25冊目 冷静になりたい彼女と冷静になれない彼
まずは冷静になろう、私。
サラが以前言っていたよね。
男の人って、恋愛感情はさておくにしても、それなりに気に入っている女性と、食事とか買い物とかのデートに行くことが、報酬になるコトがある――って。
つまり、少なくともケルシルト様は私に好意があるわけで……。
いやでも、好意があるからって、それが別に恋愛にはならないか。
サラだって恋愛感情はさておくとして――と前置きしてるワケだし。
でも、デートに誘ってくれるくらいには好意的に思われているというのは、ちょっと嬉しいかもしれない。
そんな人に艶っぽいと思われた?
目つきも態度も悪い私に、そんな風に思われる要素あるの?
なんか分からなくなってきた。
冷静になりきれないから、とりあえず食べよう。
うん。やっぱりこのチキンローストは美味しいな。
タレも脂も美味しいから、ついつい指や口の端についたのを舐め取ってしまう……舐め取って……舐め……。
……~~~~~~。
舐め取った直後に、意識してしまった。
そして意識したら恥ずかしくなってきた。
どうしよう? こういう時、どうすればいいの?
ライブラリアの知識の中には、こういう時の対応方法とかないんだけど!?
こうなったら『大図書館』を呼び出して、知識の海に――いや、適当な恋愛指南本とかを探せば……って、こんなところで、そんなことできるかッ!?
……落ち着け、落ち着け自分。
やばい。本当にどうしよう。
ここへ来て、人付き合いの浅さが露呈してきている気がするんだけどッ!?
社交やビジネスの場ではなく、プライベートな場で、こういう時ってどういう対応が正解なの!?
分からない。分からない。
分かることがあるとすれば。
……とりあえずチキンおいしい……。
もぐもぐ。
テンパりすぎて頭脳指数下がってきた状態でチキンを食べていると、テーブルの縁に額を付けたままケルシルト様が生気無く何かぶつぶつ言っているのが聞こえてきた。
「そんなつもりはなかったんだいやでも破廉恥な気持ちが一切無かったのかと言われればそんなことはないのだからえっちと怒られても仕方ない気もするのだけれど彼女の嫌われてしまったのであればもうおれは立ち直れないかもしれない助けてくれエピスタン」
声が小さすぎて言っていることはよく聞こえないのだけど、エピスタンに助けてを求めているのだけは分かった。
何やら困りごとに対してエピスタンに助けを求めてしまう辺りに、ケルシルト様のエピスタンへの信頼を感じる。
もぐもぐ。
「いやこの程度で助けを求めていてはエピスタンからも笑われるなまずは誤解をいや誤解とは少し違うがともあれ別に悪意とかがあったわけではないけどやはり破廉恥な視線で見てしまったコトは否定できないのだから……」
私はもぐもぐしている。
向こうはぶつぶつしている。
んー……立ち直るまでもう少しかかるのかな?
私はタレと脂で汚れた指を見る。
そのまま舐めようとして、チラリとケルシルト様を見た。
あれ? なんかさっきまでふつうに出来てたことが出来なくなってる!?
でもまぁケルシルト様、突っ伏してるし、いいや舐めちゃえ!
そんな感じで人差し指を口に咥えた時――
「いつまでもこのままというワケにはいかないな」
――ケルシルト様は復活して顔を上げた。
「…………」
「…………」
そのままお互いを見つめ合って固まる。
ちなみに私は指を咥えたままだ。
自分の顔が赤くなっていくのを感じる。
恥ずかしいのかなんなのかもよく分からない。
よく分からないので……私は、口から指を抜き、お手拭きで拭いてからおもむろに切り出す。
「あの、ケルスさん……」
「あ、ああ……なんだい?」
向こうもしどろもどろだけど、とりあえず会話が出来る。
それなら――
「その、お料理……追加してもいいですか……?」
「も、もちろんだ」
――秘技!
『無理にでもふつうの会話をして、今の変な空気を元に戻しませんか?』発動!
