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12冊目 図書館の不思議な姉妹(ケルス視点)

本日2話目となります٩( 'ω' )و


「どう思う?」


 着替えてくると、この場を後にしたイスカナディア嬢たちを見送ったあとで、俺はエピスタンに問う。


「いやぁ四人とも可愛かったですね。それぞれに違う魅力がありました」

「そこは確かに否定しないが……」

「特にイスカナディア嬢は魅力的でしたね。挑戦的というか、皮肉げというか、そんな笑みが、色白で儚げな雰囲気とのギャップを生んでいるというか……それでいて佇まいや、喋る言葉は知的というか聡明な感じが余計にいい」


 生き生きとイスカナディア嬢を評するエピスタンだが、どうしても譲れないポイントがある。


「笑顔だ」

「はい。だから刺激的な笑みがいいですよねっていう」

「違う。小さくはにかんだような……ためらいがちの笑みが……とてつもなく可愛くて魅力的なんだ」


 あの時、人差し指を口元に当てながら浮かべたもの。

 今日はあの時のような笑顔がなかったのは残念だ。


 だが、それもそうだろう。

 今回は警戒されていたし、司書ではなく令嬢として俺と向かい合ってたワケだからな。


 警戒心のない、無垢にも見えるあの顔は、今回みたいな場面で浮かべることはないだろう。


「ボス……本気で、ひと目惚れしちゃってるじゃないですか」

「悪いか……って、いや違う。俺が聞きたいのはこんな話ではない」


 出来る限り冷静にそう口にする。

 顔はクールですけど耳赤いですぜボス――というエピスタンの小声のツッコミは、この際、無視だ。


「耳に届く噂と比べて――という意味だったんだ。改めてどう思う?」


 それに対して、エピスタンは困ったような顔で答えた。


「図書館に引きこもって出てこない社交嫌いのご令嬢。家では妹や使用人たちをいじめてワガママ放題している……でしたっけ? 噂なんてアテになりませんねぇ」

「その妹だって、母に負けず劣らずの悪女で、とっかえひっかえ男を漁り、マナーもなってない無礼な振る舞いばかり。家では姉を迫害して引きこもりに変えてしまったとかなんとかって噂があったな」

