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24冊目 無自覚レディと意識しすぎマン


 ケルシルト様とお喋りしながらの食事は楽しい。

 理由は分からないけど、ケルシルト様が時々挙動不審な感じになるのも含めて楽しい。


 なんていうか新鮮な感じもする。

 考えてみれば、サラやエフェ以外と食事をすることも、全然してこなかったもんな。


 そんなことを思っていると、ケルシルト様が何やら嬉しそうな顔を見せる。


「お、来たみたいだぞ」


 言われて、ケルシルト様が示す方向へと視線を向ければ、お店の女性が大皿の上に、鶏の丸焼きのようなモノを乗せて運んできた。


 もちろんただ丸焼きにしたモノではない。

 表面がこんがりと香ばしく焼き上げられていながら、艶やかな光沢を放っている。たぶんだけど、タレを掛けながら丁寧にじっくりと焼いたんだと思う。


 それにしても、丸々一羽出てくるとは……。


「想定外のモノが届きましたね」

「その驚く顔が見たかった」


 少しばかり意地悪そうな顔をするけれど、不快ではない。


「ふふ。初見だとうちの店のこれは驚きますよね」

「はい。実際驚きました。でも看板メニューと言われれば納得もします」


 持ってきた女性店員も、こちらが驚いたことに嬉しそうだ。


「すまないが、切り分けてもらっていいかな?」

「わかりました。ナイフを持ってきますので少々お待ちを」


 軽く一礼して、女性店員は厨房の方へと入っていく。


「本来は自分たちで好きに切り分けて食べる料理なんだが、頼めば適切なサイズと形に切り分けてくれるんだ。個人的にはそっちの方が食べやすくてね」


 丸のままが良かったかい――と、ケルシルト様から問われて、私は笑いながら首を横に振る。


「どうやって切ればいいかも分からないので、切ってもらえるなら助かります」

「だよね」


 そんなやりとりをしているうちに女性店員は、ナイフと一緒にお皿もいくつか持ってきた。


「お待たせしました。切り分けさせて頂きますね」


 そうして、女性店員は手際よくナイフを入れて切り分け始めた。

 モモや手羽などは一対あるので、私とケルシルト様の分をそれぞれに。

 胸などは敢えて一枚に切り出してくれる。


 切り分けていくと結構な量になるようで、いくつかの皿に取り分けていく。


 そのかたわら、女性店員は、部位の説明と、どういう歯ごたえや味がするのかを丁寧に教えてくれる。覚えきれないけど、それがなんだか楽しい。


「こちらのボウルは骨を入れるのにご利用ください。ごゆくっり」


 切り分け終えると、女性はそう告げてテーブルから離れていく。


「さて、熱いうちに頂こう」

「はい」


 貴族としてならば、ナイフとフォークで切り分けて――となるけれど、今日はそんなの気にせず手づかみだ。


 ちょっとまだ熱いけど、このくらいなら全然イケる!


 もも肉の両端をそれぞれの手で摘まみ、中央辺りをガブっといく。


「んんーっ♪」


 パリっと焼かれた皮。

 弾力がありながら柔らかな肉。

 噛みしめると同時にあふれてくるジューシーな脂。


 焼きたて熱々なのもいい。

 熱気と湯気から、鳥の香りと、甘辛いタレの香りが漂ってくる。


 正直、この香気だけでお酒飲めるレベルで美味しい。


「これ、美味しいですね」

「だろう?」

「確かにヘタな宮廷料理より上っていうのも分かります」


 タレのしみこんだ皮はもちろんなんだけど、熱で白くなっている肉そのものからも、微かに塩気や香りがする。

 どうやったかまでは分からないけど、焼く前に肉の内側にも味と香りを染みこませていたんだと思う。


 このタレもただ甘辛いというワケではなく、肉の味を引き立ててくれる甘辛さ。

 肉と脂の味もさることながら、このタレの風味は、肉と共に飲み込んだあとも心地よい。


 食べてるうちに、口の端から脂が垂れているのに気づく。

 口の中に残っているお肉を飲み込んだあと、私はチロリと舌を出してそれを舐めとった。


 令嬢としてやればはしたないと思われるかもしれないけど、お忍びモードな上に、この店でならばそうは思われない。


 周囲からの目線に、気を遣わなくていい食事って最高よね……などと思っていると、何故かケルシルト様が固まっている。


「どうしました?」

「いや、何でもないよ」

「?」


 うっかり、尖った骨でも噛んでしまったんだろうか?


