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2冊目 司書姫と二つの図書館

二話目です٩( 'ω' )و


 私――ライブラリア伯爵家の長子イスカナディア・ロム・ライブラリア――は、今現在、図書館で寝泊まりし生活している。


 そのことに不満は無い。

 けれど、こうなった理由にはだいぶ不満がある。


 だからこそ私は、ここでの生活を楽しみながらも、不満の理由へと反撃する準備をのんびりと進めている……。


 この生活に割と満足してないかって?

 ……してないと言えば嘘になるかなぁ……。



  ・

  ・

  ・

 


 エントテイム王国ライブラリア領・領都インスデック・領主邸。


 そこは、本来は私の暮らすお屋敷のはずだけれど、今その家に私の部屋(いばしょ)はない。


 現在(いま)の私の部屋(いばしょ)は別にある。


 領主邸の二階から渡り廊下で繋がった、本邸と同じくらい大きな建物。

 もちろん、こっちの建物も一階から直接入ることもできるのだけれど。


 ともあれ、その大きな建物の正体は図書館だ。

 ここは『ライブラリア領書邸(りょうしょてい)』。そう呼ばれている場所である。


 貴族のお屋敷そのもののような外観をしているけれど、中は図書館になっており、様々な文書や書物、稀少品が保管されている私の大好きな場所だ。


 ちなみに、私は現在その領書邸で暮らしている。


 二階にある本邸と繋がる渡り廊下にほど近い場所。そこにあるこの部屋は、私の自室として、改造された元物置である。


 何しろ渡り廊下の向こうにあるライブラリア領主本邸には、長女である私の部屋は物理的にも精神的にも存在していないのだから仕方が無い。


 ともあれ、そんな自室で私は鏡を見ながら髪を結う。

 長めの黒い髪を、うなじの辺りでさっとまとめるだけだけど。


 黒髪、黒目。

 どちらもこの国では珍しい色だ。


 髪と瞳と。

 どちらかだけが黒い人は多少はいるけれど、両方黒い上に、肌が色白となると、うち――ライブラリア家の血筋くらいしかいないだろう。


 しかも、黒髪黒目色白というライブラリアの血はとても濃いのか、誰と結ばれようとも、生まれる子供はわりとこの特徴を持つことが多いらしい。


 そして、私はただでさえ目つきが悪い顔をしているのに、視力が悪いせいで(すが)めるコトも少なくない。

 それがかえって陰鬱(いんうつ)に見えるから怖い――などと昔に言われたこともある。


 まぁそれ以降もそのまんま成長したんだけどね。

 その過程で、黒髪黒目な上に肌も白くて陰鬱に見える上に、口も目も悪ければ、見目も態度も悪い最悪の女だ……なんて言われたことが良くあった。


 だからまぁ私は自分の容姿がお世辞にも良くないことは理解している。

 そんな自分の顔を誤魔化す気はなく、ナチュラルベースの軽い化粧を施して、メガネをかけ直す。


 ちょうどそのタイミングで、私付きの秘書兼侍女兼メイド――エフェが部屋とやってきた。


「お嬢様!? またご自分で髪とお化粧を……!」

「いいじゃない。このくらい自分で出来るんだから」


 そう言ってエフェが嘆く。


「そうなんですけど、そうじゃなくて! わたしがやりたかった……じゃなくて……一応、ホラ! お嬢様なんですから!」

「本音が隠せてないわ。それと図書館に引きこもってるんだからお嬢様もなにもないでしょ」

「またそういう言い訳を……」


 はぁ――と、エフェは嘆息して頭を振った。

 それに併せて、彼女の左右でお下げにされた綺麗な青髪が揺れる。


 ころころ変わる表情に、血色の良さそうな肌の色。

 明るく大きな瞳に、私のそれよりも主張の強い胸。


「引きこもってるわりにはよく外出するじゃないですか」

「表向きは引きこもってるコトにされてるんだからいいじゃない」


 可愛いとか美人とか、私に縁遠いその手の言葉は、エフェみたいな子に向けられるものなんでしょうね。


 まぁ、美とかどうでもいいし、私は静かに本さえ読めてればそれでいいんだけど。


「そもそもお嬢様は、奥様に対してもっと強く出て良いはずですよ。

 何より、ライブラリア家は女系であり、基本的に長女が領主を継ぐ家系です。

 入り婿である旦那様は、お嬢様が領主になるまでの中継ぎでしかないのです。すでに成人済みのお嬢様を冷遇する理由はありません」

「理由ならあるじゃない」


 エフェの藍色の瞳が嫌そうに揺れる。こう見えてエフェは優秀だ。

 彼女は分かっていて口にしている。分かっていて少しはぐらかしている。


 だから、私はそのはぐらかした部分をしっかりと口にした。


「お父様は自分の手から権力が失せるのがお嫌なのでしょう? そしてその権力(バトン)を、元愛人のお義母(かあ)様へと渡したがっているのですから。わたくしのコトが邪魔で邪魔で仕方がないでしょうね」

「わざわざ言葉遣いを丁寧にしてまで言わないでくださいよー……」


 よよよよよ~……とわざとらしい涙を流しつつ、エフェは私の両手を握る。


 涙を止めて、キリっとした顔で私の目を真っ直ぐに見つめた。


「お嬢様。真面目な話――わたしことエフェ・ソトス・ゼノドスめに、奥様を消して来いとお命じください。さすれば、証拠の一切を残さず、お嬢様やわたしへ至る痕跡の一切を残さず、完璧に消して差し上げるコトが可能です」

