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28冊目 好いた女と嫌いな女(ケルス視点)

いつもお読み頂きありがとうございます٩( 'ω' )و

予約するつもりで普通に投稿しちゃいました

少し速いですが、このままにしておきます



 イスカナディアとのデートを終えたあと、俺は家に戻ってきた。


 仕事に関する報告などを軽く受け、そのあとは湯浴みをし、自室で休むことにする。

 休日を存分に楽しんだのだ。せめて今日くらいはこの楽しい余韻のまま一日を終えても文句は言われまい。


「ふぅ」

 

 自室に隠しておいた秘蔵の酒を開け、グラスに注ぐ。

 それを口にして、一息つく。


 元々美味い酒だが、今日は妙に美味く感じる。


「色んな顔のイスカナディア嬢を見れたな」


 思わず独りごちた俺の顔はどうなっているのだろうか。

 特に鏡を見る気はないが、きっとだらしなく緩んでいることだろう。


 グラスの酒をグイっと飲み干す。

 やはり、今日の酒はいつも以上に美味い。


 もう一杯飲むかどうか考えて、酒のボトルを見る。


「…………」


 何となく、祖父と酒を飲み交わしたことはあるが、父とはないな――なんてことを思ってしまった。


 この酒は無関係のはずなのに、ふと父や祖父のことが脳裏に過ったのだ。

 酒に強いのは二人からの遺伝だとは思うが、だからといって二人が好きというワケでもない。むしろ嫌いだという感情の方が強いと思う。


 それでも、放蕩三昧の祖父はまだマシだ。

 女にだらしなくはあったが、だけどしっかりと、ティベリウム家の当主としての仕事はやっていた。


 放蕩三昧のように見えて、一線を引いているのは間違いなかったし、本当の意味で危険な関係になるような状況は避けていたし、そういう女を避けていただろうことも、今なら分かる。


 家に女性を呼んだり、出先で女性を引っかけたりして、色々と楽しんでいた面はあれど、間違いなく有力貴族であり、そして正しく有能貴族たろうと立ち回っていたのは確かだ。


 ただそのせいで、祖父から俺に乗り換えようとこなを掛けてきた女が多数いて辟易したのが、女嫌いのキッカケになっているのは間違いない。


 それだけでも辟易していたのに、社交界に出れば同じような顔をした同世代の女たちも俺のことを囲ってくる。

 祖父も祖父で、価値基準が自分ベースであるせいで、女に囲まれれば俺が喜ぶと思って余計に女を集めていたのは、さすがに鬱陶しかった。


 とはいえ、交流を全部弾くのは違うという理解はあったので、同世代や歳の近い女を祖父に見繕ってもらい多少の付き合いはした。


 だが、どいつもこいつも、自分の自慢と、周囲の悪口や愚痴ばかり。

 それに加えて、自分の両親や祖父母がどういう立場で、先祖や一族がどういう理由で貴族となり、今も貴族を継続しているのか――そういうことにとんと興味がないときた。


 正直、そんな女どもと付き合うのは辟易を通り越して苦痛でしか無い。

 そういう話題を振っても、興味がなさそうだ。


 だってそうだろう?


