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23冊目 お忍び嬢ちゃんとお忍び若旦那


「では、まずは当初の予定通りに食事に行こうか」

「平民街にあるんですか?」

「ああ。平民式の食事は?」

「問題ないです。むしろ貴族式より肩が凝らなくて好きですね」

「どうやら同類のようだな」


 ケルシルト様はそう笑うと、私を食事処に案内した。


『踊るサウリーパイク亭』

 サウリーパイクは、木の葉状の槍刃のような形をした魚の名前だったかな?

 国によっては槍ではなく剣に見立ててソードフィッシュと呼ぶこともある魚だった気がする。


 ここは、貴族や富豪が使うような格式高いところではなく、それなりに稼ぎの良い平民が好んで行くようなところのようだ。


 マナーやドレスコードにうるさいワケではないので、傭兵や冒険者や何でも屋たちが、着飾ることなくそのままの姿で入店できる。とはいえ、メニューはそれなりの価格なので、それを許容できるような稼ぎが良さが必要なお店だ。


 それを支払えるということは、どのような職業であれある程度の実力があるということでもある。

 そして、実力者が好む店であると知れ渡っているのであれば、実力もないのにイキるタイプの者はまず近寄らない。


 ……となると、なるほど。

 お忍びで遊んでる時に、食事場所に困ったならここに来よう。だいぶ気楽に食事ができそうだ。


「金額設定のおかげか、見た目が荒くれ者であろうと、ここに来る客はそう騒ぎを起こすような者じゃないのがいい」

「あしらうのも面倒ですからね」

「全くだ」


 中は、一般的な酒場と比べると綺麗だ。

 それでも、冒険者や傭兵などが来ることを意識しているのか、荒くれ者たちから鼻につくと思われないようにしようという気遣いを感じる内装になっている。


 お高いお店と違って静まりかえったりはしていないし、かといって下町の安酒場のような下品な騒がしさがあるわけでもない。


 ほかのお客さんたちの話し声が色々と混ざり合う適度なざわめきが、むしろ心地よいとさえ感じるお店だ。


 利用者たちもそれを理解しているからか、たぶん声の大きさとかお互いに調整し合っているんだろう。


 見回して見ると、噂で聞いたことある有名な冒険者や、二つ名持ちの傭兵なども利用しているようだ。

 結構、羽振りの良さそうな商人たちの姿もちらほら見るので、形式張った食事処が苦手なお金持ち御用達って感じがする。


 他にも、元貴族だか貴族のお忍だかぽい四人組冒険者がいる。

 ただ装備とかを見てみるとベテランを思わせるほど旅慣れた感じなので、身分を隠して長期間諸国漫遊とかしている外国の貴族かもしれない。


 その貴族っぽい四人組の紅一点――ピーチブロンドの髪の女性と目が合い、笑いかけられた。

 どことなくサラを思い出す笑い方にちょっと気分が良くなって、私も軽く笑みを返す。


 そのやりとりをしている時、ケルシルト様が不思議そうな顔をした。


「イスカ、どうかした?」

「いえ。なんでもない」

「そう?」


 そのままお店の人に案内された席に座りながら、ケルシルト様がメニューを見せてくる。

 

「ここのチキンローストが美味しいんだよ。正直、ヘタ宮廷料理よりも上だと思う」

「それは楽しみね」

「出てくるまでに時間が掛かるから、いくつか料理を頼んでおこうか。お酒は?」

「この後もどこかへ行くなら控えたいです。あまり強くないので」

「分かった。なら果実水とかにしておこうか」


 お店特製のチキンローストとは別に、サラダやスープなどの前菜になりそうな料理をいくつかと、果実水を頼む。

 前菜に頼んだ料理と果実水が届くと、ケルシルト様はグラスを手にした。


「まずは乾杯を」

「ええ。乾杯」


 グラスを軽くぶつけて、私たちは果実水を口を口にする。


「今日は誘いに乗ってくれてありがとう」

「どういたしまして。その……先日は、変な勘違いからおかしなコトを口にしてしまってごめんなさい」


 思い出すだけで恥ずかしくなる。

 こちらの様子にケルシルト様は笑った。


「あのあと、エピスが説明をしてくれたから大丈夫だ。

 最初は、その……キミが、そういう……趣味なのかと勘違いしてしまったが……」


 やっぱりそういう勘違いされてたのかよッ!?

