13冊目 図書館令嬢と冷徹公爵
私とサラは、図書館の敷地の目立たない場所に停めてあった馬車にのって、王城からほど近い場所にある公爵の屋敷に向かう。
そこで、私は公爵の、サラはエピスタンの馬車へと乗り換えて王城へ向かう。
社交に出るのが久々の私は、しゃべり方や表情などを、少しずつ思い出すように繕っていく。
「わざわざ乗り換える必要がありまして?」
「せっかくやるなら雰囲気作り含めてやった方がいい」
「意外とイタズラが好きなんですか?」
「それもあるが……」
公爵はそこで言葉を切って、少し言い淀んだ。
直接言うのは失礼に当たるかもしれない――と考えたのかな?
でも、だいたい予想はつく。
「ああ――私をエスコートしながら入場するコトで、ほかの貴族のリアクションを見たいのですね?
その目的がイタズラ以外となると、何らかの理由ある人物の炙り出し、あるいはそういう人物への牽制……と、言ったところですか?」
私が訊ねると、公爵は両手を挙げて軽く首をふった。
「その通りだ。社交嫌いと聞いていたが……」
「社交は嫌いです。ですが、だからと言って、それが出来ないというワケではありません」
「なるほど。俺と似たようなモノか」
「あら? そうなのですか?」
意外――と一瞬思ったけれど、サボり癖のある人物からしてみれば、社交なんてものは面倒以外の何者でもないか、などと思ってしまう。
「そうなんだよ。面倒くさいというのが顔にも態度にも出てしまっていてね。興味のない話題や、面倒くさい相手には冷たい態度や素っ気ない反応を繰り返しているうちに、気が付くと氷の公爵だとか冷徹公爵だとか呼ばれるようになってしまっていた」
「え? 二つ名の由来それなんですか……!?」
あまりにもあまりな理由だった。
「とりわけ、地位や容姿に寄ってきては、自己アピールに余念がなく、中身のない話題でうるさく囀るだけの女性などは、かなり冷たくあしらってきたからな。余計に冷たいヤツだと見られているのだろう」
あらら。かなり辛辣だ。
元々の女性嫌いの理由は別にありそうだけど、その上でそういう女性たちに囲まれているから、余計かもしれないな。
「友人やエピスタンによると、それらの冷たい態度に加えて、本気で仕事している時や怒ってる時は、かなり冷たい顔しているコトが多いから――とも言われるな。だが自分ではよく分からない」
「今もそうですし、図書館の時もですが、私には冷たい人には見えないのですけれど……」
まぁ――そもそも、まだロクにつきあいもない私が公爵の何を知っているんだよ……と言われれば、そうなんだけど。
「ありがとう。
どうにも君と話をしていると、自分で思っているよりも表情が崩れるようなんだ」
「はぁ……」
私なんかが公爵のお気に召しているんだろうか?
「ただパーティが始まると、冷たい顔をしてしまうコトも多いと思うから、先に謝っておく」
「謝られる理由がないと思いますが……」
「君を怖がらせてしまうかもしれないからね」
「公爵ともなれば相応の威厳も必要でしょう? それを怖いと思うような感覚は生憎と持ち合わせてはおりませんので」
そう答えると、公爵はキョトンという顔をした。
あれ? 私、何か変なこと言った?
「なるほど。君はそういうタイプか」
あ。何らかの分類に分けられたっぽい。
でも、何かニコニコしてるし、そこまで変な扱いではない……の、かな?
判断は難しいけど、公爵との関係性を悪くする理由もないし、利用しがいのある女アピールくらいはしておいた方がいいかもしれない。
「ティベリアム公爵が威厳を見せる時、必要とあれば才女としても悪女としても振る舞ってみせますよ?」
「…………」
あれ? なんかちょっと不機嫌になった!?
なんで? 私、何か間違えた……?
