなスペースがあり、机と椅子が置いてある。要するに読書スペースだ。
人気も少なくやや薄暗い為、読書スペースとしても、休憩スペースとしてもあまり人気のない場所ではある。
わざとそうなるようにしているとも言うんだけね。
ともあれ、帰る為には絶対に通らなければならないその読書スペースに通りかかると、そこには珍しく人がいた。
んー……大丈夫だと思うけど、ちょっと面倒な……。
丁寧に手入れがされていると思われる銀の髪の男性が、机につっぷして寝ている。
服装からして、かなり上等なことから、ライブラリア家同等の伯爵か、それ以上の身分の人だろう。
まぁ、私には関係ないか。
私は彼の脇を抜けて、本棚の迷宮へと向かおうとする。
「ん……っむぅ……」
その途中で、彼は色っぽい声を漏らしながら、気怠げに身体を起こした。
寝起きでハッキリしない双眸を睨むように細めていながらもなお、ハッとするほど綺麗な人だ。
右手で首をなでながら、眠気で眇まった瞳を私に向ける。
自分でもどうしてか分からないんだけど、私は動きを止めてしまった。
サファイアあるいは冷たい氷を思わせる美しい眼が、どんどんと不機嫌になっていき、睨むように私を見つめてくる。
不機嫌? 嫌悪?
私ではなく、私を通して何かを嫌っている?
……大嫌いな女とかに似てるのかな?
それはそれとして――彼の目には少しクマがあるし、やつれてる。
激務に追われている人なのかもしれない。ようやく休めたところを起こしてしまったのだとしたら申し訳ないことをした。
いや、単に横を通ろうとしただけなので、起こすつもりもなかったんだけど。
思わずその目を見つめ返すように彼の顔を観察していると――やがて、彼は正気に戻ったような顔になった。
途端、慌てて頭を下げてくる。
「す、すまない……!」
「へ?」
正気になるなり突然謝ってくる彼に、私は思わず間の抜けた声を上げてしまった。
「いや寝起きだったとはいえ女性を無意味に睨んでしまったからな。固まっていたし、怖がらせたのではないかと思ったんだ」
「あー、いえ。大丈夫ですので」
慌てているからか、やや声が大きい。
同時に言い声をしているな――などと思った。
ただ、よく通る声でもあるので、本人が思っている以上に、大きい声に聞こえてしまっているのかもしれない。
「そうか。なら君の仕事の邪魔をしてしまったのかな? それとももう閉館の時間かい?」
こちらを気遣うような態度は悪くない。
考えてみたら、こうやって身内以外の男性から気遣われるというのも久々だ。
とはいえ、言うべきことは言っておこう。
「どっちも違います。強いて言わせて頂ければ」
「ああ」
「声――抑えてください。図書館ではお静かに」
私は口元に人差し指を当ててそう告げる。
相手を不快にしないように、やや微笑むように。
意識して笑うなんて久しぶりだから、出来ているかどうか分からないけど。
すると、彼はキョトンと目を瞬き、ややして破顔しながらうなずいた。
「……あ、ああ! そうだったね。その通りだ。重ね重ね申し訳ない」
笑いながら謝罪するその姿は、見目に比べてどこか幼ない。
ちゃんと声のトーンも抑えているところも弁えているというかなんというか。
人のことを言えないけれど、ずいぶんと気安い貴族もいたものだ。
「少なくとも私は、大声あげたり読書や仕事の邪魔をされないのでしたら、図書館をお昼寝に使っていても文句は言いませんよ。お仕事が激務な方のおサボりでしたら、尚更です」
そう言って笑いかけると、彼はバツが悪そうに頬を掻いた。どうやら図星らしい。
「まだ閉館までは時間がありますので、もう少しサボれるかと思いますよ。
ここはあまり人も来ませんし、死角になりやすい場所ですからサボるのにはピッタリですものね」
「サボるサボると何度も言われると少し居心地が悪くなるな」
「気にしすぎかと」
思わずクスクスと笑ってしまう。
自然と笑ってしまって、だけど同時に不安になった。
ぜんぜん社交をしてこなかったから、ちゃんと笑えているか分からないのだ。
自分ではただ笑っているつもりだけれど、他人を不快にさせるような表情をしていたらどうしよう――とか。
そんな気持ちが芽生えるが、表には出さないように取り繕う。
「君は――」
「はい?」
「君が、起こしてくれるかい? 閉館になったら」
なんか捨て犬や捨て猫に見上げられているような気持ちになる。
だけど、あいにくと目覚まし係をしてあげることはできない。
「あー……申し訳ありません。
私はここの本を借りたら帰りますので……」
「そうか」
なにやら残念がられてしまった。
「でも安心してください。人があまりこない場所とはいえ、閉館の時は必ず見回りがきますので。寝てても起こしてもらえると思います」
「……そうか」
なにやらしょぼんとした顔をされてしまった。
もしかしたらサボ眠りからサボ喋りに移行したいのかもしれない。
だけど、生憎と私の図書館でエフェが食事を用意して待っているだろうから、帰らなければならない。
「仕方がない。もうひと眠りするとしようか」
「そうしてください。では、失礼しますね。おやすみなさい」
私が頭を下げると、彼は軽く手を振って机につっぷした。
このまま寝てくれるなら、変に疑われないで済むかな?
そうして私は、本を探すフリをしながら壁の元へと向かうのだった。
ヒーローが顔見せしたところで今日はここまでとなります!
明日は、朝、昼、夜と3回更新予定です٩( 'ω' )وよしなに
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