14冊目 見知らぬ令嬢と女嫌いの公爵
平常心。平常心。
表情と態度を外行きのモノに切り替える。
まだお母様が存命の頃に、お母様に連れ回されて、あちこちの社交の場に出ていた経験は、こういう時に役に立つ。小さい頃のこととはいえ、経験って大事。
「ケルシルト様。一応、私たちも同時に到着しているのですから、こちらを先に入場させてください」
いざ――と思ったら、横から声をかけられた。
しゃべり方が少し真面目になっているエピスタンだ。
「お姉さま、緊張してます?」
「ええ。こういう場は久々なので。サラはどうなの?」
「悪目立ちには馴れてますので」
それは馴れていいものなんだろうか。
「ではエピスタン様お願いします」
「もちろん。サラ嬢に恥を掻かせるようなエスコートはしませんよ。
では、ケルシルト様。イスカナディア様。お先に失礼いたします」
エピスタンはそう告げて一礼すると、サラを連れてホールへと入っていく。
馬車に乗る前までは着崩していた服も、今はキッチリと着直している。その上でしゃべり方も真面目なモノになっているエピスタンの姿を見ると――なるほど、ケルシルト様の片腕と呼ばれるだけはあると、納得だ。
……そんな風に感じる程度には、出来る人って雰囲気になっている。
その背中を見ながら、私は思わず呟いた。
「あの人、普段からアレは出来ないのかな?」
「我々以上に堅苦しいのが苦手なのだろうさ」
私の呟きを拾ったケルシルト様が解説をしてくれた。
それならば仕方がないのかもしれない。
……仕方ないのかな?
「さて、改めて行こうか」
「はい」
中に入っていくと、すでに会場は少しザワついていた。
「エピスタンが特定の女性をエスコートするコトが今までなかったからな」
私が不思議そうにしていたからだろう。
ケルシルト様が小声で教えてくれた。
ましてやエピスタンはケルシルト様の片腕だと知られているだろうから、余計か。
そのまま歩いて進んでいくと、より大きなざわめきが会場に広まっていく。
――エピスタン様だけでなくケルシルト様も!?
――女嫌いの公爵の横に女性……!?
――あの人誰かしら?
――あんな黒い人なら記憶に残りそうだけど
――誰よあの女
――どこの令嬢だろうか? 見覚えがないな
ああああぁぁぁぁ――……目立ってるなぁぁぁぁぁぁ……。
いや、こうなるのはわかってたんだけど。
そりゃあケルシルト様にエスコートされればこうなるよなぁ……ってわかってたつもりだけど。
いざ、目立つと目が回りそうになる。
「落ち着け。言わせておけばいい。黒髪黒目色白である君を見て、ライブラリアに結びつかない者など、木っ端にすぎん。どれだけ身分が高かろうともね」
笑顔ですっごいこと言ってる……!?
いや、待って。声は小さいから周りに聞こえてないワケで……。
つまり、端から見れば、笑顔で何かを囁いているように見えるんだよね?
――なにあの笑顔……
――あれは本当に女嫌いの公爵なのか?
――あの人、笑えるんだ
――冷徹なるティベリアム公爵はどこに……?
――ケルシルト様に笑顔で愛を囁かれるなんてずるい!
……やっぱこうなりますよね!
「君が気にするべきは君の両親の反応だろう?
木っ端に惑わされず、成すべきコトを成すといい」
周囲のザワめきに気後れしていると、ケルシルト様は冷静な声でそう言ってくる。
それもそうか――と、私も気を取り直す。
ケルシルト様にエスコートされつつ、不自然にならないように周囲を見回した。
見つけた。
二人とも、お化けでも見たような顔をしているわね。
さらに横にケルシルト様がいるせいで、どうして良いのかわからないって様子。
うんうん。
多少は溜飲が下がったかな。
まぁここから、私も本格的に動こうかなって感じではあるんだけど。
「あそこか……ふ、いい顔をしているではないか」
「そうですね。ただフーシアは何をしでかすかわからないので注意は必要ですけど」
そうだ。フーシアと言えば……。
「ケルシルト様。もしかしたら……の話なのですけど」
「どうした?」
「フーシアは、魔法使いかもしれません」
――って、あ。
魔法って言ってもあまりピンと来ないかな?
