11冊目 図書館姉妹と秘密の小部屋
ジャンル別日間入りしておりました٩( 'ω' )وみなさまありがとうございます!
パーティ当日。
領書邸。
秘密の壁の前。
「この壁は、私と王家の一部しかしらない隠し部屋の入り口よ」
小声でそう告げると、一緒にいるサラとエフィ。それからサラ付きのメイド筆頭ミレーテがギョっとした顔をする。
「お父様も知らないわ。三人とも他言無用で。三人を信用してのコトだから」
言いながら私はサラを手招きする。
そして、サラの右手をとって壁に触れさせた。
「登録者しか開けるコトが出来ない扉なの。サラも登録しておくわ」
「え? え? え?」
戸惑うサラを無視して、私は自分の右手も壁に当てた。
魔法陣が浮かび上がってくるのを確認してから、壁へと告げる。
「新規登録。サラ・ペーム・ライブラリア」
すると、魔法陣に描かれていた文字のような模様がが一つ増えた。
「これでよし。一度手を離すわよ」
二人で手をどかしたあと、私は横へと一歩引く。
「ミレーテはサラの左手と手を繋いで。
サラは壁に右手を当てて、開けと念じ、魔法陣が浮かび上がったら同行者一名有りと念じて、ミレーテと一緒に中へと入って。途中でミレーテの手を離したりしないように。ミレーテが壁に埋まっちゃうわ」
「サラお嬢様……しっかり掴んでいてくださいね」
「う、うん……がんばる」
いつも冷静で澄ました顔のミレーテが、怖いからか表情を崩している。ちょっと珍しいモノが見れた気分だ。
「部屋の中には魔法陣の描かれた床があるけど、そこには触れないように待機しててね。さぁ、やってみて」
サラは私に促されるままに壁に手をつける。
「ミレーテ。手を」
「はい。失礼します」
そうして、サラの手が壁に沈む。
「わ、わ……!?」
「静かに。そのまま壁の向こうにいけるわ」
「…………」
「行きましょう。サラお嬢様」
「うん」
そうして二人がおっかなびっくりと壁の中へと入っていった。
それを見送ってから、私もエフェに手を差し出す。
「エフェ。手を。行くわよ」
「はい。失礼します」
嬉しそうに手を出してくるエフェの手を握って、私も小部屋の中へと入った。
そうして不思議そうに中できょろきょろしている二人に声を掛ける。
「中の声は外に出ないから、ふつうに喋っていいわよ」
「そうなの? お姉さま、この部屋ってこれだけ?」
「ふふ。もちろん秘密があるわよ。でもそれを説明する前に……」
一見すると床に魔法陣が書いてあるだけの狭い部屋だものね。
「エフェ。確認したいのだけれど、馬車は指示通りに手配した?」
「はい。すでに王都にあるかと」
「私とサラのパーティドレスは?」
「わたしのシークレット運搬スキルにて、しっかりと」
「結構。なら問題なさそうね」
私が一つうなずいた時、ミレーテが待ったをかけた。
「あのお嬢様、確認いいですか?」
「ええ。なにかしら?」
「エフェのシークレット運搬スキルってなんですか?」
ミレーテのもっともな疑問に、私が答えるよりも先に、エフェが自分から答えた。
「え? わたしのシークレット運搬スキルっていうのは、わたしのシークレット運搬スキルですけど」
「エフェ……頭痛くなる言い方しないで……」
ミレーテが頭痛をこらえるような仕草をすると、エフェがあざとくエヘっと笑う。
「冗談です。
真面目な話、そうは見えないでしょうけれど、ちゃんとお嬢様たちのドレスをしわ一つなく運搬していますよ。
なんならここで取り出しましょうか、先輩?」
「まぁエフェだしね……いいわ。納得する。スカートの中から破城槌を出してきても不思議じゃないし」
深々と息を吐いてから、ミレーテは私に向き直る。
「お嬢様、失礼をしました」
「いいえ。そういう確認は大事よ。
結果が『エフェだから』だとしても、ちゃんと確認は必要だもの」
「恐れいります」
「エフェって何者なの?」
至極全うなツッコミを口にしているサラはとりあえず置いておくとして――
私は魔法陣の手前まで移動すると、振り返って告げる。
「さて、この小部屋なんだけど。王立図書館に繋がってるの」
