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17冊目 挨拶がんばった疲労困憊令嬢


 さすがに意を決したのか、お父様はフーシアを回収していった。

 その際に、本当に申し訳なさそうに、そして必要以上にペコペコしていたので、お父様は常識そのものが欠落しているワケではないらしい。 


 でも、今はそんなことより――


「フィンジア様」


 小声で、だけどややせっぱ詰まった調子で私は声を掛ける。


「イスカナディア様? 何かございまして?」

「体調とか大丈夫ですか? 思考への(かげ)りや、不自然な感情変化などは?」

「まるで精神操作系の魔法の心配をしているようですね」


 そう口にしてから、フィンジア様の表情が変わり。


「アレが使い手でして?」

「確証はありませんが、たびたびこちらから手を出させるような素振りは見せてきますので」

「……してやられてしまったのかもしれませんね」


 苦々しくうめきながら、フィンジア様はフーシアの手を弾いた自分の手を見つめる。


「何かありましたら、自分かケルシルト様にすぐ相談を」

「はい。でも先に謝っておきますね。これがキッカケでご迷惑をお掛けしてしまったなら申し訳ありません」

「こちらも事前にお伝えできず申し訳ありません」


 これは、私の落ち度だろう。

 フーシアに関する警告をフィンジア様にしそびれてしまったのだから。


 それはそうと――


「ところでフィンジア様って魔法に関して造詣(ぞうけい)が?」

「そもそも、我が一族は、この国では珍しいとされる魔法使いの一族ですので」


 そうか。南部の砂漠出身だもんなフィンジア様。

 あの砂漠は今でこそ王国領の一つだけど、以前は王国とは異なる独自の自治地区だったし、生活と魔法が近かったみたいだしね。


 そんなフィンジア様と仲が良さげなケルシルト様も、相応に知識があるということか。


「では精神に作用する魔法についての説明は?」

「不要です。しかし自分が何かの影響を受けてしまったと思うと、少々気持ちが落ち着きませんね」


 話が早いのは助かるけど、どんな作用が発生するのかわからないのが不安だな。


 確定情報ではなかったフーシアの反撃待ち。

 さっきの様子だと、どうにも確定した感じがするのよね。

 それが魔法なのか古代魔心具(アーティファクト)なのかは分からないけれど。


「フィン。そろそろここを離れるぞ。

 最後までケルスたちと(たわむ)れていたいが、ほかにも挨拶をしたがる者たちがいるからな。ケルスと並んでいると人が増えややこしいコトになりかねん」

「かしこまりました殿下」


 声を掛けてきたアムドウス殿下にうなずき、フィンジア様は私へと微笑む。


「それでは失礼致しますわイスカナディア様。もしよろしければ、私のことはフィンとお呼びいただけると嬉しいです」

「かしこまりました、フィン様。それでしたら私のコトもイスカとお呼びください」

「ええ、イスカ様。お茶会にお呼び致しますので、是非とも出席してくださいませ。ではごきげんよう」


 丁寧な仕草でそう告げて、フィンジア様は殿下と共にこの場を離れていく。


「ふぅ……」


 思わず息を吐いてしまう。

 嘆息なのかため息なのか、詰まった息を解放したいだけなのかは自分でも分からないけれど。


 そんな私の元へ、ケルシルト様が近づいてくる。


「イスカナディア嬢」

「ケルシルト様。フィン様のコト……」


 彼の顔を見るなり、私は不安げな声を出してしまった。

 それに対して、ケルシルト様はこちらを落ち着けるように告げる。


「分かっている。アムディとも情報は共有したから、様子を見守れる」

「それは何よりです」


 安堵を一つ。

 ケルシルト様と、アムドウス殿下の二人がフィンジア様を気にかけてくれるなら、大きな問題にはならないだろう。


「……フーシアは、王太子の婚約者に手を出した、か」

「イスカナディア嬢?」

「正直、もう少し引きこもって根回しとかしたかったんですけどね」


 私の言葉から、ケルシルト様は何かに気づいたのだろう。

 僅かに沈痛な顔を覗かせる。


 もちろん場所が場所なのですぐさま外向けの表情になってしまったけれど。


「君の父親も、フーシアの何らかのチカラの影響を受けているのではないかな?」

「だとしても、です。もう何もかも手遅れですから。そこはケルシルト様もお分かりになりますでしょう?」


 私がそう返せば、ケルシルト様は言葉を詰まらせる。

 情状酌量の余地はあるかもしれないけれど、だからといって罰せられないワケではない。


「省略できるところは省略して、詰めれるところは詰めて……早めに動くしかなさそうですね」

「何かするのなら協力する。だが一人で無理をするようなコトはしないように」


 こちらを気遣ってくれる言葉に、私は不思議に思って顔を上げる。

 どうしてそんなに気を掛けてくれるの――と、そんな疑問が私の表情に出ていたのかもしれない。


 私は特に何も言わなかったけれど、ケルシルト様が気遣うように口を開く。


「その……なんだ。お互いに、表に出せない秘密を抱えた家柄同士だろう?

