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15冊目 黒曜石の姫君と黒真珠の姫君

99本文014



     



「ケルス。ずんぶんと良い女を(はべ)らせているではないか」

「真っ先にやってきて言うコトはそれか、アムディ」


 アムドウス殿下――王族であると分かっていても、すっごい尊大な態度。

 まぁ、アムドウス殿下のこの態度は、実は気弱な自分を奮い立たせる為の態度でもあるから、嫌みが薄いんだけど。


 ところで、良い女って言われた? 私のこと? いやいやまさか。


 それにしても、ケルシルト様も結構気安い感じだな。仲が良いんだろうな。


「女嫌いで有名なお前が女を連れているんだぞ? 気にならないワケがないだろう」

「彼女をエスコートするコトで、反応を確認したい奴らがいたんだよ」

「ふん。建前としてはそうだろうし、仕事としてもそうなのだろうよ。

 だが、それはそれとして、ケルスらしからぬ随分と甘い顔をしているように見えるが?」

「…………」


 甘い顔? ケルシルト様が?

 思わずケルシルト様の様子を見ると、何やら困ったような顔をしている。


 その顔を見ていると、アムドウス殿下が私に視線を向けた。


「女。名乗れ」


 言われて、思わず目を(またた)く。

 アムドウス殿下、私のこと知ってますよね――と、彼の目を見てしまう。


 王家の方々とは密約の仕事でちょいちょい顔を合わせるのだ。

 ここで、そんな初対面な態度とられても……。


 それに対して、アムドウス殿下は視線だけで私へ告げる。

 阿呆が。表向き貴様とは初対面だ――と。


 え? そうだっけ?


 ……お母様が女神の元へと旅立つ前に、アムドウス殿下と会う機会はなかったし……、お母様が旅立ってからは私はずっと図書館にいたワケだから……。


 確かに!

 密約の関係でちょいちょい会ってたから実感ないけど、表向きだと初対面だ!


「どうした、女?」

「し、失礼しました!」


 私は慌てて頭を下げてから、アムドウス殿下へと挨拶をする。


「お初にお目にかかります、アウムドス殿下。ライブラリア家が長子、イスカナディア・ロム・ライブラリアと申します」

「ほう? お前が社交嫌いと名高い司書姫か」

「司書姫……」


 え? なんでアムドウス殿下もその名前を知ってるの?


「一度は顔を見ておこうと思い招待状を出した価値はあったな。ライブラリアの英知の管理者は貴様だな?

 オレも王太子となったからな。父上同様、国のためにその英知を頼らせてもらう。オレを落胆させるなよ?」

「は。古来より続き積み重ねられた英知の名を汚さぬよう、勤めさせて頂きます」


 臣下の礼をとりつつ、胸中で舌打ちする。

 殿下とのやりとり、お父様とフーシアには聞こえてるだろうなぁ……。


 んー……こうなったら、アレだ。

 仕返しくらいはしていいよね。


 頭を上げてから、あくまでも臣下の態度のまま私は告げる。


「ところで殿下。英知の一端を担うものとして苦言を言わせて頂きたいのですが」

「ふむ。最初に苦言と宣言するのは偉いぞ。だが、聞かぬ。最初から耳の痛い話だと宣言されているのだ。耳を傾けるコトなどあるまい」


 殿下がぷいっと首を横に動かす。


 こ、こいつ……ッ!


 だけど、殿下の婚約者であるフィンジア様が、殿下の背後から近づき、その頭を両手で包んだ。


 次の瞬間――


「ぐおおおお……」


 ――殿下の顔をむりやりに正面……つまり、私に向けた。


 なんか殿下の首がぐぎぐぎ鳴ってない? 大丈夫?


