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20冊目 頭痛を堪える義娘と二面性を見せる義母


 自分の愚かさに身悶える状態から時間をかけて復活した私は、お父様とフーシアが帰って来るまでにできる根回しを始めた。


 フーシアがパーティでやらかしたので、うちの家が没落させられる前に私が動くという話を必要なところにして回るだけとも言う。


 とはいえ、私が本格的に動き出すことをまだ両親には知られたくないので、しばらくはいつも通りであることも一緒に伝えておく。


 悪女としてのサラも、今回の置いてきぼりに関しては腹に据えかねているという形で立ち回ると言っていた。

 当然、そのあたりの話のすりあわせや打ち合わせなども、サラと終わらせている。


 そうそう。

 その辺りの根回しとして、王立図書館と、領書邸の管理人や司書長などにも話をした。


 王立図書館の管理人である爺様からは、「ようやくか」と呆れられたけどね。

 それに対して「本当はもっと根回しする時間が欲しかったのにやらかしやがったから前倒しした」と告げたら、沈痛な表情で肩を叩かれた。


 それから、魔法のことに理解がある人たちには、わざと手を出させようとするフーシアの振る舞いは、何らかの能力のトリガーである可能性があると説明しておいた。


 これで多少は警戒して貰えると思うんだけど……。


「あとは……」


 二人が帰ってくるまでに出来ることはそう多くない。

 領民たちの中でも私の味方をしてくる人たちにも声を掛けておいた方がいいかな?


 裏社会の連中も抱え込んでおくか。

 こっちは変に関わりすぎると、足をすくわれる可能性が上がるんだけど……。


 他にもあれやって、これやって、それやって……。

 むこうに挨拶して、あちらへと声を掛けて……。


 それから――……


 それから……


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 慌ただしく過ごしているうちに、一週間近く経ってしまった。


 ゆっくり本を読む時間も、司書の時間を堪能する余裕もないまま、両親が帰ってくる頃合いだ。

 まぁ出来る限りのことはしたので、ヨシとしよう。


「いるかしらグズ!」


 そして帰ってくるなり乱暴に扉を開けて、私の私室へと入ってくるフーシアには呆れてしまうのだけれど。


「ノックをするようにと何度も言っているはずですが?」

「そんなコトどうでもいいじゃないの!」


 どうやらサラはおらず、フーシア一人で乗り込んできたようだ。


「良くはないのですけれど……まぁいいです。それで、何の用ですか?」


 椅子に座ったまま気怠げに顔を向けると、顔を真っ赤にしたフーシアがそこにいる。


「どうやってパーティに来て、どうやって帰ってきたのかしら?」

「別に。手段はいくらでもある。それだけです」

「ふざけているの?」

「まさか。貴族とはそういうモノ――というだけですよ。

 元平民の浅知恵程度、その辺りの感性がヌルいお父様ならいざ知らず、私には通用しない。それだけです」


 驚いたような顔をしているけれど、そこに想像がいかないからこそ、私に足下をすくわれているんじゃないか。


「反抗的なコトを言って!」

「それ、毎回言いますけど……どうして私が反抗しないと思っているんですか?」

「え?」


 呆けたような顔をして、フーシアが私を見る。

 本当に、何を言われたのか分からないという顔をしているから不思議だ。


「そもそも、どうして私が大人しくしていたんだと思います?」

「……どうして……って……」

「相手が罠に掛かるのを待つ。別にそれってアナタの専売特許じゃないんですよ」


 目を見開いたのは、驚愕なのか恐怖なのか。


 だけど、これで確信した。

 やっぱりコイツは、相手が手を出してくることで誘発するなにかを持っている。


「フーシア様。アナタはやりすぎた。

 お父様がそれに巻き込まれるのは自業自得ですけど、サラはアナタに振り回されているだけだ。そのせいで一緒に潰れてしまうコトに、少し同情します」


 軽い脅しのつもりで口にした言葉に、フーシアが過敏に反応した。


「……サラが、潰れる……?」


 怒りと恐怖が入り交じった表情が一変する。

 不安と心配と、何かを急に自覚したような顔。


「わたしの、せいで……? 潰される?」


 様子が変わった?

 なんだ、コイツ?