「しないわよ」

「えー……」

「真面目な顔で何を言い出すかと思えば……」


 エフェなら本当にできそうだけれど、私はそんなものを望まない。

 色々と思うことはあるけれど、誰かを女神の御座(みざ)へと送るなんていうのは、最終手段にしたい。


「社交をやらなくていいっていうなら気がラクなのよ。人付き合い――特に貴族同士のそれって苦手だし。

 そんな苦手な社交をせず、図書館に引きこもって司書の仕事と領主の仕事をしてればいいんだから。

 何より本も読む時間をしっかり確保できる今の生活ってそこまで嫌じゃないのよ?」


 これは本心。もちろん、だからといっていつまでもこのままで良いとも思っていない。


「根本的に……領主権限を返す気ないクセにお嬢様に領主の仕事投げる中継ぎ様はどうかと思うんですけど」

「はいはい。ライブラリア家に仕えてるんだから不敬な発言には気をつけなさいね」


 ジト目で正論を口にするエフェを私が窘める。

 すると、彼女はキリっとした笑顔で告げた。


「わたしはライブラリア家に仕えてはおりません。あくまでお嬢様に仕えておりますので」

「そ」


 真っ直ぐな忠義に気恥ずかしくなった私は視線を逸らして素っ気なくうなずく。


「なんであれもうしばらくこの生活は続けたいわ。そう長くは続けられないでしょうけど」

「旦那様たちから家を取り戻す算段はお有りなんですよね?」

「前から言ってるでしょ。ライブラリアの矜持を(けが)す二人を放置する気はないって。

 だから、今はその下準備と根回しをしている途中なの。

 いつまでもあの女を調子づかせておきたくないっていうのは本心だしね」


 あの女――母亡き後に、父が連れてきた義母の顔と声を思い出し、思い切り顔を(しか)めてから、私は立ち上がる。


「そろそろ出かけるわ」

「今日はどちらへ?」

「王立図書館。夕飯までには帰るわ」

「毎度のコトながら……その格好で――ですか?」


 エフェの言うその格好――というのは、今の私がしている、あまり貴族らしくない装いのことだ。


 それなりに可愛くてお洒落ではあるけれど、地味なのは認める。

 フリルとかひらひらした部分とかが全然ないもんね。


「毎度説明している気もするけど、袖や裾の広がる服は、司書仕事の時に邪魔なのよ。

 高いところの本を取ったり、本を抱えて運んだりするコトもあるから」

「むー……いつものコトとはいえ、うーん……」


 まぁ気持ちは分からなくもない。

 特にエフェは私のことを着飾りたくて仕方がないようだし。


 こんな不健康で根暗で口も態度も目つきも悪い女を着飾りたいだなんて、エフェも変わった趣味をしているわよね。


「お嬢様はご自身で思っているよりずっと美人ですからね」

「はいはい。お世辞をありがとう」

「お世辞じゃないんですけどね~……」


 やれやれと、嘆息されてしまった

 生憎と私は自分で自分を美人とは思えないので仕方がない。


「ともかく、いつものように来客の対応は任せるわね」

「かしこまりました。気をつけて行ってらっしゃいませ」