 土地持ち貴族の娘なのに、自分の領地の特産物について興味なければ、知識もないなんて愚かな女。


 税収が良く、それでいて民からも好かれていることで有名な領主の子なのに、そもそも税金なんて民からいくらでも吸い上げられるなどと思い違いをしていた女。


 自分より身分が低い者は全員見下して良いと思い込んでいる女。


 そういう女たちと付き合ったところで、俺にはなんのメリットもない。

 結婚しようものならティベリウム家の金を勝手に使い込みそうなバカ女じゃないか。


 祖父からすでに、次の当主になるよう指名され、教育を施されていた俺にとっては、本当に付き合う理由の無い女たちばかりだ。

 友達としてであれ恋人としてであれ、彼女らと付き合うくらいであれば、彼女たちの両親と仲良くなった方がよっぽどメリットが大きい。


 なんであれ――不満をあげていけばキリはないが、そういう女たちに関しては、王を通じてそれぞれの両親へと教育を見直すよう伝えてもらった。


 とはいえ――当主を継いだ今もなお、そういう女と出会う機会が少なくないのだから、頭が痛い。


 その度に、祖父には感謝する。

 俺は祖父は嫌いだが、それでも祖父を完全に嫌いきれない理由がある。


 少なくとも俺は、自分の家がどういう一族であり、自分が今後どういう立場になっていくのか、どう立ち回っていくべきかをしっかりと祖父から教えて貰えたからだ。


 祖父の放蕩は間違いなく趣味だが、同じようにこの手のダメな貴族諸子たちを見つけて王に報告していたのかもしれない――と思う時はある。

 なにせ王が俺からの報告に対して、たやすく受け入れたのだ。きっと前例があるからだろう。


 行いとしては確かに、ティベリウム家の盟約からくるお役目に近い話だ。

 同時に、あまりにも愚かな貴族諸子が多いなら、盟約によるクーデターも視野にはいるぞ……という脅しの意味もあるんだが。


「…………」


 思い返してくるにつれ、少し苛立ちが募ってきた俺は、結局酒のおかわりをグラスに注いだ。


 一口舐めると、美味いは美味いが、先ほどまでの甘美な陶酔感は感じられなくなっている。


「酒の味は気分で変わるというのは本当だな」


 自嘲気味に苦笑して、けれども芋づる式に脳裏に過る思い出を止めることができそうになく、嘆息した。


 ともあれ、祖父は嫌いだが、それでも許せるところはそれなりにある人物だ。感謝しているところも多い。


 問題は父だ。

 死んではいないだろうが、今はどこにいるのか分からない。

 ただ、居場所が分かった時、俺は父を手に掛けるのをためらわない可能性はある。


 何せ父は完全に愛人と浮気しており、しかも母と俺を残して、愛人と一緒に蒸発したのだ。

 放蕩趣味の祖父とはいえ、さすがにその行いに、大いに怒ったほど。


 加えて、失踪前に母と何かあったのか、母は急速に病んでいき――ある日、自らの手で、女神の元へと還っていったのを、俺は祖父とともに発見した。


 それを思うと、祖父は祖父なりに俺を構いたかったのだろう。

 構い方が分からず、女をあてがうくらいしか出来なかったのかも知れないが。


 以前に比べれば、祖父へ対する嫌悪感は薄れているのは、良いことなのか悪いことなのか。


 祖父が男児に恵まれなかったのもあって、長女である母の元へと父は婿入りしてきた。

 何を思って婿入りしてきたのかは分からないが、幼い頃の記憶だけ思い返せば、貴族としては、ふつうの父だったようにも思う。


 だが、いつの頃からかあまり構って貰えなくなった覚えがある。

 恐らくはその辺りから、愛人との逃亡を考えていたのではないだろうか。


 愛人だと思われる女を何度か見たことはあるが、子供心に良い女とは言えなかった。

 あれならどう考えても母の方が良い女だ。あんなのになびく理由が分からない。


 しかし、俺の印象とは無関係に、父は愛人と共に蒸発した。

 その蒸発の数日前に、愛人の女が俺に話しかけてきたことがあった。


 何の話をしたのかは覚えていない。

 何らかの誘いがあって、俺が断った。それだけだ。


 ただ、その誘う態度であったり、言葉遣いや仕草そういうものが、なんともシャクに触った記憶がある。