「……イスカナディア」

「なに?」

「サラだけは、どうにかならない?」


 私の知らないフーシアの顔がそこにある。

 (すが)るような、救いを求めるような、サラだけは守ろうと決意したような――そういう顔だ。


 その姿を見て、ふとパーティの日の夜にサラが言った言葉を思い出した。


『ちょっと怖いけど、優しくて、頑張り屋で、いつも私を守ろうとしていた母さんは、もういない』 


 ……サラ、きっとそのお母さんは完全には消えてないみたいだよ。


「サラだけなら、どうにかできる可能性はあります。でもフーシア様は……」


 けれども、フーシアは助けてあげることはできないだろう。

 先ほど私が口にした通り、彼女は少しやりすぎた。


「それでいいわ。アンタのコトは大嫌いだけどサラのコトだけは任せてあげる。

 私が破滅を迎えてもサラを破滅させるコトは許さない。そのくらいの約束はグズのお前でも出来るでしょう?」


 顔の半分は慈愛と覚悟を纏う母の顔であり、それは騎士すら思わせる高潔な表情をしている。

 顔の半分はいつも見せつけられているクソ女の顔であり、それは身勝手な罪人を思わせる堕ちるとこまで堕ちた悪逆のような表情をしている。


 どちらが本性なのかは分からないけれど、そんな二つの顔を同時に浮かべてフーシアはどこか必死な様子で言葉を紡ぐ。


 その姿を、私はからかうことなんて出来なくて。


「そうね。サラだけは守ってあげるわ。

 アナタのコトは大嫌いだけど、それでも、矜持を賭けて交わす約束は守る。それが貴族だもの」


 フッと笑う顔は、やはり私の知らないフーシアの顔。

 不思議と、似てないはずのお母様を思い出す笑みだ。


 ずっとそんな顔をしてくれていたのなら、多少は母親として認めてあげれたかもしれないのに。


「……色々言いたかったけれど興が削がれたわ。今日は大人しく引いてあげる」


 そう言って本当に大人しく、フーシアは部屋を出ていった。

 その気配が遠ざかっていき――


「お嬢様、今の奥様の様子は?」


 エフェが我慢できず……という様子で訊ねてくる。


「さぁ? でも心当たりはあるかな」

「そうなんですか?」


 それ以上のことは答えずに私は椅子から立ち上がった。


「ちょっとその心当たりを中心に調べたいコトがあるから出てくる」

「かしこまりました」


 エフェに見送られて、私は部屋を出ると迷宮本棚とは別のところにある隠し部屋に向かう。

 中は迷宮本棚にある部屋と大差はない。

 違いがあるとすれば、転移用の魔法陣があるかないかだ。


 今は私の私物置き場になっている部屋だけれど、一人になりたい時などにも結構利用している。


 そして、わざわざここへ来たのには理由がある。


「うん。最近は使ってなかったし、魔力に余裕もある。問題なさそう」


 私は、女神様から授かったのは『本』属性の魔法とは別に、もう一つの魔法が使える。

 こちらは、ライブラリア家の血によって継承される血統魔法とか伝承属性とか呼ばれるレア中のレア魔法。


 その名は『大図書館』。


 王立図書館とも、領書邸とも違う。ライブラリア家が管理する第三の図書館だ。

 現実とは異なる空間に存在するそこへの入り口を召喚するのが『大図書館』という魔法なワケだ。


 私は何もない空間へ向けて手を掲げると、そこに青白い火花を伴ってピシリピシリと亀裂が入り、青い光が漏れ出してくる。


 その亀裂は大きくなり、やがて私の身体を滑り込ませられる程度のサイズになった。


「さて、行きますか」


 亀裂の中は、海の中を思わせる青い世界。

 間違いなく図書館なのに、空間が揺らめくように風景が揺らめいているため、ことさらに海中めいている。


 この青い図書館こそが、ライブラリアの真なる英知。本当のライブラリア大図書館。


 あらゆる英知の集積場であり、この世に生まれた書の全てが集まる場所。

 時間も空間も関係なく、誰か個人が書いたものか、量産されているものかも関係ない。


 この世界に書が生まれたら、この図書館にその複製品が納められる。ここはそういう場所だ。


 まぁ入り口を召喚するのに私の全魔力の四分の三近くをごっそり持っていく上に、『大図書館』召喚に消費した魔力は、回復するのに通常よりも時間が掛かるという変な制約があるのでちょっと困りもの。