瞬間――三人の視線からは『何言ってんのコイツ?』という意味しか読みとれないものになるのだった。
・
・
・
「……内装が変わった……?」
白い内装から黒い内装へ。
魔法陣に乗って光に包まれ、その光が落ち着いたあとの光景に、サラが驚いたような声を出す。
エフィとミレーテもサラと同じ感想を抱いているようだ。
私は魔法陣から降りて、正面の壁に触れる。
すると、壁の向こう側の様子が見えるようになった。
「本当に、ここは領書邸じゃないんだ……」
領書邸と同じように、死角を作るよう複雑に配置された本棚たちだけれど、形や色、そもそも配置がまったく違っているのだから、イヤでも別のところにいるんだって、理解できたと思う。
「ここから出たら司書の詰め所の更衣室を借りるわ。
貴族出身の司書たちも使う場所だから、必要なものは揃ってるの」
「そこでドレスに着替えて、図書館の外にある馬車に乗り、図書館利用者用の門から外へ出て、王城の正門へ行く――というコトですね」
「ええ。だから、この時間に王立図書館の目立たないところで馬車を待機させるように頼んだワケ」
「お姉さま、これはさすがに反則級の一手ですよ……」
サラの言葉に、横でミレーテもうなずいている。
そんなのは私が一番よく分かっている。ある意味でこれは切り札の一つだ。
「改めて、言っておくわ。
この隠し部屋と転移装置の話は、秘密にしておいてね」
三人がしっかりとうなずくのを確認して、私たちは秘密の小部屋から外に出る。
そして本棚迷宮と呼ばれる、この壁周辺のエリアを抜けて、読書スペースへと顔を出すと――
「おや? ライブラリアの姫君とこのようなところでお会いできるとは」
――そこには、以前ここでサボって寝ていた銀髪の男性がいた。あの時と違ってアイスブルーの瞳はどこか嬉しそうだ。
エフェとミレーテが、サっと私たちの前に出る。
明らかに警戒しているエフェとミレーテの様子に、銀髪の男性は首を傾げた。
見ると先日よりも豪華な格好をしているので、パーティに参加するのかもしれないけど……。
「あれ? 俺、なんか警戒されるコト言ったか?」
「言ってましたよボス。しかも警戒されるようなシチュエーションでの警戒マシマシになる発言。当然のコトかと。受け入れて、あちらの美しい従者さんたちにボコられてください」
恐らくは従者……なのだろうか? ずいぶんとフランクだけど。
立ち位置が読めないオレンジ色の髪の男性は、銀髪の男性に対してが呆れ顔を浮かべている。
少し着崩しているとはいえ、彼もパーティの参加者のようなしっかりした服装だ。
「俺のどこがマズかったんだ?」
「先日、ボスは言いましたよね。きっとこの辺りにかの家の人間しか知らない秘密の部屋がありそう……と」
「言ったな」
「ここがボスのお気に入りサボりスポットなのをオレっちは知ってますけどね。あちらの姫君たちは当然知らないワケです」
「ふむ」
「それらをふまえて――彼女たちの視線でボスを見た場合ですが……。
迷宮から出てきたところにいる男。しかも意味深に家の名前を口にしたワケですね」
「なるほど。そいつは何とも……いかにも待ち伏せしていた怪しい男って感じだな」
「まさに今のボスのコトですからね?」
もっと言えもっと言え。
まぁ話をまとめると、この人はまたここでサボっていて、そこにちょうど私たちが出てきたということなんだけど。
声の掛け方が最悪だったのは間違いない。
「誤解を解こう。正直パーティが面倒で開始時間ギリギリまでここでサボろうとしていただけなんだ」
エフェとレナーテが顔を見合わせる。
僅かな逡巡のあと、二人は一礼して、後ろに下がった。
もう大丈夫――ということだろうか。
「そう言えば名乗って無かったな。
お初に――いやメガネのお嬢さんとは二度目かな? ともあれ、改めてお初にお目にかかかると言おうか。
私はケルシルト・ミュージ・ティベリアム。仕事なんてしたくないがモットーのティベリアム公爵家の現当主だ」
……うわ。想定以上の大物だった。
さすがに名乗り返さないとな。
「ティベリアム公爵だったのですね。先日はそうと知らず無礼を……」
