18冊目 寂寥と覚悟の妹と公爵家の朝
パーティが終わった後――
私とサラは、ティベリアム公爵邸に招待されていた。
昼間のやりとりを見たら、素直に私をライブラリア家の屋敷に帰したくない――と、ケルシルト様に言われたのだ。
サラもエピスタンに誘われて、こちらの屋敷に来たそうだ。
そして私にあてがわれた客室のテーブルに、私ははしたなく突っ伏していた。
「うー、ぴー、ぽー」
「お姉さま、大丈夫?」
机に突っ伏して意味の無い言葉をうめいている私へ、サラが不安そうに声を掛けてくる。
「あんまりだいじょうぶじゃない」
「なんていうか、お疲れさま」
顔も上げずに答えると、横に座ったサラが頭を撫でてくる。
さすがサラ。やさしい。たすかる。いやし。
「はしたないですよ、お嬢様――と言いたいのですけれど……」
「奥様とフィンジア様のやりとりから、続けてあの怒濤の挨拶タイムを見てしまうと……ねぇ」
ミレーテとエフェも困ったような声だ。
だけど、だらけるのを許してくれているのはありがたい。
「お姉さま、真面目な話。これからどうするの?」
「…………」
サラに問われて、私はだらけるのをやめて身体を起こす。
これをサラの前で口にするのははばかるのだけれど……。
どう言えば良いのかと言葉を選んでいると、サラはそれで察してしまったのだろう。寂しげに悲しげに、笑みを浮かべた。
「ああ、母さんはもうどうにもできないんだね」
「……ごめん、サラ」
「謝らないで。王太子殿下の婚約者相手にあれをやれば、もう……ね。
言葉応酬や手の叩合いくらいならば、状況よってはまだマシだったかもだけど、明らかに魔法らしきものを使っちゃったからね」
魔法の類いを使った証拠がなくとも、あの時の態度からフィンジア様に何か仕掛けたのは間違いない。
魔法そのものは悪ではないが、魔法を悪用する罪は重い。
ライブラリア家を取り戻すだけでなく、ここ最近の両親のやらかしのすべてを精算しようとすると、二人の刑罰は避けられない。
「でも、お姉さまが本気を出そうとしている以上……ここが限界だったってコトだよね?」
「そうね。放置しておくのも、これが限界だと思う」
「そっか」
私は、自らの手で父を断罪しようとしていることに、意外とためらいはない。
だけど、サラは違うのだろう。
私が断罪すれば、フーシアは間違いなく罰せられる。下手をすれば処刑になることも、サラは理解している。
「……そっか」
だから寂しそうに、仕方なさげに、そう口にするのだろう。
「……ちょっと怖いけど、優しくて、頑張り屋で、いつも私を守ろうとしていた母さんは、もういないもんね……」
寂しそうで、悲しそうで、だけど意志はハッキリと、覚悟をキメたような様子で、サラはそんな呟きを漏らしていた。
そうして、私たち姉妹は、夜に招待されたケルシルト様のお屋敷で一泊過ごした。
今はそのお屋敷の食堂にいる。
「ありがとうございます。ケルシルト様。わざわざ朝食までご用意して頂いて」
「なに、構わないさ。大きなお世話だったかもしれないが、こちらの方が気が休まるだろう?」
「それは間違いないですね」
領地の家は、出かける前にサラと共に大掃除をしたが、王都の家の方はまだやっていない。
こちらの家の自分の部屋がどうなっているかとか考えたくないし、そこに気を揉むのもかったるいので、ケルシルト様の家に泊めて貰えて大変助かったのは間違いなかった。
「サラ嬢。公式な場では無い。あまり堅くならず楽しんでくれ」
「は、はい!」
ちなみに、細い割に意外と食いしん坊なサラが大人しいのはそういう理由だ。
美味しそうな朝食が並んでいるのだが、私と共に別の貴族の家で食事をするというのが初めての経験過ぎて、ガチガチなのである。
傍目から見てても目が回ってそうなほど緊張しているのが伝わってくる。
それをちょっと可愛いと思ってしまうのは、さすがに意地が悪いだろうか。
「久々に俺以外の相手に料理が振る舞えると、料理長が気合いを入れていたからな。是非楽しんでくれ」
「それなら、その料理長さんへはケルシルト様からお礼を伝えておいてくださいね」
私はそう笑ってから、サラへと視線を向ける。
「お、お、お姉様……わたし、ちゃ……ちゃんと食べられるかな?」
「多少失敗しても怒られないでしょうから、まずは落ち着いて。そうやってガチガチになっている方がむしろ失礼になってしまうわよ」
「ひゃ、ひゃい……!」
うーん。これはダメそう。
「ケルシルト様。この子は食べるのが好きですから、食べ始めれば落ち着くと思います」
「そうか。ならばこれ以上、サラ嬢が緊張してガチガチになってしまう前に、食べるとしようか」
ケルシルト様は私の言葉に笑ってうなずくと、食事前の挨拶を口にするのだった。
美味しいごはんのおかげで、ほどよくサラの緊張も解けてきた頃。
「そういえば……」
「ん?」
私はふと、昨晩のパーティの時のことを思い出した。
「答えづらければ答えて頂く必要はないのですけど、質問をしても良いですか?」
「内容にもよるが、何だ?」
母が存命中の頃に比べると、ライブラリア家の存在を疑問視するような人が増えているというのは事前に聞いていた。
それは確かに実感したんだけど、それとは別に――
「昨晩のパーティ……ライブラリア家だけでなく、ティベリウム家も、だいぶ軽視されているように感じたのですが、理由とかはご存じなのですか?」