「どうぞイスカナディア様。たっぷりと苦言をお聞かせくださいませ」

「お、恐れ入ります」


 美人の笑顔って怖いな。

 大変良い笑顔ではあるんだけど、両手はしっかりと殿下の顔を押さえている。


「では手短に。

 我が英知をお貸しする約束は、本来密やかに行われるモノ。この場で堂々と行うのは、あまり褒められた行為ではございません。そのコトは殿下も十分承知だったのではございませんか?」

「ふん。ならばもっと相応の態度と状況を作れ。書を侮り、積み重ねてきた英知の頂きに敬意なき者が増えているのだぞ」


 あー……父とフーシアを放置していることへの苦言と、それによって生じる問題への牽制の為か。

 ケルシルト様も、ライブラリア家がナメられだしてる的なこと言ってたし。


 でもなぁ、それなら殿下も先に相談をして欲しかった。


「殿下。嫌われ者のミミズは、けれども人の手よりも素早く、人に気付かれぬまま田畑を耕しているコトはご存じで?」

「それがどうした?」


 腕を組み、尊大な雰囲気を出しているけれど、婚約者の両手で頭を押さえられているままな姿はちょっと面白い。


 それはそれとして、通じなかったかぁ……。

 我ながらちょっと迂遠すぎる言い回しだとは思ったけど。


 今は水面下で色々やってるから、それを壊すようなことはしないで欲しいって話なんだけど……。


 どうしようかな。父やフーシアの近くで分かりやすく、思惑あって泳がしてるとは言えないし……。


 私が悩んでいると。


「殿下、失礼します」

「は?」


 ――フィンジア様が、さっきまでの体勢のままの殿下を持ち上げた。


 パワーすごいな!?

 そして殿下は腕を組んだまま持ち上げられたる姿はシュールだな!?


「……フィンジア?」

「ご友人と少々ご歓談をしていてくださいませ」


 そして、ポイっとケルシルト様の方へと放り投げた。


「うむ。分かった」


 腕を組んだまま宙を舞う殿下は、尊大な様子のままうなずき、そしてケルシルト様の前に着地する。


 周囲にいる殿下やフィンジア様の従者たちが得点付きの看板を取り出しそうな顔をしているのは気のせいだと思いたい。


「え? いいの? いまの?」

「よくあるコトですので」


 素でうめく私に、フィンジア様はニコニコと答えた。

 よくあるんだ。


 ……いや、よくあっていいのか、これ?


「それはそうと……」


 フィンジア様は私の手をとり、自身の両手で掴む。


「フィンジア・スーラ・ラデッサと申します。お会いできて光栄です。ライブラリアの美黒姫(びこくき)

「こ、こちらこそ。ですが、あまり大袈裟な二つ名はやめて頂きたく」


 黒姫ならともかく、そこに美をつけるのは勘弁してくれ。


「申し訳ございません。でも――」


 フィンジア様は私に抱きつくようにしながら、私の耳元で囁く。


「……殿下のせいで、繕っていた織物がダメになりかけているのでしょう」


 囁く声にゾクゾクする。

 うわ。なんだこの脳を揺らす声。


 ケルシルト様もすごかったけど、こっちは鼓膜を通り越して脳をくすぐってくる感じがする。


 これは魔法とか技術とかじゃなくて、天性のモノだな。そういう声質なんだと思う。油断するとなんかもう溶けてしまいそうだ。


 ……っと、そっちに意識を取られないようにしないと。

 フィンジア様は私の言葉の意味を理解してくれたみたいだし。


「まだギリギリ大丈夫そうです。父とフーシアの暴走はわざと泳がせていたのは確かです。ご助力感謝します」

「いえいえ。殿下も時々迂闊ですので。いつもケルス様に怒られているのですよ」


 あー……、ちょっと分かるな。

 殿下は、そういうところありそう。


「反省しない方ではありませんので、許していただければ」

「もちろんです」

「では、状況をごまかす演技をします。乗ってください」


 抱きついてきたのを誤魔化すのか。

 そういうことなら――


「ふふ。やっぱり、抱き心地の良い方ですわ」


 ――って、待て。それで誤魔化せるのか!?