いや、もうこれ以外思いつかない。
どうしていいか分からないなら、いつも通りに軌道修正するしかないでしょ。
「はい、メニュー」
「ありがとうございます」
ケルシルト様がこれに乗ってきてくれた以上、向こうも同じ事を思っているはず。
「ケルスさんは何か追加しますか?」
「いや、俺のコトは気にしなくていいよ。まだ自分の手元のチキンを食べ終わってないからね」
確かに、途中から突っ伏してて食べてなかったものね。
「わかりました。すみませーん店員さーん」
「はーい! 少々おまちくださーい」
まぁ半分くらいは私のせい……かな? どうだろう?
でもまぁ――
「その……先ほどは慌ててしまって、変なコトを口走ってしまい申し訳ありません」
関係を変に拗らせない為にも謝っておくのは悪くないかもしれない。
「い、いや!? こちらも変にショックを受けて黙り込んでしまい申し訳ない……」
そんなワケでお互いに謝ったんで、深入りせずに終わりってことになるといいな。
「お互い謝罪しあった後でこんなコト言うのもどうかと自分でも思うんだが」
ケルシルト様が自分の首を撫でるようにしながら、言いづらそうに告げてくる。
「破廉恥な感情が無かったといえば嘘にはなる。
だが、キミの食べる姿や、指を舐める仕草が、魅力的だったのも嘘ではないんだ。それだけは……その、言っておきたかった」
私から目を逸らすようにしながら、恥ずかしそうにしている様子に少し笑ってしまう。
ケルシルト様ほどの人なら、女性相手にお世辞を言うのは初めてでもないでしょうに。
それでも、少し照れながらこちらを立てるようなことを言ってくれるのは嬉しい。
「口も目つきも見目も悪い女のどこに魅力を感じてくださったのかは分かりませんが、ありがとうございます」
そう口にすると、何やら妙な沈黙を感じた。
ケルシルト様だけでなくて、私を肴にしているっぽい女性冒険者さんも、何やら固まっているかのようだ。
……いや、どういう空気だこれ。
「そのー……お姉さん」
「はい?」
ちょうどこの卓へとやってきた、追加注文の為に呼んだ店員さんまでもが、何やら困ったような顔をしているのは不思議である。
「少なくともお姉さんは、お姉さん自身が思っているよりも、ずっとお綺麗ですし、魅力的な方だと……今日、初対面のわたしでも思いますよ?」
「あ、はい。ありがとうございます……」
…………エフェやサラみたいな身内や、ケルシルト様を筆頭とした貴族からの見目への賞賛はだいたいお世辞や基本挨拶みたいなものだと思ってたんだけど……。
……あ。ケルシルト様がめっちゃうなずいてる。
ここで初めて出会った、私のことを何も知らないこの女性からも言われるってことは、もしかして、本当に、私が思っているより、私は見れる見た目してる?
あれ? それを踏まえた上で、過去の状況を振り返っていくと……その……。
「ここに来るまでの間……妙に、周囲から視線を感じたのは……」
「恐らくですけど、お姉さんが大変お綺麗だったからではないでしょうか?
今日のデートの為に気合い入れてメイクとかされて、オシャレをされてきたんでしょう?
余りにも素敵な女性が街を歩いていたから、男性も女性も見てしまっていたんだと思いますよ」
「ほ、褒めすぎでは……?」
ケルシルト様がすごい勢いでうなずいてるし。
だ、だめだ。
それこそ走馬灯のように、これまで色んな人に言われてきた容姿を褒める言葉なんかが頭の中を駆け巡って、冷静になれない。
「と、とりあえずですね……」
「はい?」
「ソーセージの盛り合わせと、ポテトフライ、果実水のおかわりを」
「かしこまりましたー!」
陽気にお姉さんがうなずき、手元のメモに注文を書き記してから、私に耳打ちしてくる。
「今の真っ赤なお姉さん可愛らしいです。ご一緒してるカッコいい人も、内心見惚れちゃってますよ絶対」
「ダ、ダメ押ししないで……!」
本当に、やめて!?
ちょっとキャパオーバーになりそうだからッ!?
そのまま厨房へと向かっていく女性店員が、誰かへ向けて親指を立てる。
その方向に視線を巡らせると、同じように親指を立てているさっきの女性冒険者さん他数人がいた。
いつの間にやら結託していたようである。
いいんだけどさ……。




