16冊目 美姫と美獣
本日2話目です٩( 'ω' )و
声をかけてきたフーシアに対して、フィンジア様の目が眇まる。
一方のお父様は完全に頭を抱えた様子。
だけど、無視するわけにもいかないから、急いでこっちにくる感じかなぁ。
こういう場なんだから、ちゃんと手綱握っとけ……なんて思ってしまうけど、今更あの人に期待はできない、か。
格上の人へ挨拶する場合は、格下の者がその人のところへ赴く。
そう考えれば、フーシアがここに来るのも決して悪いワケではない。
だが、声の掛け方がダメだ。
「少しいいかしら?」
目下の者や同格の者たちの場へと割って入るのなら構わないんだけどさ、ここには伯爵と同格かそれ以上の人しかいないんだよ。
だから、挨拶する為に談笑の間に入ろうとするならば「盛り上がっているところ申し訳ありません。少々、挨拶をさせて頂きたいのですが」くらいは丁寧に言わないと。
マナーやルール、言葉遣いなどが完璧でなくても、それを守ろうという意志を感じられるのであれば、大目に見てもらえることも多々ある。けれど、フーシアはそうじゃない。
明らかに、自分を王族と同格かそれ以上の気持ちで声をかけてきたというのが、態度に出ている。
そりゃあ、お父様でも頭を抱えるわよね。
「イスカナディア様。ライブラリア伯爵家では、家格が下の家から嫁いできた方に、家格に合わせた教育を施すコトをサボっていらっしゃって?」
フィンジア様は、声をかけてきたフーシアの言葉に返事はせず、私に話しかけてくる。
暴走はわざと泳がしていると言っておいたので、この言葉そのものは別にフィンジア様の本心じゃないだろうけど。
とはいえ、参ったな。なんて答えようか。
チラリ――と、フーシアの様子を伺うと、どこかニヤケた様子だ。うまく隠しているつもりなのだろうが、まったく隠せてない。
恐らくは、殿下の話を聞いた上での行動だろう。
なにかしらやらかせば、父ではなく私が苦言の対象になるとでも考えたのかもしれない。
そういう変な部分には知恵が回るのだ、あの女は。
……となると、だ。
私がするべき反撃としては――うん。フィンジア様の問いに対しては、割と真面目に素直に答えるのがいいかもしれない。
「今でこそ私は成人しておりますが、嫁いで来られた時点ではまだ私は未成年でしたので。
大人でありながら、子供にマナーを指摘されるとなると、気分を害する方も少なからずおりますでしょう?」
必殺! 文句があるなら父に言え!
かーらーのー……
「それに、そもそも父が連れてきた方ですもの。本人もその辺りのコトは把握した上で、必要な部分は父から都度指摘してもらい、しっかりと教えてもらっているのだとばかり」
追撃! フーシアの行いの全ての責は本人と、父にある!
まぁネタ抜きにしても、私が関与するところではないのよね。
「そもそも、私はまだ正式な当主ではありません。
中継ぎの父からまだ引継をしてはおりませんので」
ついでにこれも言っておこう。
父は、あくまで中継ぎだから――と。
こういう人が多く集まる場で言っておくのは大事なはずだ。
「そうなると、殿下が無理にイスカナディア様を呼び出したのは、むしろ良かったのかもしれませんわね。引きこもったままでは把握できない情報を正しく把握されたのではなくて?」
フィンジア様って、結構意地が悪いな?
こっちが父に言え――と言っているのに対して、なら今の状況を把握して手綱をちゃんととれ……って感じで、無理矢理に私を巻き込もうとしているっぽい。
でもまぁ、フィンジア様もフィンジア様で、意地の悪いことを言いつつ、チラチラとフーシアの様子を伺っている。
……あ。そうかこれ、わざと意地の悪いことを言って、フーシアか父が割って入るの待ってるのか。
私が泳がせていると言った以上、何かあると考えて、フーシアや父の反応を伺ってんだろうな。
確かに、私がここまで言った以上は、父やフーシアが、お詫びなり言い訳なりをするべきだ。
だけど、父はオロオロしていて、フーシアはニヤニヤしている。
どうにもなんないじゃない、これ。
私は私で、ケルシルト様やアムドウス殿下の様子を伺う。
二人は興味深そうにこちらの様子を見ていた。
いや、ケルシルト様は好奇心より不快感が強そうだけど。
なんであれ……ダメだな。これ。
図書館引きこもり生活も、近々完全に終わりを告げそう。
絶対に怒られるでしょ、私。
とっととケリつけて当主の座を奪い取れって。
……っと、いけないいけない。
フィンジア様の言葉に返事をしないと。
「そのようですね。フィンジア様の言う通りです。
まさか父にも、その連れにも、当家が古より連綿と受け継ぎ、積み重ねてきた英知。それを守ろうという気概が、これほどまでに皆無だとは思いませんでした」
ひどくショックを受けた様子のお父様。あまりにも今更なので、そんな顔をされても困るんだけど。
一方でフーシアの方は――急に読めなくなったな。
フィンジア様の苦言は、私を責めるようで、実は別の意図があった……というのに、気付いたのかな?