 お辞儀をして私を見送るエフェの仕草はとても丁寧で洗練されている。


 さっきまでの気安い感じが嘘のようだ。


 色んな従者たちを見てきたけれど、これだけの動きをできる人はそう多くないだろう。

 そんなエフェの気配を背中に感じながら、私はこの建物の一階のとある場所に向かった。


 興味を持つ人の少ない本が多く並んでいる上に、わざと本棚を複雑に入り組ませ、どこから見ても死角になるようにされた場所。

 利用者たちから、迷宮エリアとか本棚迷宮なんて呼称される一画の奥にある、とある壁。


 その壁には、魔心(ましん)技術による細工が施されている。

 もっとも現代で日常的に使われている魔心技術では説明がつかない原理不明の細工なのだけれど。


 これはお父様も知らない、秘密の壁。

 知っているのは今は亡き母と、国王陛下を筆頭とした王家の一部の方々だけ。

 あと、エフェには出かける時の説明が面倒なのもあって、場所は伏せつつも話はしてある。信用できる子だから問題なし。


 ともあれ、ここを知っていてかつ、使用できるのは、ライブラリアの正当な血筋の持ち主と、緊急時の王族。それから、ライブラリア家の領主に許可を得た者のみ。


 余談をするなら――世間的な領主は父だけど、この装置に登録してある領主は私である。


 私の左手で壁の中央にふれると、目立たないほど仄かな輝きをもって、魔法陣が展開した。


 同時に、私の手が壁に沈む。

 沈んだ手を中心に広がる波紋を見ながら、私は特に驚くこともなく、その壁の中へと入っていく。


 そこは飾り気のない、天井も壁も床も、白で統一された小さな部屋。

 部屋の奥にある壁際の一段高くなった床に魔法陣が描かれているくらいしか特徴のない場所だ。


 まぁ、安全な荷物置き場として最近は使っている面もあるので、前と比べると少し散らかってはいるけれど。


 ともあれ――私はその一段高い床に描かれている魔法陣の上にためらい無く乗った。

 すると、一瞬だけ視界が歪み、身体が重みを失うような感覚に襲われる。


 すぐに身体の感覚が元に戻ると、部屋の内装は白から黒へと変わっていた。


 先とは逆の手順で、私はその黒い小部屋から出る。


 部屋の外に広がっているのは、先ほどまでいたライブラリア領の図書館――領書邸ではない。


「さて、今日はこっちでお仕事しましょうか」


 ここは、王城の敷地の中にある、大陸最高峰とまで言われる大きな図書館。


 王立エントテイム図書館の一角。


 王都の王立図書館とライブラリアの図書館『領書邸』。

 馬車を使っても一週間はかかる距離を、一瞬で移動する古くからここにある魔心(ましん)装置。


 現代の魔心技術では再現不能で、原理も不明な古代魔心技術品(アーティファクト)


 ライブラリア伯爵家の正統後継者と、王家のみが知る秘密の一つである。



準備が出来次第、もう1話公開したいと思います!

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