「こういう方は、より美しくなる素養がありますからね。

 今もお美しいですが、それ以上に美しくなる大変良い素材です」

「……素材?」

「今も十分お美しいですけど、もっともっと磨けますわよ!」


 あ。誤魔化すとか言ってるけど、結構本心だなこれ。

 そんなやりとりを見ていた殿下が、割り込むように告げる。


「フィン。女に抱きつく分にはいいが、男にはやめよ。

 お前は美しい者、あるいは美しくなる素養がある者に、無差別に抱きつく癖があるからな。抱きついていい男はオレだけだ」

「申し訳ありません殿下。こればかりは性分でして」


 謝ってるけど、やめる気ないな?

 問題とか起こらない? 大丈夫?


「ねぇ、あちらのエピスタンと一緒にいる方は?」

「……妹のサラです」

「紹介してくださらないの? 抱きつきたいわ」

「抱きつくのは確定なのですね」


 思わず苦笑する。

 でも、サラを抱きしめたいということは、あの子もフィンジア様からすると美しくなる素養があるってことか。それはちょっと嬉しいかな。


 私は苦笑したまま、サラへと視線を向ける。

 仲が悪いアピールも兼ねて、お互いに一瞬だけ顔をしかめあった。


「サラ。こちらへ。

 フィンジア様にご挨拶を」

「……はーい」


 私たちのやりとりに何か思うことあったのだろう。

 ほんの一瞬、視線が眇まった。


 まぁ将来の国母だ。

 そういうのを察する能力が高くても不思議じゃないか。


「初めましてフィンジア様。サラ・ペーム・ライブラリアと申します。以後見知りおきを」


 緊張した様子で挨拶をするサラを、フィンジア様は少しの間じーっと見つめ――


「なるほど! 可愛いわ!」


 ――そういいながら、抱きついた。


 本当に抱きついた。


「え? え?」


 慌ててるサラの耳元で何かを囁く。


「ふわぁ……」


 なんかとろけた顔しているけど、大丈夫かなサラ。ちゃんとフィンジア様が言った言葉とか聞こえてる?


「ふふ、あなたも磨けば光りそう。是非とも今度一緒にお茶でもしましょうね」

「ふぁい」


 本当に、大丈夫?

 フィンジア様が離れてもサラはぼーっとしてる感じだけど。


「フィン。お前の声は、馴れないと力が抜けるような妙な心地よさがあるのを自覚してくれ。耳元で囁かれたその娘の顔が見れたモノではなくなっているではないか。その声で甘く囁いていいのは、オレの耳元だけにしてくれ」

「分かっておりますので大丈夫です」

「分かっているなら良いのだが」


 馴れたような返事をするフィンジア様と、それにやれやれと嘆息するアムドウス殿下。なんとも馴れたやりとりなので、結構日常的な光景なのかもしれない。


「分かっているなら自重してくれフィン。

 アムディも、叱るならもっとちゃんと叱ってくれ」


 そして、アムドウス殿下とフィンジア様に嘆息混じりにツッコミを入れるケルシルト様。


 お三方にとっては、日常的なやりとりなのかもしれない。


 その三人に囲まれて、とろける通り越してだらしない顔になって呆然と立ち尽くしているサラがいる。いるんだけど、三人は特にサラをフォローしてくれる気はなさそう。


 あ、エピスタンが回収した。


「はッ!? 何かすごい体験をした気がする」

「正気に戻られたようで何よりサラ嬢」

「あれ? エピスタン様? フィンジア様はどこに??」

「貴方とお茶の約束をされてから離れましたよ?」

「お茶の、約束……?」


 やっぱり、サラは話を聞けてなかったっぽいなぁ……。

 しかし、こうなると、フィンジア様はフィンジア様で、あの声のせいで苦労してそうだな……なんて思ったりして。


 そんな、ある種の和やかさすらある状況だったんだけど……。


「少しいいかしら?」


 ……空気もマナーも読めない女――フーシアが、ついにこの場へとやってきた。


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