様子を伺っていると、フーシアは小さく息を吐いて気を改めるような素振りをしてから口を開く。
「イスカナディア。それは少々ひどい言い方よ。私は足りないなりに貴方のコトも我が子のように……」
「つまりサラも普段からいびってると?」
「なんですって……?」
表情が露骨に変わる。
傷ついたような、怒ったような……。
「少なくとも私の知っている貴女は、サラにも手を挙げるような怖い人というだけですので」
実際、私の目の前でサラの頬を打ってたしね。
「…………」
あれ?
てっきり怒鳴ったり、ヒステリーを見せたりするかと思ったけど、大人しいな。
え? 泣いてる?
涙は流してないけど、泣いているような顔じゃないかこれ?
でも、フーシアがそんな顔をしていたのは僅かな時間だけ。
すぐにいつもの表情に戻ると、キッと眦を吊り上げる。
「図書館に引きこもっているだけのくせに随分と言うじゃない」
傲慢に見下してくる表情はいつものものだけど……んー、さっきの表情が引っかかるな。
「そういう貴女も随分な言葉遣いをされていますコト」
私が考えごとをしている間に、フィンジア様がフーシアに声を掛ける。
「その図書館に引きこもっているだけの方よりも、態度も言葉遣いもマナーもなってない貴女はなんなのかしら? 引きこもっていないのでしたら勉強くらいは出来ていて然るべきではなくて?」
おおう。フィンジア様ったら、冷たい声色で煽りおる。
「そういうアナタこそ、随分な姿じゃないの。
その男が好みそうな身体……まるで娼婦のようじゃないの」
売り言葉買い言葉にしてはすっごいこと言い出したなフーシア。
だけど、フィンジア様は気にもとめずに悠然と微笑んだ。
「あら、お褒めの言葉かしら?
皆様は娼婦の方々を良く見下されますけれど、私は尊敬しておりますわ。
あの方たちって殿方を喜ばせる為に、美と技術を追求されているのでしょう?
特に上級娼婦と呼ばれる方々は、稼ぎの大半を美の追求と維持の為に使われていると聞きますから。
方向性は違えど、美を磨き、保ち、追求する者として、尊敬しておりますの。
そのような方々のようだと言われるくらいには、私の身体は美しいのだと教えていただき、ありがたいコトですわ。
娼婦については貴女の方がお詳しいでしょうから、説得力もありますしね」
うっわ。
ゾっとするほど冷たい声だ。
フィンジア様の元々の声質もあって、脳味噌が冷やされながら揺らされてるみたいな変な感じがする。
それと、ギャラリーの男ども――の一部。
変な扉を開きかかっているかのような顔でフィンジア様を見るんじゃない。お連れの女性方に白い目を向けられているのに気づいた方がいいぞ。
……それはそれとして……。
――ケルシルト様。助けて。
フィンジア様とフーシアの二人に挟まれた私は、思わず目があったケルシルト様に視線で助けを求める。
――すまん。無理だ。
すると、ケルシルト様から視線でお返事をもらった。
もうちょっとがんばって欲しい……というかがんばる素振りを見せて欲しい。
「娼婦と呼ばれて喜ぶなんて……。その身体を使って本格的に男を買い漁ったらどう?」
結構なカウンターを貰っているのに、フーシアはメゲずにそう言って、フィンジア様へと手を伸ばす。
平民同士の売り言葉買い言葉なら、ここでフーシアがフィンジア様の胸を鷲掴みにしても問題はないんだろうけど……さすがに、ちょっとここでそれは……。
私が内心で慌て、この状況を見ていた父の顔が青を通り越して白くなっていく中――
パシン……と、音がする。
丁寧に。けれども力強く。
フィンジア様が、フーシアの手を払いのけた。
「不敬と無礼がすぎますね」
睨みつけるようなフィンジア様。
「失礼したわ。つい手を出しそうになってしまったの」
手を痛がる素振りを見せながらも、面倒くさそうに頭を下げるフーシア。
フィンジア様が気付いたのかは分からない。
だけど、普段の分かりやすいニヤニヤとは違う、押さえようとしていたものが漏れ出してしまったかのような、してやったりという笑みを、フーシアは一瞬だけ浮かべていたのを、私は見てしまった。
これは――もしかして、フーシアの方が一枚上手だったのか?
本日はここまで٩( 'ω' )و
また明日2話更新の予定です