 ともあれだ。

 この秘匿図書館を召喚する魔法の継承と守護こそが、ライブラリア一族の使命。

 そして、かつてこの地でライブラリア図書館を守っていた一族は、自分たちの保護を条件に、この王国の傘下に下った。


 保護の代価として、知恵を貸すという契約と共に。


 必要とあればこの図書館より得た知恵を王族に貸す――それこそが密約から生じる仕事というやつである。


 もちろん、今日のように個人的な調べ物で使うこともあるけどね。


「さて、今回の情報は知識の海のチカラを借りるべきかな」


 魔法関連の情報は、領書邸であっても王立図書館であっても、書物が少ない。

 東部諸国から流れてくるモノも少ないので、探したい情報を見つけられる気がしないのだ。


 なので、今回はこの秘奥たる大図書館を召喚した。


 この青の図書館には、『知識の海』というタイトルの、非常に特殊な書物が納められてもいる。


 納められているというよりも、ホールの中央の台座に鎮座しているというのが近いか。


 これは持ち出し厳禁の禁書であり、ライブラリアの正当後継者の中でも、適性がある者のみ閲覧を許される特殊な書物。


 何せこの本、現在過去未来はもちろんのこと、異世界やら平行世界やらと呼ばれる、この世ならざる場所の知識はおろか知恵すら閲覧可能な本なのだ。


 そう知恵すらだ。

 ありとあらゆる本の複製が納められるこの大図書館であったとしても、本から得られるのは本に記された知識のみ。


 だけど『知識の海』から得られる知恵は、本などの情報を記した媒体だけに限定されない。

 今を生きている人の記憶。あるいは、過去に生きていた人物の記憶すら、得ようと思えば得ることが可能なのだ。それこそ記憶だけでなく、その人の思考すらも。


 そんな『知識の海』だが、そこに表示される文字を目で追うと、脳に直接文字が刻み込まれていく感覚と共に頭痛がするので、私はあまり好きではない。


 何せ一度やらかして頭痛と吐き気で動けなくなったからね。


 以前『知識の海』とは何なのかと『知識の海』で調べたら、創天樹を基点に実る数多の果実(カオス)宇宙(フルーツ)全てを記したアカシックレコードの一種なる言葉(フレーズ)にたどり着いたんだけど、それと同時にそれはもう酷い頭痛と吐き気に見舞われてた。


 正直、意味が分からない情報なのに、これは知ってはいけない情報だったという強烈な感覚があった。

 そういうことすら、調べることが可能だと思えば、この図書館と知識の海がどれだけ反則級なのか分かるというモノだ。


 今も『知識の海』についての詳細を思い出そうとするだけでかなり気分が悪くなるので、相当あぶない情報なのだろう。

 直感というか本能というかが、これ以上深入りすると、神が直々に手を下しにくるのではないだろうか……ともいえる恐怖を感じたくらいなのだから。


 そうでなくとも――そもそもが、頭の中に直接情報を叩きつけられているような感覚だったし、実際に似たようなことがされているのだと思われる。

 人間の頭は、少しずつ学習していくことで知恵を増やせても、まとまった知恵を頭に直接刻み込まれるのには耐えられないようだ。


 そういう仕様だからか、他人の記憶や思考を覗き込むのに使った場合、自分が誰だかあやふやになっていく感覚に襲われてだいぶ危険だ。

 一度やったことはあるけど、それ以降は怖くて出てきないし、やりたくもない。


 ともあれ――それらの理由によって、この『知識の海』を用いて調べ物をする時は、最小限で最大限の情報を得られるように工夫する必要がある。


 工夫したところで『知識の海』で調べ物をすると、高確率で真の答えと、それに類する情報が大量に脳みそへと押しつけられるので、あんまり頼りたくはないのだけれど。


 今回ばかりはそうも言ってられないので、とっとと調べることにする。


「いつだったか……魔法を自覚すると人格への影響が出る属性っていうのを何かで見た記憶があるんだけど……」


 調べたい情報を具体的に思い浮かべながら、『知識の海』に触れる。

 見た目は本というよりも、不思議な材質の薄い板だ。


 材質はともかく、見た目は紙が高価だった時代に使われていた蝋板(タブレット)に似ている。なので、この図書館で見る似たような情報媒体の板を私は、タブレットと呼ぶ。正式名称は分からないしね。


 推測だけど『知識の海』というのはこのタブレットの名前(タイトル)ではなく、このタブレットを通して覗き込むことができる知恵の貯蔵庫のことなのではないかと、私は考えている。