「いやそういうのはいい。建国の歴史を紐解けば、ウチとそちらはある意味で対等だ。あまり畏まらなくていいぞ」
「ですが、表向きは伯爵と公爵です。そちらもあまり厄介ごとを望まないのではありませんか?」
「それを言われるとな……まぁ人目のないところでは軽い感じで頼む」
「かしこまりました」
困ったように頭を掻く公爵にそう微笑んでから、私は丁寧にカーテシーをしてみせた。
「こちらも名乗らせていただきますね。
ライブラリア家長女イスカナディア・ロム・ライブラリアと申します。
噂に聞く女嫌いの冷徹公爵様が、思っていたよりも接しやすく驚いておりますわ」
「ボスは単に平時が忙しすぎて機嫌が悪いだけなんですよね。こっちが素です」
「お前は本当に余計なコトばかり口にするよなエピスタン。
ああ、そうそう。こいつはエピスタン。俺の仕事上の右腕だな」
「テーメーズ伯爵家の三男エピスタン・メイ・テーメーズです。ボスとともに以後見知りおきを」
「ええ。よろしくお願いいたしますわ、エピスタン様」
エピスタンへと挨拶を返してから、私はサラを自分の横へ呼ぶ。
「こちらは妹のサラ」
「お、お初にお目にかかりますティベリウム公爵。エピスタン様。
サラ・ペーム・ライブラリアと申します。い、以後お見知り置きを……!」
サラはパーティなんかには参加し馴れているんだろうけど、私と一緒にちゃんとした
貴族として振る舞うのには余り馴れていないんだろう。
だからこそぎこちないのだけれど、その初々しさが可愛らしい。
「ははは。初々しいな。こういうのはまだ馴れてないのかな?」
一生懸命なサラに、公爵は不慣れな子供を見るように笑う。
嘲笑しているワケでもなければ、見下した感じもない。
純粋に、見守ってくれているだけ……かな?
「は、はい。お姉さまから教わりながら、日々練習をしております」
噂ほどの悪女ではなさそうだ――小さく、本当に小さく、公爵はサラを見ながらそう口にした。
無意識なのかわざとなのかは分からないけれど。
最近、社交には全然顔を出してなかったから、サラがどう見られているかの情報がないのよね……。
まぁ、今日のパーティでわかるか。
「ティベリアム公爵、エピスタン様。お会いしてすぐなのに大変恐縮なのですが……。
私とサラはこれから着替えなければなりません」
「そう言えばパーティドレスではないな。そういうコトなら急がないといけないか。屋敷に行くなら送っていくが……」
「いいえ。こちらの図書館に用意がありますので」
そう答えると、公爵の目が眇まった。
まぁ不思議に思うわよね。
「そうか。それならいいんだ。余計なコトを言ってすまない」
綺麗な氷青色の瞳の双眸が、私たち姉妹を真っ直ぐに見据えている。
「そうだ。お二人ともエスコート相手っていますか?
居ないのでしたら、ボスとオレっちにエスコートさせてもらえませんかね?」
「なるほど。そいつはいい。お嬢さん方がよければ……だが」
これは……。
何かカン付かれたかな?
公爵も噂通りなら能力がある人のようだし、エピスタンはそんな人の片腕らしいしね。
これは恐らく、試されてる。
私とサラが――ではなく、お父様とフーシアが。
ここで公爵たちの手を取るならば、私は引きこもり生活を終わらせる覚悟が必要になるかもだ。
そうなれば、フーシアたちを泳がせておくのも難しくなるのは間違いない。
そして、私たちは、ここで二人の提案に乗っても乗らなくても問題はないと思われる。
ただ……なんていうか、ここが分水嶺な気がするのよね。
もうちょっと泳がしておきたかったとはいえ、ここらが潮時かもしれない――と言われればその通りでもあるわけで。
領書邸の本に手をつけられちゃったしなぁ……。
父とフーシアがいない間に空気の入れ換えとかハデにしちゃったし……。
私は少し悩み、そして――
「ねぇサラ。
私たちを置いてさっさと出かけてしまった両親にイタズラという仕返しをしたいと思わない?」
――あの二人の困る顔がちょっとみたいから、エピスタンの提案にはわりと乗りたい。
冷静な私とは別に、感情的な私は、そんな思いを抱いているようだった。
夜にもう1話更新予定です٩( 'ω' )و