 なんだか様子のおかしいケルシルト様はさておき、私はもも肉をペロリと平らげる。

 直接掴んでいたので、指にタレと脂がついてしまっている。


 ま、いいか。

 拭く前にタレのついた指をぺろっと舐める。


 これも令嬢としてははしたないんだけど、こうやって指に付いたのを舐めるのって美味しく感じるんだよね。


 変にかしこまりすぎてる貴族料理だと、こういうのがやりづらいの、ちょっと残念に思う時あるのよ。


「…………」


 そうして顔を上げると、またケルシルト様が固まっている。

 いや、ほんとどうした?


「すまない。君の方が平民式になれているようだね」

「……ああ。驚かせちゃったならすみません」


 なるほど。そういうことか。

 平民式の食事に馴れていても、舌を出して口の周りを舐めたり、指を舐めたりはちょっと驚かせちゃったみたいだ。


「確かに驚いたんだが、そのドキリとしてしまったというか……」

「そうですよね。貴族はしない仕草ですから、驚きますよね」


 他の貴族に見られれば、無駄に男を誘う娼婦扱いされてもしかたない。

 平民は、別に娼婦とかじゃなくてもふつうにやってるんだけどね。


 ともあれ、だからこそ、誘っていると勘違いしてドキリとされてしまったのかも――


「いや別にダメというワケではないから気にしないでくれ」

「そうなんですか?」


 ――と、思ったんだけど、反応的に何か違う?


「そうなんだ。君の綺麗な白い肌に対して、赤い舌が……いや、俺が破廉恥(はれんち)なだけだすまない。忘れてくれ」

「???」


 うーむ。

 まぁ気にするなとか、忘れろと言うならそうするけど……。


 破廉恥って口にしているから、やっぱそっちを想像させちゃったのかな?

 だとしたら、こっちのせいだから謝ってもらうのもなんか違うような気がするけど。


 ……こういうの、サラやエフェに聞いたら分かるかな?


 とりあえずは次のお肉だ。

 冷めてしまうと、皮のパリパリ感が薄れてしまいそうなので、熱々のうちにパリパリいきたい。


 次のお肉も同じように両手で摘まんでがぶりと行く。

 口の端に少しタレがついてしまったので、親指で拭ってペロリとする。

 そのままもう一口、かぶりついて……。


 やっぱ、この食べ方いいな~。

 楽しいし、美味しいし、色々気楽だし。


 このお店には、丁寧なことにお手拭き用のタオルにフィンガーボールまで提供されているから、多少汚れても席で綺麗にできるので、なおさら気楽だ。


 いやー、いいお店を教えて貰えたわ。


 何やらまた固まっているケルシルト様。

 これはもう触れない方がいいやつかもしれない。


 しばらくそっとしておこう。うん。


 そんなことを思いつつ、手を軽く洗って果実水のグラスへと手を伸ばす。

 グラスを傾けて喉を湿らせてながら、なんとなく周囲の話し声なんかに耳を傾ける。


 こういうお店だからこそ、有意義な雑談とか聞けそうだし。


「さっきから何を見てるんだ?」

「あっちの席の人。旦那様よりウブで見てて楽しいなーって」


 あー……この声はどうやら、入ってくる時に少し気になった四人組っぽいかな?

 少し離れた卓にいる貴族っぽい四人組冒険者の中の紅一点が何やら楽しそうな声を、耳が捉えた。


「うちの旦那よりウブとはまた大変そうだな」

「おれは、ウブだったのか?」

「まぁウブといえばウブですよね」

「お前もそう思っていたのか」


 やりとり的に、最初の印象通りやっぱり元貴族とか貴族のお忍びって感じだなぁ。

 魔法使い特有の気配みたいのを感じるし、東部の出身かな?


 それはそうと、彼女の言うあっちの席とはどのテーブルの話だろ?