「……ケルシルトだ。あるいは、君にならケルスと呼ばれるのも悪くない。
まだ交代して間もないから、家名で呼ばれると祖父と混同されるコトが多いんだ。立場的に仕方がないのは分かっているんだが、俺は祖父があまり好きではなくてね……」
なるほど。名前の呼び方で不機嫌になったのか。
なんというか公爵――ケルシルト様とやりとりするのは、心臓に悪いな。
「あんな放蕩ジジイと一緒くたにされているのかと思うと、な」
一瞬すごい顔したな……。
この雰囲気からして、この人の女嫌いの原因の一端も担ってそうだ。
「……と、すまない。女性に見せる顔ではなかった」
バツが悪そうな顔をする彼に、私は出来るだけ自然な笑みを浮かべてうなずく。
「ではケルシルト様と」
「ああ。そう呼んで貰えると嬉しい」
そう言って浮かべる笑顔は、何というかすごい無邪気というか子供っぽくて可愛らしい。
とはいえ……大人の男性に対して、笑顔が可愛いと感じてしまうのは少々失礼かもしれないけど。
「それと、俺の振る舞いに合わせるかどうかは任せるよ。
君のイタズラが一番効果的になるような振る舞いを選ぶといい」
「いいんですか? ヘタしたら私がケルシルト様の婚約者候補であると誤解が広まりかねませんけど」
「それならそれで問題ない。
その……君がいれば、いや、うん。言い方が悪いけど、虫除けが欲しかったところではあるんだ」
「ああ、なるほど」
女性が苦手だって話だものね。
そのわりには私を気遣って色々と言葉を選んでくれているようだけど。
まぁうまく言葉を選べなくて、ふつうに虫除けって言葉になっちゃったっぽいのは、ちょっと笑ってしまう。
気にかけて貰えるのは嬉しいし、悪い気分はしないんだけど。
それはさておき――女性が苦手となると、ケルシルト様は結婚には積極的ではなかっただろうし、とはいえフリーで若い公爵家当主ともなれば周囲が放っておくワケもなく。
……という状況は容易に想像ができる。
そりゃあ、虫除けも必要だわ。
こっちもお父様とフーシアを驚かせるのに利用させて貰うわけだから、お互い様ってやつではある。
そうして馬車は王城の門をくぐって中へと入っていく。
馬車が止まり、ケルシルト様が先に降りると、私へと手を差し出した。
「お手をどうぞ。イスカナディア嬢」
「…………」
お手? とな?
「イスカナディア嬢?」
「あ! はい! ありがとうございます」
危ない危ない。
馬車から降りるのにエスコートされされるとか、小さい頃お父様にしてもらって以来だから、一瞬だけ固まってしまった。
私は慌ててケルシルト様の手を取る。
「すみません。社交が久し振りな上に、身内以外の殿方にエスコートされた経験が少ないものですから、驚いて変な反応を」
馬車から降り、申し訳なさ混じりにそう告げると、ケルシルト様は気にするなと首を振った。
それから、恥ずかしくもケルシルト様と腕を組ませてもらいながら、会場へと向かう。
ふと後ろを見ると、サラがエピスタンにエスコートされて馬車から降りている。
……私よりサラの方がエスコートされることに馴れた感じなのがちょっとなんとなく悔しい。
私が謎の嫉妬心が芽生えさせていると、ケルシルト様が少し困ったような顔で話しかけてくる。
「ああ、そうだ。こんな時に言うのもどうかとは思うのだが……社交が久しぶりというイスカナディア嬢には言っておいた方がいいだろうな」
「何かありまして?」
「ここ数年、各貴族のライブラリア家へ当たりが強くなっている」
「父のせいで?」
「それもゼロではないが……うまく説明できないのだが、存在そのものを疑問視する意見が増えている感じだ」
「…………なるほど」
「心当たりが?」
「あー……いえ。心当たりはないですけど……元々不満を持っている人たちからすれば、前当主である母が亡くなってからこっち、批判しやすくなってますからね」
「…………」
ケルシルト様の目がすーっと細まった。
鋭く、そして冷たいと感じる眼差しは、確かに冷徹公爵と呼ばれるのも分かる。
思考を巡らせている。あるいは何かを疑っている。
あとは――私が何かを知っているように思われている……かな?
