26冊目 クールな顔、ふやけた顔、自然な顔
口元に手を当て、少し気恥ずかしそうにしているケルシルト様を見る。
赤くなった私を内心見惚れてるとか言われても――本当に?
あー……この感情、本当どう処理していいか分からないんだけど……。
私と同じような感じでどうしてよいか困った調子だったケルシルト様だけど、意を決したように、それでいて普段通りの調子で私の名前を呼ぶ。
「イスカ」
「ひゃ、はい!?」
「そんな驚かなくても」
「す、すみません……自分でもなんでこんな反応したのか……」
なんか、変な反応をしてしまう……。
「まぁ、なんだ……多少は自分の認識を改めて貰えれば、幸いだ」
「は、はい……」
照れ隠しするかのような仕草で言わないで欲しい。こっちまで釣られて照れそうで……。
「その上で、まぁ……デート中にする話でもないんだが……お互いこの変な状態が続くのも、なんとも気持ちの座りが悪いので……少し、仕事の話を、しよう」
咳払いするような調子で、視線は私から逸らしつつケルシルト様がそんなことを口にする。 それは、先に私がやったのと同じ必殺技なんだろう。
普段通りのことをすることで、気持ちを切り替えようというものである。
「そ、そうですね。何のお話でしょうか」
「フィンについてだ」
これに、乗らない理由はない。
そうでなくとも、フィンジア様の今の状態は気になるしね。
「聞きます」
頭の中というか心の中というか……とにかく私の内側にあるスイッチが切り替わる気がする。
瞬間、照れとか羞恥みたいな感覚が薄れていく。
我ながら変な反応だな――と思うけれど、気持ちが仕事に向いているこの状態を落ち着くとも思ってしまった。
もしかしてワーカーホリックのケが生まれだしているのかな? だとしたら本格的にそれに精神浸食される前に正気に戻らないといけないかもしれな。
ともあれ、フィンジア様の話だ。
「体調を少し崩してはいるが、生活そのものは普通にできている」
チキンをかじり、果実水を飲みながら告げられた言葉に、私は少しだけ安堵する。
「酷い状態にはなってないんですね?」
「ああ――今のところ、私財を投じて謝罪をしようという症状は出ていない」
それはとても安心する情報だ。
もっとも、精神の不調が体調に出始めてしまっているところは気になる。
「ただ、美容趣味に少し翳りがある。手つかず――とは違うが、集中できていないというのが近いか。仕事としての面は問題なさそうだが、趣味や実用の面が、疎かになっている感じはする」
「美容による自分磨きを生きがいにしているような人がそれですか」
「ああ、そうだ。キミから教えて貰った――『饕憐』と言ったか。厄介な魔法だな。これなら直接的な洗脳や催眠などの効果の方が分かりやすいし対処がしやすい」
「同感です」
本格的に美容へ影響が出る前に、何か対処した方がいいか。
フィンジア様がどこまで踏ん張れるかにもよるだろうけど。
「ところで、『饕憐』に関してキミから貰ったレポートを読ませてもらったんだが……」
「どうしました?」
「考えようによっては、俺には通用しない魔法ではないかと思う」
「ケルスさんもその推測にたどり着きましたか」
「ならばキミも?」
「はい。この考えが正しいならフィンさんも問題ないはずです。ただ……」
「それでどうにかなるという確証も実証もないコトだな」
「そうです。どうにか出来ると思って対処するコトそのものがトラップになっている可能性がある以上、迂闊に教えるのが難しいんですよね」
「そうか、その可能性もあるのか……」
ううむ――と、ケルシルト様が考え込む。
一喜一憂して百面相状態の、どことなく柔らかというか、ポンコツっぽさを感じる時は可愛いと感じるけれど、こういう真面目な冷徹公爵の顔をしている時、これはこれでカッコいいな……ってなる。
考えながらもお腹はすいているのか、ケルシルト様はチキンを片手で掴んで掴んでかぶりつく。
口の端についたタレをチキンを持たない方の手の親指で拭い、それを舐めとると軽く手を拭い、だけど表情は真面目なままだ。
…………。
考え事をしている最中だからか、公爵としての真面目な顔になってて、それでいて平民のようなワイルドな動きをするの、なんかドキドキする。
貴族の食事会じゃあまず見れないその仕草が、妙に艶っぽく見えるというか……。
――ああッ!?
もしかしてこれかッ!? ケルシルト様が私に感じてたのは、これと似たようなヤツか!?
あれ、ちょっと待って? これに艶っぽいとか感じるってことは、私の思考も破廉恥なのではッ!?
「お待たせしましたー! ソーセージの盛り合わせと、ポテトフライでーす」
「ああ、ありがとう」
真面目な思考をしていたからか、仕事顔のままのケルシルト様は、料理を運んできた女性に笑いかける。
やや冷たさすら感じるのに、妙にキラキラとして見える笑顔を直接向けられた彼女は、思い切り顔を赤くした。
うっわ。すっごいな。
なんだその顔。笑顔と美貌が組み合わさりすぎて、そこまで男の顔に興味のない私ですらため息がでそうだぞ。
料理を持ってきた店員さんだけでなく、周囲の女性たちが、声なき声で黄色い歓声をあげたんじゃないかって顔してるじゃないか。
その笑顔を向けられた店員さんは、さっきまで私たちをからかっていたとは思えないほどテンパった調子で、私に小声で話しかけてくる。
「お、お、お、おおおおねーさん!?」
「動揺しすぎじゃないですか?」
「でもでも! カッコいい人だと思ってたけど今の顔、顔!! 顔が!!」
「仕事中はわりとこんな感じらしいですよ。笑わないし常に不機嫌なせいもあって、仕事の関係者からは冷徹野郎とか氷結ボスとか言われたりするらしいので稀少な笑顔です」
「今の顔を思い出すだけで倒れそうです」
「倒れてないで仕事してください」
「おねーさん良く大丈夫ですね?」
「あの顔を向けられたコトないですからねー」
「向けられたらイチコロでした?」
「むしろ距離おいてたかもしれません」
「それはそれで分かる気はします」
そんなやりとりのあと、女性は顔を赤く染めドキドキした様子のまま、フラフラと仕事へ戻っていった。
「……イスカ、今のは何?」
「ケルスさんのクールな笑顔にやられてしまったみたです」
「なるほど。キミにも向けた方が良いかな?」
「その場合は距離を取っちゃうと思います」
「そ、そうか……」
何やらショックを受けた顔をして、ポンコツモードに戻ってしまった。
私の言動に不備があっただろうか?