 もう、その事実だけで顔がトマトよりも真っ赤になりそう……。


「実際のところは、貴族家当主としてお礼をしようとしていたのだと、説明されたよ」

「誤解が解けたようで何よりです」


 いやもう本当に。切実に。


「ところで、聞いていいコトかどうか分からないのだが」

「なんですか?」

「ライブラリア領は、動植物を特別な育成方法で育てているというのは事実か?」

「事実ですよ。特別――というよりも、実験の側面が強いですが、特殊な交配技術なども有してます」

「それで家畜や交配などはどうかと言ったワケか」

「……はい」


 その話題を掘り下げられると辛い。

 そんな私の内心はさておき、ケルシルト様は喋りながらもサラダ取り分けて、私のところへと置いてくれる。


「その実験というのは、ライブラリア独自のモノか?」

「王家からの依頼と、ライブラリア独自のモノと、半々くらいでしょうか?」


 サラダを一口食べてから、私は答えた。

 あ。美味しい。

 野菜は新鮮だし、恐らくはお店独自のドレッシングが良い味をしている。


 ほどよい酸味と甘みと、後を引く塩気。

 このドレッシングいいな。お店の人に聞いたらレシピ教えてくれたりしないだろうか。


「密約絡みかな?」

「まぁ半分くらいは」

「そうなると興味はあれど踏み込み辛いか」


 全てが密約というワケではない。

 まぁ国内ないし周辺国の情勢や、人々や動植物の病気などの状況に応じてって感じだ。


「密約や王家が絡む実験はともかく、うちが独自でやってる実験から生まれたモノなどでよければ融通しますよ。雨に強くなった改良野菜とか、旨味の強くなった食肉用家畜とか」

「興味が湧くな。正式な交渉を後日させてくれ」

「わかりました」


 うなずいてから、今度は赤いスープを口に運ぶ。

 じんわりと辛いトマトスープだ。トマトの優しい甘さと酸味に、穏やかな辛さが加わってゆっくりと身体を温めてくれる感じがする。


「ここ、美味しいですね」

「だろう?」

「チキンが楽しみになってきました」


 素直にそう口にすると、ケルシルト様は口元を押さえた。


「どうしました?」

「いや……美味しいと口にした君の顔が素敵だったものだから、言葉を失っていた」

「……!?」


 ちょッ、何を言ってるのこの人ッ!?

 そんなストレートに言われると、反応に困るというか……。


 こんな目つきも見目も悪い女の顔が素敵とか……えっと、えっと……。


 私、今……このスープより赤くなってない? 大丈夫?

 自分の戸惑いを誤魔化すように、スープを口にする。


「……って、何でケルスさんも真っ赤なんですか?」

「エピスのアドバイスに従った言葉だったんだが、口にした直後から急に恥ずかしくなってきてな……」

「ああ、あの人の入れ知恵でしたか」


 びっくりしたー。

 そりゃあ、この人がそんな言葉を口にしたりはしないものね。


 あの軽薄そうなエピスタンなら、一日に何度も言ってそうな言葉だわ。


「だが、実際に美味しそうに食事をしている君は、その……良いと思う」

「そうなんですか?」

「貴族に限らずなのだろうが……女性というのはどうにも食事を抑えようとするコトがあるだろう?」

「そうですね。体型の維持などを考慮しますし。ドレスが入らなくなったら大変ですから」


 もちろん、ある程度の資金力のある家ならばパーティなどのイベントごとにドレスを作る。だが、そうも言ってられない家は、すでにあるドレスを着回したり、それをベースに改良したりするわけだ。


 その時、体型が変わっていたらドレスを着ることができなくなるから、余計な出費をしなければならなくなる。


 まぁそれとは別に、純粋に太りたくないって人もいるだろうが。

 ……その割にはお茶会とかで、甘味をパクパクいくんだよな、貴族女性。


 自分のことを棚に上げといてなんだけど、その辺のところ、結構ザルというか雑だと思う。


「だからかもしれないけど、美味しそうに食事をしているというだけで、魅力的に見える」


 なるほど。つまるところ、それは――


「物珍しい珍獣的なそういう?」

「……全く違う……」


 何故か、困ったように眉間を揉むケルシルト様。

 そのままグラスに残っていた果実水を一気に呷ってから、近くにいたお店の人におかわりを注文している。


 果実水とはいえ、結構良いモノだぞこれ――そんな、安酒かっくらうみたいに飲むようなモノじゃないと思うんだけど。


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