 不自然に思われないように周囲を見回すが、それっぽ卓がない。


「ウブでしょ。旦那様ってば今だに私が指を舐めたりしてるとドキドキしちゃって」

「いやそうは言ってもな……お前の仕草の一つ一つが妙に(いろ)っぽく見えてその、な……」

「やっぱ主はウブですよね」

「だよなー」

「仕方ないだろ。実家周囲ではそういう仕草はほとんど見なかったんだ」


 指を舐めるのを見る機会がないとなると、やっぱり貴族っぽいなー。


「でもいちいち反応して固まらなくなっただけ成長してるわよ」

「言いながらわざと指を舐めないでくれ」


 ……ん? 指を舐める?


「え? でもこのお肉、指を舐めたくなるくらい美味しいし?」

「からかっているだろう?」


 んんー……。


「からかい甲斐のある旦那様で妻としては楽しいですよ?」


 あ……これ、うちの卓を肴にしてるんだ。

 つまり、彼女の言うウブというのはケルシルト様で……。

 ケルシルト様は、私が指を舐める仕草に、何か感じ入るモノでもあったワケで……。


 あっちの彼女は、旦那さんをからかう為にやってるみたいだけど、私にそのつもりはなくて……。


 ……仕草の一つ一つが、艶っぽく見える……?


「ん? イスカ? 急に固まったようだがどうした?」

「い、いえ……なんでもないです……」


 思わず、ゴクゴクと果実水を呷る。

 なんかさっきと立場が逆になってしまったような……。


 ……待て、逆?


 さっきの魅力的に見えるって、珍獣的なことじゃなくて、色気とかそういう方面の話だった?


「急に顔が赤くなってきたが、本当に大丈夫か?

 その果実水……実は果実酒だったりしないか?」

「あー……大丈夫です。ちゃんと果実水です」


 パタパタと手で自分の顔を仰いで、赤くなった顔を冷ます。


「ちょっと恥ずかしい失敗を急に思い出してしまって」

「そうか? それならいいんだけど」


 心配そうな顔をされるのが、かえって辛い!

 頼むから誤魔化されて欲しい……!


 ――なんて考えていると、赤くなるキッカケをくれた席の声を耳が拾う。


「お嬢、わざとだろ?」

「こっちに耳が向いてたからね。つい」

「行く先々でお忍び貴族カップルにちょっかい掛けるの楽しいんですか?」

「楽しいわよ! 当たり前じゃない!」


 …………ああ、貴族っぽさと旅慣れたベテランっぽさのある四人組だったもんね。

 完全に、ロックオンされてちょっかいをかけられてたのかー……。


 でも待って。カップル? そう思われているの?

 誰と誰が? いや、誰もクソも私とケルシルト様なんだけど。


「さっきまで楽しそうに食べてたのに急に百面相しだしているが、本当に大丈夫か?」

「いや、はい。ほんと、なんか急に恥ずかしい思い出が土石流になって襲ってきて。走馬灯かもしれない?」

「走馬灯だとしたらそれは本当に大丈夫なのか!?」

「自分でも何口走ってるのか分からなくなってきたのでとりあえず食べます」

「え? あ、うん。そうかい?」


 そうして肉にかぶりついて、指に付いたタレを舐めて……そこで、私は動きを止める。

 ケルシルト様は顔を逸らすようにしつつ、だけど目は私を見てて……。


 こういう時、どうすればいいかわかんないんだけど……!

 でも、貴族ではなくお忍びとして平民的なリアクションを取るべきで……。


「えーっと、その……」


 何を思ったのか自分でも分からないんだけど。

 恥ずかしさとか、自分ごときに色気を感じてくれているんだとか、なんか色んな感情とか、気づきがごちゃごちゃだったから。


「ケルスさんの……、えっち」


 まともな言葉が思いつかず、思わずそういう言葉を口にしてしまったんだけど――


「…………」


 ――そしたら、ケルシルト様は勢いよくテーブルに額をぶつけて、ゴンと音を立てたあと固まってしまった。


 離れた席で、さっきの女性冒険者さんの大笑いしているみたいだし、その笑い声は私の耳にも届いてはいたんだけれど、今の私はそれどころじゃなかった。



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