 その貯蔵庫の名前がアカシックなんたらってやつな気がする。

 ……これ以上、深掘りしていくと、だいぶ危ない知見へとたどり着きそうなので、あまり考えないようにしてるんだけど。


 考察って楽しくなってきて、ついつい妄想のように続けちゃうことわるよね。

 ただ、この内容に関しては、考えてるだけで頭の中にある普段使ってない部分から頭痛がしてくるのでとても危険。


 私は軽く(かぶり)を振って、気を改めた。


 ともあれ、知識の海と繋がるタブレットに指先で触れると、表面に情報が浮かび上がってくる。


「あった。これだ。概念属性」


 この世界を創造したと言われる創世の女神が授けてくれる魔法の一種。

 本来の「地」「水」「火」「風」のような自然由来のモノとは異なる、人間の性質や、在り方をベースにした特殊な属性。


 かつては、勇者と呼ばれる存在や、魔王と呼ばれる存在が宿していた強力な魔法属性だったようである。


 分かりやすいところでは、「勇気」「幸運」「正義」「慈愛」などだ。


 ただ、その属性を宿し、そのチカラを使えば使うほど、人格が概念属性に引っ張られていく。


「……やっぱり。フーシアは何らかの概念属性の魔法に目覚めている可能性が高い、か」


 大陸の中央にある、大陸を分断するように縦断する中央山脈。

 それを挟んだ向こう側……大陸の東側の国では、七歳になると魔法を授かる為の魔性式(ましょうしき)なる儀式を行うのが当たり前らしい。


 けれど、この国――というより中央山脈より西側(こっち)にある国では、その儀式は特に行われていない。


 とはいえ、西側であってもウチやフィンジア様の実家のように、魔法を継承している一族は間違いなく存在していて、そういう家では、魔性式に似た儀式を行っているけれど。


 だからこそ、私は『大図書館』とは別に『本』の魔法を使えるワケだが……。


「フーシアはどこで魔法を得た?」


 彼女は平民だ。

 貴族と違い、そういう儀式が継承されているような家の生まれでもないだろう。


 もちろん、儀式なしに自然と魔法を発現させる人も少なからずいる。

 けれど、概念属性のような分かりづらい属性を自覚するのは難しいはずだ。


 ましてやフーシアの魔法は、自分が殴られたりすると発動する条件起動型の誘発魔法。

 それを自覚するというのはかなり難しそうではあるが……。


 難しいだけで、習得が不可能ではないのだけれど……。


 ふと、知識の海を見ると表面に大量の文字が表示されている。

 触ったまま考え事していたせいで、思考を色々拾われてしまったようだ。


 そして、そこに表示された文字をまともに見てしまった。


「……ぐえ」


 頭に、脳に、視覚で捕らえた情報が無理矢理に刻み込まれる。

 慌てて知識の海から離れるけれど、後の祭り。


 酷い頭痛に襲われる。

 覚悟せずに目に入った情報を強引に脳へと叩き込まれるのはかなりキツい。


「や、やらかしたー……」


 使いようによっては、この世に存在する問題に対して、あらゆる答えを得ることのできる本だからこそ、慎重にならなきゃいけなかったのに。


 ぐったりと、地面に膝をつきながら、深呼吸。


「……フーシアは自然覚醒者……保有しているのは、概念属性『七罪(しちざい)』から派生した、哀れみと同情を糧に、(ぜい)(むさぼ)る概念属性……かつては、魔王軍の幹部などが、保有していたと思われる、モノ……」


 そして吐き気を堪えながら、頭に刻み込まれた情報を独りごちる。

 ある程度は言葉にして外へ流さないと、頭痛と吐き気を耐えられない気がしたのだ。


 実際、気休めにはなっている。


 ともあれ、ケガの功名というかなんというか……


「その名は――『饕憐(とうれん)』」


 それこそが、フーシアが持つ魔法属性の正体のようである。


 ……でも、そんなことより……。


 頭痛がひどくて吐き気がする……。

 頭痛がひどくて眼球が鉄球になったように重い……。


 頭痛がひどいだけのはずなのに、肩が首が背中が腰が、バキバキに凝り固まって痛みを訴えてくるみたい……。



 あー……気持ち悪い。頭いたい……。


 シンドい……いっそ殺して……。



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