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19冊目 悶える司書姫と解説する妹


 ケルシルト様のお屋敷で一泊させてもらい、翌朝の朝食までごちそうしてもらったあと。

 私とサラは、ケルシルト様とエピスタンを連れて、王立図書館にやってきていた。


 もちろん、エフェとミレーテもいる。

 話が終わったあとは、ここから帰るからね。


「本当に我々に見せて良かったのか?」


 本棚迷宮の奥にある壁の前で、ケルシルト様が改めて訊ねてくる。

 それに対して、私はうなずいた。


「はい。ケルシルト様とエピスタン様であれば、他言はしないと信用しますので。

 もっとも隠し部屋のさらに奥へは案内できませんが……」

「いやいやいやいや。ここに隠し部屋があると教えて頂けるだけでだいぶ無茶されているのはわかりますので」


 エピスタンが慌てた様子を見せる。

 ケルシルト様に仕えてるからこそ、密約の重さのようなものを理解しているのだろう。


「そんな風に理解して頂ける方々だからこそ――と思って頂ければ」

「ならば、我々はその信頼に応えるだけだな、エピスタン」

「ええ」


 その上で、二人には隠し扉への出入りを可能にする登録を行う。


「……まさか出入りまで許可されるとは……」

「中にある魔法陣には絶対に触れないコトが条件ではありますが」

「いやいやいやいや。さっきも言いましたけどだいぶ無茶されてますよね?」


 本当に困ったように慌てているエピスタンだけれども、二人にこの隠し部屋を教えたのには理由がある。


「方法や条件は明かせませんが、この隠し部屋にあるモノは、ライブラリア領の図書館にある隠し部屋にたぐり寄せるコトが可能です」


 私が告げると、ケルシルト様もエピスタンもその表情が引き締まった。

 どうやらこちらの意図が正確に伝わったようだ。


「そして、その逆――ライブラリア領の図書館から、この隠し部屋へとモノを送るコトもできます」


 実際の挙動とは少し違う内容だけど、まぁ全容を明かすつもりはないからこの程度で。

 だけど、二人にはそれで十分のはずだ。


「……とんでもない秘密を明かされたな」

「ですが、イスカナディア嬢がそれを明かす理由は明白ですね」


 驚きながらも、二人は私の言外の問いかけに、力強くうなずいてくれた。


「フィンの様子の報告。そしてそちらの家の状況の報告。

 取り急ぎでやりとりする必要のあるそれらを、出来る限り最短でやりとりする為だな?」

「その通りです。同時に、私たち姉妹にとっての、何かあった時の逃げ道です」

「お二人がここで倒れている可能性もあると?」

「ゼロとは言い切れないでしょう?」


 キッパリと告げると、ケルシルト様とエピスタンはなんとも言えない顔をする。


「私宛のお茶会の招待状なども、家だけでなくこちらにも置いておいて頂けると助かります」

「あー……お母様が見つけるなり破り捨てそうだもんね。お姉様宛の手紙って」


 後ろで苦笑しているサラに、ケルシルト様とエピスタンの眉間に皺が寄った。


「さて、こんなところですかね? 私たちはそろそろ行きたいと思います」

「あー……イスカナディア嬢」

「はい?」


 壁に手をかざそうとした時、ケルシルト様に呼び止められて、そちらに向き直る。

 何やらサラとエピスタンが興味深そうな視線でケルシルト様を見てるけど、何があるの?


「その……事件とか関係なく、ここから君へ手紙を送ったりとか、しても……大丈夫か?」


 エフェまでちょっと目を輝かせ出したけど何なの?