「うーん……」
ケルシルト様は困ったような顔でベーコンを口に運ぶ。
それを思案しながら咀嚼し、嚥下する。
「彼女たちも無関係じゃないし、問題はないか」
それから小さく独りごちてから、ケルシルト様は答えてくれた。
「俺が君をエスコートした理由でもあるんだがね。少しばかり過激な連中が貴族の中に増えているんだよ」
「過激?」
サラが首を傾げると、そうだ――とケルシルト様はうなずく。
「エントテイム王家、当家ティベリウム侯爵家、君たちライブラリア伯爵家。これを密約三同盟などと勝手に呼称して一括りにしている連中がいてな。
同盟間で、表に出ない秘密のやりとりをし、利益を独占しているのはズルい……などと主張している」
「…………」
思わず食事の手を止め、私とサラは沈黙した。
「建国史や歴史書などに目を通した上でそう言っているのですか?」
「そうじゃないかな? 中途半端に理解して焼き上げたパンに、思い込みがたっぷり溶け込んだバターを塗りたくって口にしているのだろうよ」
うあ。最悪だ。
たぶん、何を言っても理解しない連中だってことじゃないか。
「うちやライブラリア家に嫉妬や逆恨みしている程度ならマシでな、自分たちの抱く意味不明な根拠を元に結構ケンカを売られるんだよ」
「もしかしなくても、先代当主である母が女神の元へと還ったコトで、やたらと軽視してくる家が増えたのって……」
「だれが音頭を取っているのかまでは掴めてないんだがな。それでも、音頭を取っているやつからすれば、ここがチャンスだとでも考えたのかもしれないな。
うちだって、祖父が隠居して俺が当主になってから、そういうのが増えたくらいだ」
ひたすらに面倒な話だなぁ……。
正直、勝手な妄想で嫉妬と怨みを募らせて攻撃してきているってことだろ?
「昨日の若い奴らが煽られているって話は、それですか」
「そういうコトだな。誰が煽ってるかまでは分からないんだがね。
昨日の話を考えるに、それが若い世代から上の世代にも伝播しちゃって、今の状況になってきてる感じなのだろう」
そういう相手にお父様はどう立ち回ってるんだ?
へらへらと受け入れたりしてないよな?
「あの……単純に疑問なんですけど……。
お姉様やケルシルト様が、ぎゃふんと言った時――その過激派? っていう人たちに何のメリットがあるんですか?」
二人が倒れた時に、何らかの利益が発生して、その人たちに分配されるのですか――というサラの疑問に、私とケルシルト様は顔を見合わせ、やがてどちらともなく肩を竦めた。
「そう言われると特になさそうだな。仮にティベリウムの密約の情報が知れ渡ったとしても、連中にどうこうできるモノでもないしな」
「ライブラリアとしても、当主と、当主に許可を得た人しか利用できない道具とかですから……」
「そっちの場合、それこそ図書館利益という思い込みも付加されているだろう? それを奪い取れれば自分たちが儲けられるとか考えているかもしれないぞ」
「それでいくならティベリウム家だって、密約の内容を知れば、自分たちも王家と対等の取引ができたり、公爵家になれるかもしれない……とか思われてる可能性ありますよ?」
ケルシルト様とそういう軽口を叩き合っていると、横でサラが不思議そうに訊ねてくる。
「えーっと、つまり……目に見えてわかりやすいメリットなんて無い……ってコトですか?」
「そうだな。密約そのものは、代々守り抜いてきた約束でしかない。単純な利益になるようなモノではないんだ。
うちの場合は、ざっくりと言えば国を運営するコトへの協力とアドバイスをする……みたいな内容だしな」
さらっと、明かしたなケルシルト様。
まぁ実際はもっと色々と約束事はあるんだろうけど。
なら、こっちも少し手札をオープンしておこうかな。
「うちも似たようなモノです。
先ほど言った――代々受け継いできた道具と、知識を用いて、王家が直面した問題へ知恵を貸して解決策を共に考える……ようはその程度ですからね」
もちろん、諸々の隠し通路やら、特殊な魔本やらがないわけじゃないけど。
それだって使えるのは、当主や当主の許可した者ばかり。
密約を知ったところで、余所の家の人間がどうこうできるものじゃないのよね。
それはきっと、ティベリウム家も同じだろう。
「じゃあ、本気で思い込みで攻撃してるだけなんですか?」
「そう。そういう連中が徒党を組んでいるだけに過ぎない」
「あるいは、徒党を組んだそういう連中を利用して、何か画策しているヤツはいるかもだけどね」
話をしているうちに、少しだけ思いついたことがある。
フーシアに、『伯爵夫人なのだから』なんていう余計な知恵を与えたヤツ――それって、この過激派連中だったりするかもしれない。
もっというと、それを煽っているやつ……か。
あの愚かな振る舞いを見て、利用すればライブラリア家にダメージを入れられると……そう思ってのことなのだとしたら、目聡いヤツもいたもんだ。
「ケルシルト様、今後そういう連中に関連して困ったりしたら、相談しても?」
「もちろん。こちらとしても、その手の膿を絞り出す為に、ライブラリアの知恵を借りたいところだ」
密約ではないけれど、簡単な約束はとりつけられたかな。
今までは、あまり両家の交流はなかったようだけれど、今代の私たちはこういうのもアリかもね。