自分は魔法を使えるし、ちょこちょこ調べてるからついつい当たり前のモノとして扱っちゃうんだけど……。
うちの国には魔法使い少ないからな。必要なら補足するべきかもなぁ……。
「ふむ……わざわざ、もしかしたら――というから確証はないんだな」
そう思っていたけれど。
どうやら、ケルシルト様は魔法に関して説明は不要のようだ。
「ありません。ただ、執拗に私に暴力を振るわせようとしてきている感じはあるんです。なので魔法でないにしろ……」
「自分に暴力が振るわれるコトがトリガーとなった何か仕掛けはある、と?」
この国エントテイム王国では、魔法はあまりメジャーではないのだけれど、ケルシルト様は即座にこちらの言いたいことを理解してくれた。話が早いのは助かる。
「わかった。気をつけよう。エピスタンとサラへの共有は?」
「しましょうか。ただ、会場内では私とサラはあまり仲良く振る舞えませんので、そのおつもりで」
「了解した」
「理由は聞かないのですか?」
「君たちと話をしているうちになんとなく想像できた」
そうして、私はケルシルト様とともに、エピスタンの元へと向かう。
その横にいるサラと顔を合わせた時、互いに渋面を作った。
ケルシルト様とエピスタンが、視線だけで「徹底しているな」と内心で苦笑しているのが見て取れる。
「エピスタン」
「どうしました?」
片腕の名前を呼びながら、ケルシルト様は私から手を離す。
そのことに名残惜しいと感じてしまうということは……私、意外とまんざらでもなかったのかもしれない。
「サラの母親には気をつけろ。特に意図的に自分へと暴力を振るわせようとする素振りがある。誘われてうっかり手を出したりするな」
「言われてみれば……かあ――お母様って妙にこっちからの反撃を誘うような挑発の仕方してくる気がします」
「魔法ですか?」
「可能性はある。十分気をつけてくれ」
小さな声で三人はササっと言葉を交わすと、ケルシルト様は私の横へと戻ってくる。
その一瞬。
ケルシルト様が、サラへと背を向けた僅かなタイミング。
そこでサラは私に向かって舌を出してきた。
平民の「べー……だ!」みたいなやつである。
その時、しっかりとエイピスタンの腕を抱きしめてるあたり、さすがかもしれない。
貴族的にははしたないのだが、個人的には愛らしくて可愛らしい仕草に見える。
そしてこの瞬間でそれをする意味は十分だ。
そんなサラに対して私も目を細める。
完全に睨みつけるような眼光。
その横で、エピスタンが困ったような顔をしてくれるのは助かる。
水面下にて、私とサラが和解していることをまだフーシアには気づかれたくないのだ。
もちろん。
私とサラのやりとりに、ケルシルト様も気づいている。
だから、敢えて聞いてくる。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
表情を取り澄まして、私は首を横に振る。
今ので、単純な人たちは、姉妹仲が悪いと感じたことだろう。
あるいは、そもそも私とサラが姉妹だと、思ってない人もいるかもしれないが。
どちらであれ、私とサラの関係性はあまり良くない――と、そう認識してくれれば助かる。
それにしても……ケルシルト様にしても、エピスタンにしても、察しが良くて話をすぐに合わせてくれるのはありがたい。
「さて、この状態でお父様はどう反応するのかしらね」
「少なくとも、俺とエピスタンのところへ挨拶に来ないのは減点だが」
娘をエスコートした殿方がいるのだ。
父親として、当主として、初対面の相手であろうと挨拶は必要である。
まぁ本来であれば、ケルシルト様とエピスタンが私たちを伴って父に挨拶するべきではあるんだけど――敢えて、こちらから挨拶に行かないことで、娘はともかく親については良く思っていないという態度になるワケだ。
それも、ケルシルト様はうちのより身分が上の公爵。エピスタンはうちと同格の伯爵――という、格上ないし同格の家柄だからこそ出来る技とも言えるけど。
この場合は、親からエスコート相手に挨拶しにいくかどうかを選択する必要がでてくる。
行かないのであれば我が子のエスコート相手として相応しくないという態度を周囲に見せつける意味があるのだが。
事勿れ主義の父からしたら、事勿れ主義だからこそ挨拶すべきシチュエーションではあるだろう。
挨拶しなければ、何らかの問題が起こるかもしれない場面なのだから。
なにやらフーシアが文句を言っているようだが、父は意を決するようにこちらへと向かってくる。
だが――
「殿下が見えられたようだ」
ホールの入り口から王太子殿下アムドウス・レア・エントテイム様が、婚約者である侯爵令嬢フィンジア・スーラ・ラデッサ様とともに姿を見せた。
さすがに父も、こちらへと向かう足を止める。
フーシアは足を止めたくなかったようだけど……なんていうか、本当にダメだなあの女。
全員に注目される中、アムドウス殿下は堂々と挨拶をし、パーティが始まった。
どうやら、陛下は来ないようだ。
今回は立食パーティのようなもので、ダンスなどはないらしい。
それは正直、助かる。ダンスなんてもうしばらく練習すらしてないからな。
さて、ここからどうしようか――などと思っていると、アムドウス殿下が真っ直ぐにこちらに向かってくる。
「アムディめ……獲物を見つけたような顔をして……」
何やらケルシルト様がうめいている。
アムディ――ってアムドウス殿下のことだよね?