「サラ嬢でしたか……あの子がそんなコトするようには見えませんけど……」


 そこで、エピスタンは歯切れ悪く言葉を切った。


「どうした?」

「……サラ嬢なんですが、何度かパーティで見かけた時、確かに露悪的な振る舞いが多かったな、と。

 見かける度に酷くなる母親とは逆にどんどんマナーなどの立ち居振る舞いは良くなっていっていたので、露悪的な態度とチグハグな印象があったんですが……」

「ふむ」


 エピスタンが困惑するのもわかる。

 今日、俺が見たサラ嬢の印象は一生懸命にマナーを学んでいる幼子のようなものだった。


 挨拶の時も、俺に対して――そして横にいる姉のイスカナディア嬢に迷惑をかけないように、必死だったとも言えるか。


 それもまた馴れてない者のようで微笑ましかった。


「姉妹それぞれに悪評があり、その悪評は両方合わせると矛盾する……か」


 少し考えて、俺はふと思うことがあって顔を上げる。


「エピスタン。どっちの噂が先行していたか分かるか?」

「確証はないですけど、姉の方が先だった気がしますね。そちらは一気に広まった印象があります。

 逆に妹の方は、妹が表舞台に出てから少しずつ広まって、今は拮抗しているような状態……ですかね」


 姉を慕う妹。

 妹を可愛がっている姉。

 共にいた従者たちからも姉妹は慕われているようだ。


 どちらも噂もアテにならないのに、噂は間違いなく広まっている。


 そして、父とその再婚相手の困った顔を見たいという理由で、俺たちからのエスコートの手を取った姉。


「ボス。もしかしてサラ嬢は、自分自身を『姉を迫害した悪女』として社交界に広めたかったりしませんかね」

「そのメリットは?」

「姉への悪評が、同情へと変わる可能性があるでしょ? まぁ自分に対するメリットはまったくないんですけど」

「パーティでの露悪的な振る舞いも噂の信憑性を高める為か?」

「はい」

「筋は通るか。その場合、姉の噂を流したのは……両親か」

「もっと言うなら、サラ嬢の母君。ライブラリア伯爵ヘンフォーン様の再婚相手フーシア様でしょう」

「伯爵夫人……ね」


 ライブラリア家はこの国でも珍しい女系だ。

 当主は女性であることが望ましいとされる家であることを考えると、入り婿である現伯爵は、亡くなった当主の代行であり、イスカナディア嬢が当主になるまでの中継ぎのはず。


 極端な話をしてしまうと、イスカナディア嬢が成人した時点で、入り婿であるヘンフォーン殿は、ライブラリア家を追い出されてしまっても不思議じゃない立場だ。


 だが、往々にしてこういう場合は、当主となった子供の補佐をするのが中継ぎをした親の仕事となる。


 極端な話、再婚するならそれからでも遅くはなかった。

 中継ぎ当主である間に再婚――それも娘という連れ子を増やすなど、お家騒動を起こしたかったのではないかと、勘ぐりたくなる。


「再婚する必要あったのかね」

「オレっちは当主教育を受けてないのでボスに確認したいんですけど……この場合って、再婚すると中継ぎを続ける期間って延びます?」


 エピスタンの問いに、俺は少し思案する。


「ふつうの家であれば――まぁ出来なくもない。そこはお前も分かっているよな?」

「そりゃまぁ……通常の家であれば、連れ子が増えた時点で継承問題になります。それだって理由がないなら直系の嫡子が優先されるワケですが」


 その答えに俺はうなずく。

 ゴネる理由にはなるので、わざとそういうのを引き起こそうとするやつはゼロではない。


 連れ子が成長するまで待ってから、どっちか選びたい――という具合に期間の延長は可能だろう。

 だが、元々の嫡子がどうしようもない場合を覗いて、やるメリットはあまりないだろうが。


「でもライブラリア家は、恐らくはウチ同様に当主のみが受け継ぐ秘密が存在するはずだ」

「その継承がイスカナディア嬢にしかされていないのであれば、次期当主が誰なのかは確定も同然……ですよね?」


 そう。状況だけ見ればそれで間違いはない。

 今日のパーティで少し探るつもりだが、ヘンフォーン殿は建国の密約をどこまで知っているのか……。


 そして、話をややこしくするのが先ほど見てしまった光景だ。


「本来であればそうだ。だが、サラ嬢にも後継者の芽が出た」

「……あ」


 言えば、エピスタンもそれに気づいた。


「もちろん。ここの隠し部屋だけが秘密ではないだろう。だが、秘密の一端を連れ子の娘に教えたというイスカナディア嬢の行動の意図が分からん」


 ただ妹を可愛がるだけならば、隠し部屋なんて教える必要はないのだ。

 ――にもかかわらず教えた理由はなんだ?


 俺がそのことについて考えていると、エピスタンがひどく楽しそうに、歌うように言ってくる。


「この国では珍しい黒髪黒目。線が細く一見すると華奢で儚げ。それでいて好戦的だったりシニカルだったりする笑顔の多いというギャップ。

 ライブラリア家の方らしく、立ち居振る舞いも綺麗で、少しの会話からでも分かる聡明さと、知的さを感じさせつつ、実体を掴ませないようなミステリアスさ。

 そんな彼女が時折見せる、遠慮がちではにかんだ笑顔は、女性に苦手意識のあるボスのハートすら打ち抜く――なんとも、贅沢なご令嬢ですね、ボス」

「何が言いたい?」


 やや睨むように訊ねると、エピスタンは楽しそうな様子のまま続ける。


「家柄のせいでお互いに思うコトはあるかもしれませんけどね。仲良くなるコトそのものは悪いモンでもないんじゃないんですかね、と」


 そう言いながら、エピスタンはエントランスの方へと向かう廊下を視線だけで示す。


 途中には視界を遮る位置に本棚がある。

 その本棚の向こう。そこには、人の気配があった。


 どうやら俺より先に彼女たちの気配を感じ取ったエピスタンが、話題を変えてくれたようだ。


 確かに、あのような会話を彼女たちに聞かれるのもよろしくはないしな。

 俺は小さく息を吐いて気持ちを切り替えると、彼女たちが本棚を越えてくるのを待つ。


 そうして、本棚の陰から出てくるのは、黒のパーティドレスに身を包んだイスカナディア嬢で――


「お待たせしました。ティベリアム公爵。エピスタン様」


 ――無意識に、俺は自分の口元を押さえていた。


 横にいるエピスタンがニヤニヤしている気がするが、捨て置く。


「あ、ああ……イスカナディア嬢、綺麗だな」

「ありがとうございます」

「サラ嬢も、大変お綺麗です」

「ありがとうございます。エピスタン様」


 俺がイスカナディア嬢の名前しか出さなかった為、フォローするようにエピスタンがサラ嬢を褒めた。


 しまった、俺としたことが……。

 こういう場合は二人とも褒めるべきだったのに……。


「見目も態度も悪い女なりにがんばってみましたので、褒めて頂けて光栄ですわ」


 そう言って笑う顔は、好戦的なモノでもはにかむようなモノでもない。恐らくは社交用の笑顔だろう。それはそれで魅力的ではあるのだが――


「お姉さまはもうちょっと自分が美人である自覚を持った方がいいよ?」


 そう口にしたサラ嬢の背後で二人の侍女たちの首も激しく縦に動く。


「サラまでそういうコト言うのね。エフェや、着付けをしてくれる人たちにもよく言われるのだけれど」


 しかし、イスカナディア嬢の答えは困ったような呆れたようなものだった。

 サラ嬢は、イスカナディア嬢の視界の外で、処置なし――とばかりに天井を見上げてしまっている。


 これは――サラ嬢には、俺が姉に一目惚れしてしまっていることがバレてしまったかな。


 ……いやしかし、イスカナディア嬢は自分の容姿に自覚はないのか。


「私のような魅力の足りない女をエスコートして頂くのは大変心苦しいのですが、今日はよろしくお願い致しますわ。ティベリアム公爵」


 そう言って手を差し出してくるイスカナディア嬢は、例の遠慮がちな笑顔を浮かべていた。

「どうかなさいましたか?」


 その笑顔を見て、思わず固まってしまい、手を取るのがワンテンポ遅れてしまった。


「失礼……その、何でもありません……」

「……? そうですか」

「今日のエスコート、お任せください」

「はい。頼りにさせて頂きます」


 その光景を見ていただろうエピスタンとサラ嬢の声が聞こえてくる。


「サラ嬢。今のはどう思います?」

「公爵様ってフォローがお下手なんですね」

「あ、わかります? ボスって女性が苦手なせいで、女性の扱いもちょっと分かってないんですよ」

「ああ……そういう事情ですか。それなら、今のも仕方がないかもしれませんが……」

「サラ嬢は甘いですよ。ああいう時ほどボスをからかうチャンスなのです」

「エピスタン様って公爵様の片腕……秘書とか従者とかそういう立場なんですよね?」

「そうですけど、なにか?」

「いえ、何でもありません……」


 サラ嬢、そこはもっとしっかりツッコミを入れてくれ!

 そしてエピスタン! お前は一度くらい痛い目に会え! ついでに少しは上司との接し方を改善しろ!


本日はここまでとなります٩( 'ω' )و

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