 それこそ、言い寄ってくる数多の有象無象と同じ――あるいはそれ以上にどうしようもない女の気配を感じたような……。


 あの女に関してはその時の印象が強いからこそ、父を誘惑して攫っていたように思えたのだ。


 その印象こそが女嫌いの一番大きな要因だと、自分では分析している。


 俺は、女によって、両親を奪われたのだ。

 もちろん。母を捨ててどこかえ消えてしまった父に関してはかなり恨んでいる。


 だが、大本はあの女だ。


 そして、俺に言い寄ってくる女の多くは、あの女の劣化版や下位互換みたいな連中ばかりときている。


 俺が女を相手にしなくなる理由には十分だ。


 そんな状態の俺が、当主を引き継いだ。

 同世代の女が集まってくる状態から、年代問わず俺の伴侶になりたいという欲まみれの女たちが余計に集まるようになってきた。


 そんな女に対しては基本的に塩対応。

 仕事が忙しいのに、断れない社交に出た時などは、必要な場面以外の大半が誰であろうと冷たくあしらう。


 それを繰り返しているうちに、ついたあだ名が、氷の冷徹公爵なのだから、まったくもって笑い話だ。

 サボり魔で怠惰趣味の俺につく二つ名とは思えないほどカッコいいじゃないか。


 そんな二つ名と噂で多少は寄りつく女は減ったものの、それでもメゲずに、寄ってくる女は少なくない。


 時折、どうしてフィンとだけはちゃんと会話するのかなどと、謎のやっかみを向けてくる女もいるんだが――そんなの答えは決まり切っているのだ。


 彼女は、この国の次期国王であるアムディの伴侶になるべく教育を受けている。


 そうでなくとも、領主の娘として覚えるべきことや、するべきことを正しく理解した上で、社交本来の役割である情報交換も正しく出来る。

 本人もまた、個人的な趣味が高じて、美容品の研究と、研究成果による発明品で商売を行っているので、下手な貴族よりもよっぽどしっかりしているのだ。


 やることをちゃんとやっている女を冷たくあしらうようなことは俺もしないだけなんだがな。


 イスカナディアも同様だ。

 俺がうっかりひと目惚れしてしまった面はあれど――そうでなくとも、彼女や彼女の妹サラのように、自分の立場を理解して、必要な努力を惜しまないのであれば、別に冷たくあしらうこともない。


 彼女たちは、俺が会話するのに苦と感じない、数少ない女性たちではあるんだ。


 愚かしい女たちが、自分と彼女たちを同列に扱って欲しいなどとあまりにも烏滸(おこ)がましい。それは彼女たちに対して失礼すぎるだろう。


「そうだ。惚れた腫れた以上に、得がたい友人でもあるんだよな」


 イスカナディアが、妹と仲良くやっている光景を思い出すと、口角が上がる。


 それだけで、ちびりちびりと飲んでいた酒の味が、苦みばしった陶酔から、甘美な陶酔へと戻ってくるのだから、我ながら単純だ。


「イスカナディア……」


 初めて会った時の、あの笑顔。

 貴族として振る舞っている時の上品な笑顔。

 平民として振る舞っている時の楽しそうな笑顔。

 妹を見る時の気遣いと優しさに満ちた笑顔。


 今日のデートを含めて、これまで見てきた彼女の様々な顔を思い出すだけで胸が弾むようだ。


「今日の俺は酒に弱いのか、それとも酔いの回りが早いのか……それにしたって少しばかりイスカナディアに心奪われすぎだな」


 我がことながら、思わずそう独りごちてしまう程度には、苦い想い出がイスカナディアで上書きされているかのようで。


「これ以上余計な想い出が湧いてくる前に寝てしまうか」


 手元のグラスに残った酒を一気に呷ると、俺は良い気分のままにベッドへと潜り込む。


 酒のせいか、デートの余韻か。

 恥じらいながらも薄着で誘ってくるイスカナディアの夢を見た。


 あまりにも愛らしく美しいその姿を見て興奮を押さえられなかったというのに……。

 俺は、抱きしめるのが精一杯で、押し倒すことができなかった……。


 夢の中でも、彼女を辱めるようなマネはできない程度に俺は紳士だったようだ。




===



アム&フィン

「紳士? 夢の中でもヘタレだっただけでは?」


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