「あ、そうだ。ケルスさん」
「なに?」
「フィンさんと近々お茶をしたいんですけど、日程ってすぐ組めそうですか?」
そう訊ねると、ケルシルト様のクールから一転ウェットになっていた表情が、再びクールに戻ってくる。
どんな凹んでても仕事が絡むと即座に切り替えられるのはすごいな。
「早めの方がいいかい?」
「そうですね。症状が進行しすぎると問題でしょうし」
「キミの妹さんはどうする?」
「じゃあ、一緒で」
「了解だ」
ケルシルト様はそううなずいてから、何かを思い出したように顔を顰める。
「アムが来るかもしれない」
「……あー……」
アム――アムドウス殿下のことだろう。
確かにフィンジア様とお茶会をすると、彼が乱入してくる可能性が否定できない。
「ケルスさん、同席します?」
「アム次第では」
「それでも構いません。さすがにちょっと、私だけだと対応しきれないと思うので」
「わかった」
正直、あのパーティで出会って以降、どうにもアムドウス殿下に対する苦手意識がある。
そんな私の心境を見透かしたのだろう。
「苦手か?」
ケルシルト様はそう訊ねてくる。
それに、私は少し悩んでから、うなずいた。
「悪い方ではないと理解していますし、時々迂闊な場合を除けばしっかりした方なのも分かっています。
ただ、その迂闊のせいで切り札の一枚を盛大に公開されてしまった上に、一番知られたく二人の耳に入ってしまったので、かなり苦手意識が……」
あの一件以来、だいぶ殿下を警戒しちゃっている自分がいる。
「一応、あのパーティのあとでご両親と、フィンからお説教をされていた。
次に会う機会があれば――まぁ、あれはひねくれ者だから素直には言わないだろうが――遠回しの謝罪くらいは言うはずだ」
「そうですか……」
「まぁキミからすれば謝罪されても困るだろうがね」
「あははは……」
イエスともノーとも言いづらいので、乾いた笑いで誤魔化しておく。
誤魔化しついでに、ソーセージを一つ食べた。
これも美味しいソーセージだ。
ソーセージそのものも良いモノだし、その焼き方もいい。
「料理を美味しそうに食べてくれるのを見ると、キミをここに連れてきて良かったと思うよ」
「こちらこそ、美味しいお店を教えてくれてありがとうございます」
フッと自然に笑うケルシルト様に、私も意識することなく小さく笑い返した。
「やはりキミのその顔はいいな」
「え?」
何か小さく呟いていたけど、なんだ?
ちょっと気にはなるんだけど、ケルシルト様はわざとらしい咳払いをした。
「こほん。ところで、気づいているかい?」
何を――と、聞き返そうとした時、ケルシルト様の指が軽くテーブルを叩く。
私がその指に視線を向けると、小さく動いて、とある卓を示した。
……ああ、それなら私も気づいている。
女性店員が、女性冒険者さんと親指をあげあっていた時、一緒に親指を立てていた女性客がいた。その女性客は変装こそしているが、とても見覚えのある人物だ。
「妹のコトですよね?」
「エピスも一緒にいるのは?」
「ああ、やはり横に居る男性は彼でしたか」
チラリと見れば、今のサラはこちらを注目するよりもチキンローストを食べるのに夢中になっているようだ。
あの姿を見ると、呼び出してお説教とかもしづらいかな。
エピスタンも、そんなサラに見守るような視線を向けているし……。
あ。エピスタンと目があった。
私は静かに口元に人差し指を立てる。
それだけで、エピスタンには通じたようだ。
お肉に集中しているサラを、そのままエスコートお願いしますと、目で告げた。
最初は私のことをこっそり見に来たんだろうけど、目的がすり替わって楽しんでいるなら、まぁいいかな。
「ほっといてもいいと思います。サラは今、お肉に夢中のようですし」
「キミは妹に甘いようだ」
「そうですね。自覚はあります」
「エピスさんはどうするんですか?」
「どうもしないさ。明日、多少は問い詰めるがね」
「なら、お互いに触れずにいましょうか」
「そうだな。二人をそっとしておくなら、今テーブルにあるモノが終わった店を出るとしよう。
もし良ければ、このあとも買い物に付き合ってくれないか?」
冷徹公爵でもなく、ポンコツ青年でもなく、図書館で初めてあった時に見た自然な笑顔でそう誘ってくるケルシルト様に――
「ええ、よろこんで」
私はそううなずいた。
自分がどんな顔をしてうなずいたのかは分からないのだけれど、なんとなく気恥ずかしくて、それを誤魔化すように、ポテトフライを一つ口に運ぶのだった。
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