 ほかの家の者に……するよりも、相談がしやすいのではないか……と思ってね」


 ああ、なるほど。

 確かにそれはありがたいかもしれない。


 ところで、こういう気遣うセリフを言い慣れてないのかな?

 なんかケルシルト様の顔が赤い気がする。


 もしかして、もう酔ってる?

 ケルシルト様ってお酒に弱い?


 などとやっていると、殿下たちが離れたからか、ケルシルト様へと挨拶しにくる人たちがこちらに向かってくるのが見える。


「離れた方がいいですよね?」

「……側にいてくれてかまわない。いやむしろ側にいた方がいい」

「はぁ……」

「その上で合図を決めておこう、うん」

「合図、ですか?」


 何の合図だろう?


「そうだな……信用できる相手の場合、君を紹介する時、君の肩に手を置くとしよう」

「……なるほど」

「手を置いている時間が長いほど信用できると思ってくれ」


 そう口にするケルシルト様の横顔は、公爵家当主の横顔に見えた。

 その凜々しい横顔を見ていると、なにやら困ったような、言い訳をするような調子で付け加えてくる。


「あー……その、計画を前倒しにするならそういう情報も必要だろう?」


 なんで表情が崩れたんだろう?


「助かります」


 とはいえ、それは本当に助かる。


 引きこもりながらも情勢そのものはある程度調べたりはしていた。

 けれど、実際のところの人為(ひととなり)や、各地の事情などは、触れてみないと分からないことも多いから。


 それを手助けしてくれるということは、ケルシルト様は、本格的に動くための情報収集と人脈づくりに協力してくれるということだろう。


 どうしてそこまで協力してくれるのかは分からないけれど、ありがたいのは間違いない。


「さぁ来るぞ。まずは、オイダァル侯爵のようだ」


 言われてケルシルト様が視線を向ける方向へ、自分も視線を向ける。

 視線の先にはこちらに向かってくる、口ひげの男性がいた。


 年嵩の、なかなか老獪そうな人だ。


「気むずかしい方だが、間違いなく信用に値する。可能なら、この場で仲良くなるのをすすめるよ」


 ……そのアドバイスは大変有用なんだけど、だいぶ社交サボってた社交嫌いにはハードル高いな!?


 そんな焦りなど表には出さないように努めて、私はケルシルト様に挨拶しに来た人に、一緒になって挨拶をする。

 もちろんオイダァル侯爵だけでなく、その後に続けてくる人たちにもだ。


 挨拶をひたすらに繰り返すような挨拶タイムの中で、気になったのは何人かいた。


 一人はワーブラー子爵。

 ケルシルト様の肩の叩き方がなんとも曖昧だったのだ。


 信用を図りかねる人――というよりも、特に付き合いがあるワケでもないのに話しかけてきた人……という感じだった。


「実は近々、家督を長男に譲るコトとなりまして。今日は本人はおりませんが、交代前に皆様にご挨拶して回っておりまして」

「そうだったのですね。これまでの責務、ご苦労様でした」

「ありがとうございます。まぁ、前線を退いても貴族であるコトはやめられませんので、お会いする機会もまだまだあるかと思いますが」


 見た感じ、可も無く不可も無く――な普通の人っぽかったんだけど……。

 私とも軽い挨拶を交わしたあと、声を潜めて、少し真面目な顔になった。


「実は、あまり付き合いのないティベリウム公爵にお声がけしましたのは理由がありまして」

「ふむ。それは声を潜めるような話なのですか?」

「そうですね。あまり大きい声では言いづらい話です。

 ライブラリア伯爵令嬢にも、お耳に入れておいて頂きたい」

「私も……?」


 思わず口にすると、ワーブラー子爵は真面目な顔でうなずく。


「最近、若い世代――特にお二人に近い世代の中で、建国の密約を抱く両家に対する反発心が煽られている傾向にあるようです」

「そのような気配、確かに感じていました」


 首肯するケルシルト様に、けれどもワーブラー子爵は、小さく首を振る。


「実感がないかもしれませんが、一番影響を受けているのは若い世代です。そして公爵が認識している反発心を持つ大人たちというのは、若い世代の影響が伝播したモノではないかと感じております」