 まぁ、周囲の意図はともかくとして、ケルシルト様の申し出に問題はない。


「問題ありませんよ」


 そう答えてから、私は小さく手を叩く。


「あ。そうだ。今回いろいろお世話になりましたからね。

 こちらからも、何かケルシルト様にお送りしたいと思います」


 そうは言ってもケルシルト様が好むモノが分からないから、どうしたものか――って感じではあるけれど。


「何か、必要なモノとかありますか?」


 ケルシルト様――というかティベリアム公爵家も領地は持っていたはずだから、うちの領地で開発された病気などに強い家畜や作物とか、いいかもしれない。味も良くなってるしね。


 あれらもそろそろ領地外に広めたいと思ってたし、いい機会じゃないかな、これ。

 ケルシルト様だって、うちの領地が、ある意味で国の実験場になっているのは知っているだろうし。


 ライブラリア家の知識を使って、新種の開発や、特殊交配種なんかを作っているんだよね。そこから生まれた強い家畜や作物は、他の領地からしたら喉から手が出るほどほしいはずだ。

 ティベリアム家に対してのお礼としてなら、特殊交配技術そのものを渡すのも悪くないかも?


 あるいは、ティベリアム公爵領の家畜とウチの家畜を交配させるというのもアリかもしれない。その時に特殊交配技術を用いるというのもアリだ。それで何か変化があれば、どちらの領地にも旨味がある。


 うん。これは良さそうだな。

 向こうも土地持ちの貴族だ。

 今回のお礼としては結構良いモノとして受け取ってくれるんじゃないかな?


「そうだな……」


 他にも新しい栽培方法とか、新技術の実験とかもしているし。

 要望されたモノが、ケルシルト様に渡して問題なさそうであれば、即座に渡してもいい。


 何を要望されるかな――などと思っていると。


「……可能なら、君の時間を少し貰えないだろうか?」

「……はい?」


 言われたことの意味が分からずに、私は間の抜けた声を出す。

 ついに基本冷静なミレーテの目まで輝きだしたんだけど、なんなのこれ?


 領地的な取引とかそういうのじゃなくていいのかな?


「その、君と食事などをしたいな……と」

「それくらいなら別にいいですけど――そんなのでいいんですか?」


 あまりのもしてもらった恩と釣り合わない話だったので、思わず聞き返すと、ケルシルト様は目を(しばたた)いた。


 いやだって、私と食事したいとかお礼にならないでしょう?

 やっぱ家畜や作物や、それに関する交配技術とかの方が美味しいのでは?


「他になにかあるのかい?」


 問われて、私は考えていたことを口にする。

 あるいは想定外の言葉を貰ってしまって、まともな思考が出来なくなっていたのかもしれない。


 ともあれ、パッと思いついた言葉が口からでた。


「えーっと、家畜とか?」

「家畜」

「はい。他にも特殊な交配とか」

「特殊交配」


 え? 何で変な顔して赤くなりながらオウム返しをしてくるのかなケルシルト様?

 あと、エフェとエピスタンが明らかに笑いを堪えているのは何でだろう?


 ライブラリア領での研究成果の一部である家畜や、それらの特殊な交配方法を提供しますって話だったんだけど、そんな反応になる??


「いや、君との食事だけで十分だから。うん」


 そうか。食事って言われてピンとこなかったけど、つまり当主同士の会談を一度したいってところか。それならその時に改めてお礼の話とかすればいいか。


「そうですか? それなら、日時を教えて頂ければ、こちらから王立図書館へと赴きますので」

「分かった。では後日、招待状を遅らせてもらおう」

「はい。そうしてください」

「それと……」


 え? まだ何かあるの?


「……自分のコトは、ケルスと読んでくれないだろうか?」


 愛称で呼んで欲しいの?