変に疑われる前にちゃんと答えよう。
「ライブラリア家や、ライブラリア領の役割を、表面上しか知らない人たちからすれば、よく分からないけど図書館利権を独占している家と思われているのでしょうから」
「そういうコトか」
ケルシルト様は納得したようにうなずき、冷たい気配を霧散する。
お父様が中継ぎになってからは、領地経営も最低限になっちゃってるから、なおさらかもしれないなぁ。
「あー……これは純粋な疑問なんだが、図書館って利益出てるのか?」
ボソリと漏らされた言葉に、私は苦笑を返す。
「建物、書物、人件費……諸々の維持費などを結構ギリギリの予算でやってます。
一応、王家や隣国などからの預かり品があるので、警備費用などを含む資金援助を方々から頂いているので問題なく運営できているだけです」
「なら領地経営で資金繰りを?」
「それもあります。それと……」
これは言うべきかどうか迷う。横にいるのがケルシルト様以外だったならば黙っていただろうけれど……。
でも、ケルシルト様なら大丈夫だろう。
「王家との密約によって生じるお仕事がありまして。定期的に発生するこれの報酬がかなりあります」
密約から生じる仕事の一つに、王家の秘密の相談役というモノだ。
例えば、初めて外交する国や土地などがある場合。
事前に相手国の詳細――特に気に掛けるべきことや、触れただけで交渉が決裂しかねないタブーなどの調査を依頼されたりする。
初めて育てる家畜や作物。
それ以外にも、我が国では未知の病気や、異常気象などなど。
そういうものの対策の相談とかね。
ライブラリアの英知や秘術は、それらを調べ上げて答えを出すのに向いているし、時には未来予知レベルまで正確な情報を提供できたりもする。
仕事によっては結果が出たあとに報酬が支払われることも多いのだけれど、これがなかなか良い金額だったりするのだ。
金銭だけではなく、領地や周辺の街道の整備や、商売の許可証などが報酬になる場合もある。
そういう意味でも、ライブラリア家を運営するにあたって、密約から生じる仕事の報酬は大変大きい。
「ああ――そうなると、外から見る分には、資金繰りの仕方が謎に見えてしまうか。
だから、図書館に大きな利権があると誤解されてもおかしくない……と」
「はい。そういうコトです」
密約である以上は、あまり表に出せる話ではない。
表面上だけとはいえ、ケルシルト様に話せたのも、ティベリアム公爵家も、同じような密約を王家としているはずだからだ。
「……ヘンフォーン殿もその仕事を?」
「いえ。父はそういうのを母から教えて貰ってないようなので、こっそり私が」
「…………」
その答えに、ケルシルト様は私へ――ではなく、どこか虚空へと視線を向けて目を眇めた。
そして、どこか遠くへと視線を向けたまま――睨むように目を細め、訊ねてくる。
「ライブラリア家に――何が起きている?」
囁くような小さな言葉。
私に向けられたワケでもないのに、ケルシルト様のその小さな声が、鼓膜をくすぐるように響いて変な気分になる。
気を取り直して答えようとした時――
「おっと、もう到着か」
――会場であるホールの入り口に付いてしまった。
「そういえば入場順とかは?」
「ここ十年くらいでその辺りがだいぶ緩くなってきているんだ。とはいえ、身分が上の家ほど後から入場するというのは、そう変わらないがな。出来る限り、だけどね」
そう答えてから、ケルシルト様は茶目っ気のある笑みを浮かべて付け加えた。
「もちろん。王家よりもあとにやってきてしまえば、それは遅刻さ」
それから、ケルシルト様は私の腕を少し引く。
「もっとくっついた方がいい。腕が伸びて隙間が広がると、見栄えが悪いからな」
「あ、はい」
「さぁ行こうか」
「あ、はい」
やばい。なんか妙にドキドキする。
馴れないからなんだろうけど、男の人にエスコートされるのって、こんな緊張するんだッ!?
本日も夜にもう1話更新予定です٩( 'ω' )و