「キッカケは若い世代であると?」

「ええ。そして、公爵家であるティベリウム家はともかく、伯爵家であるライブラリア家は攻撃しやすい対象である――と、認識している者も少なからずいるようです」


 私を気遣うように見るワーブラー子爵に、気に掛けてくれることへの感謝を込めて笑みを浮かべてから、丁寧に言葉を返す。


「気に掛けていただきありがとうございます。先ほど恥を晒した通り……当家は今、内情がぐだぐだしてしまってますからね。なおさら攻撃しやすいコトでしょう」

「はい。ですので、お気を付けくださいませ」


 まったく会ったことないのに気に掛けてくれるとか、さてはすごい良い人だな。 


「わざわざありがとうございます。ワーブラー子爵」

「私からも礼を。よろしければ、家督を継ぐご子息の名前を伺っても?」


 私の礼に続いて、ケルシルト様もお礼を口にする。


「我が長子ファボリッツと申します。格別お気に掛けていただければ――などと厚かましいコトは言うつもりはございませんが、お二人の記憶の片隅にでも納めておいていただければ」


 そう告げると、ワーブラー子爵は頭を下げて離れていった。

 次期ワーブラー子爵ファボリッツ様。うん、覚えた。


 

 そして、印象に残った相手はもう一人。

 ビブラテス伯爵。

 

 インテリ気取りと揶揄されることもある人で、実際に見た目はいかにもインテリ文官という感じの神経質そうな雰囲気。

 そのあまりにも作られたインテリ感は、いっそインテリアとして飾りたいほどだ。


 ……いやこんなのが飾ってあったら気が休まらないか。


 ともあれ、ビブラテス伯爵家は、我がライブラリア伯爵家とはあまり仲良くない。

 特に――彼の息子デュモスは私の幼馴染みであり、不倶戴天の敵でもある。


「イスカナディア嬢もご無沙汰している」

「こちらこそご無沙汰しております」


 顔見知りなので、多少の挨拶は当然する。

 息子のデュモスと違って、当主で父親のカーラケーン様は、ちゃんと弁えている人だ。


 どれだけ仲が悪かろうと、こういう場面で直接的なケンカは売ってこない。間接的なケンカは売ってくる時はあるけれど、今日はケルシルト様も一緒だから大丈夫なはずだ。


 実際、軽い雑談の際には特に嫌味を言ってくることはなかった。


「……イスカナディア嬢。うちとライブラリア家の関係を思うと何を言っているんだ――と思うかもしれないが、忠告させてくれ」

「カーラケーン様?」

「元々、両家の仲は悪い。常にちょっかいを掛け合う仲だ」


 実際のところは、ビブラテスが一方的にケンカ売ってくる展開の方が多い気がするけど――まぁここで蒸し返すと話が進まなそうだし、置いておこう。


「それでもお互いに貴族の分別を越えたコトはしない。その共通認識はある」

「ええ。そこは否定しません」


 これは実際そう。

 両家の関係はあくまで両家の仲だけの問題だ。


 国に問題が生じれば、手を取り合って解決に向かうことに、基本的にためらいはないだろう。それはこれまでの互いの関係性を勉強すれば、分かる範囲の話だ。


「だが、どうにも息子たちの様子がおかしい。特に昔からキミに目を付けているデュモスが、ここ最近余計に拗らせ始めたようでな。

 ビブラテス家特有の拗らせ方ともまた違う方向な気がしている」


 拗らせてる自覚はあったんですね――とは口にしない。

 ビブラテス伯爵の目は真剣だ。本気で、子供たちの様子を(いぶか)しんでいるのだろう。


「忠告感謝致します。それとデュモスにはもう少し私に対する口の利き方を指導して頂けないでしょうか。公衆の面前で堂々と罵倒してくるのは、貴族としていかがなモノかと」

「ああ、善処しよう。だが――あれは昔から、貴族らしさに頓着がなくてな……手を焼いてはいるのだ」


 そんなやりとりをして、ビブラテス伯爵は去って行った。


「若い世代が扇動されている、か」

「ええ。一人だけなら思い込みだったかもしれませんが、二人からとなると偶然で済ますのも危険かも知れませんね」


 会場に妙な気配はあると思ったけどさ。

 何か糸を引いているヤツの意図があるとなると、気持ち悪いな……。



 ――とまぁ、そんなこんなで、こんな感じに……私はケルシルト様からの援護を貰いながら、顔を繋ぐための社交をがんばったのでした。


 ほんと、がんばった。すごいがんばったの。


 もうむり。


 ぴー。



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