「ボス。フィンジア様とイスカナディア嬢が愛称で呼び合うのが羨ましいんですか?」

「うるさいぞエピスタン」


 私なんかと愛称で呼び合うくらい仲良くなりたいって――フィンジア様もケルシルト様も物好きというかなんというか。

 まぁ仲良しアピールそのものは、政治的にも有効な手段だけどね。


 二人のやりとりに私はクスっと笑ってうなずく。


「わかりましたケルス様。では私のコトはイスカと」

「あ、ああ……イスカ嬢。また会おう」

「ええ」


 こうして、私たちは別れの挨拶を交わし、隠し部屋の中へと入っていく。


 魔法陣を経由して、領書邸の隠し部屋へと戻ってきた。

 そして、その隠し部屋を出ようしたところで――


「お姉さま、ストップ」

「どうしたの、サラ?」

「あー……隠し部屋を出る前に伝えておきたいコトがあるかなーって」

「伝えておきたいコト?」


 何やらメイド二人はサラを応援する雰囲気を出している。

 一体、何を言い出すんだろうか。


「えーっとね。男の人って、恋愛感情はさておくにしても、それなりに気に入っている女性と、食事とか買い物とかのデートに行くことが、報酬になるコトがあるんだって」

「…………」


 あ。

 なんかこの先の話を聞いちゃいけない気がしてきたぞ。


「サラ。その先、聞かないとダメ?」

「うん。ちゃんと聞いてくれないとダメ」


 私の質問に、サラはキッパリと言ってくる。

 幼い子を叱るような「めっ!」という態度のサラが可愛い。いや可愛いとか言ってる場合じゃない気もするけど。


「思うに、ケルシルト様はお姉さまとデートしたかっただけだと思うんだ」

「ええっと、うん」


 つまり、領地としての取引とかはまったく考えてなかったんだなケルシルト様。

 純粋に私を誘いたかっただけなのか。そーなのかー。そーかー。


「そんな思考状態のケルシルト様が、食事以外の報酬としてお姉さまに掲示されたモノは何でしょうか?」

「……家畜……特殊な交配……」


 あれ? もしかしなくても、ケルシルト様が変な顔して赤くなってたのって……。


「そういう特殊なプレイとか思われてたりするかもですね」

「……プレイ、とは?」


 いや、言われなくても分かってる。理解したくないだけで。


「淑女の口からはとてもとても」


 ぷいっと顔を背けるサラだけど、まったくもって恥じている様子はない。

 いや、そんなことより……そんなことよりだ……。


「うああああああああああああああああ!?

 マジか!? 大丈夫か!? 私、とんでもない変態だと思われたッ!?!?」


 もしかしてそういうのが好きな変態って思われた!?

 いや、嘘でしょ!? いやでもそう思われても仕方ないノリで対応してんじゃん!!


 顔を押さえ、ゴロゴロと床を転がるけれど羞恥心(しゅうちしん)が押さえられない。

 もっと転がるしかない!


 ごろごろごろごろごろごろ。


「バカ! バカ! 私のバカァァァァァァァァァァ!!」


 外に音の漏れない隠し部屋で良かった!

 思い切り叫べるもん!!


 私のバカァァァァァァァァァァ!!


「まぁ誤解は大丈夫かと」

「……ほんと、エフェ?」


 床でゴロゴロとしてたのを止めてから訊ねると、エフェはとても良い笑顔でうなずいた。


「エピスタン様はちゃんとお気づきになられていたようですから」


 それで笑いを堪えてたのね……。


 …………。


 うわぁぁぁぁぁぁん!

 やっぱどうしようもねぇヘマしてんじゃん私ぃぃぃぃぃぃ!!


「サラ様、隠し部屋でのすりあわせ大正解でしたね」

「お姉さまがこんなに取り乱すなんて珍しいモノね」


 サラ、ミレーテ。

 ほのぼのトークしないで! つらいからぁぁぁぁ!!


 エフェ! 貴女は貴女で! なんで涙流して手を叩きながら爆笑してるの!? 主のピンチよ!? 貴女の忠義はそんなものなの!?


 え? なに?

 食事に誘われたら、どんな感情でケルシルト様と顔合わせればいいの?


 首から私はバカですって書いた看板でもぶら下げてデート行く?

 無理でしょ、それぇぇぇぇぇぇぇ!!


 ああ、もう!!


 ばーか! 私のばーか!!


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