愛称で呼ぶってことは、もしかしなくても仲がいいのかな?
アムドウス殿下の方へと視線を向ければ、それはもう楽しそうな笑みを浮かべてこちらへと向かってきていた。
密約関係で何度か会ったことがある人だけれど、やっぱりとんでもなく顔が良いな。
性格はお世辞にも――ってところはある人だけど。
最近の殿下は、貴族界における美容研究の第一人者とも言われる婚約者フィンジア様によって、様々な美容品の実験台にもされているそうだから、その美貌にますます磨きが掛かっているように見える。
美しい金の髪に、鮮烈な印象のある赤い瞳。
ケルシルト様に負けないくらいの美貌を、なんていうか、暴君のような笑みとイタズラっ子の笑みを混ぜ合わせたような表情で顔を歪めている。
その横を歩くフィンジア様が呆れたような諦めたような顔をしているのを見るに、いつものことなのかもしれない。
それにしても、アムドウス殿下もケルシルト様も容姿が良すぎるな。
ケルシルト様が静の美丈夫だとしたら、アムドウス殿下は動の美丈夫と言うべきか。
なんていうか、今の私は美形に囲まれすぎている。
アムドウス殿下と共に歩くフィンジア様もとびきりの美人なのもあって、見栄えしない私が浮いているんじゃないかと不安になる。
もちろんサラとエピスタンだって美形だ。
やっぱ私だけ浮いている気がする。大丈夫かな?
この場に見目の悪い女は必要ないとか言われない?
私だけ浮いてるせいで何かここぞとばかりに悪口言われたりしてない?
なんてことを勝手に不安がっていると、背後の方からサラの声が聞こえてきた。
「うあ。話に聞いてたけどあの人、本当に美人だ」
どこか呆然としたような声だ。
私もそれには同意する。
本当にフィンジア様すごい。
美容にこだわる美しい方だって聞いてたけど、想像以上だ。
艶めくような黒に近い紫のような髪。アメジストを思わせる綺麗な瞳。手足と腰は細く、だけど決して弱そうには見えない。メリハリのある体つきに、褐色の肌が、どこかエキゾチックだ。
髪も瞳も肌すらも、宝石のように美しく輝いているのがすごい。
肉体だけでなく服装や装飾も徹底してこだわっているのが見てとれる。
人って、とことんまで磨くとあそこまで美しくなるんだな。
私には縁のなさそうな磨き抜かれた美しさだ。
羨ましいとすら思わずに、ただただ美しいって感じてしまう。
そしてアムドウス殿下はそんな人と並び立てるだけの容姿をしているのだ。
それを思うと、ここは美形会議の場と化していると言えるだろう。
私だけが浮いてしまっているけれど。
「君には君の魅力があるから、比べる必要はない」
「……ありがとうございます」
そんな私の様子に気づいたのか、ケルシルト様が何か言ってきた。
とりあえず、お世辞だろうからそうお礼だけ口にしておく。
「世辞ではないからな?」
「……はい。ありがとうございます」
念を押されずとも、私は自分をわざわざフィンジア様と比べる天秤に乗せたりしないって。
乗る前から勝敗は決してるんだから。
……なんてやりとりをケルシルト様としていると、フィンジア様と目があった。
しばらく私を見つめたあとで、フィンジア様はニコっと笑う。
あれ? なんでアナタも、私に対して獲物を見つけたような顔をなさっているんですかね?