10冊目 イスカとサラの大喧嘩(スーパー茶番エディション)
本日2話目٩( 'ω' )و
「じゃあなんでこの家にはほかにロクな馬車も馬もないのよッ!」
サラのヒステリックな叫びに、私はうんざりしたような顔で返す。
「知らないわよ。さっきも言ったけど、少なくとも私が図書館に引きこもる前はちゃんと世話係もいたし馬車の整備だってされていたもの」
「つまりなに? 今いる使用人たちがグズってコト?」
「そうじゃないの? 使える使用人をクビにして使えないバカばかりを連れてきたのは貴方でしょう?」
「あたしはなにもしてないわよ! ったく……母さんもなんでこんな使えない連中ばっかり……」
ライブラリ伯爵邸のエントランス。
そこで、私とサラは喧嘩の真っ最中。
喧嘩しながらも私は周囲を見回していく。
掃除は雑。
手入れも雑。
あらゆる仕事が雑――どころか、手が入ってないところもありそうね。
「本当に使えない連中が増えたようね。
いつからライブラリア伯爵家のエントランスはこんなに見窄らしくなったのかしら?」
「図書館に引きもこってるアナタに関係あるわけ?」
なかなか小憎たらしい悪役っぷり。すごいわサラ。
だから私も、呆れたような嫌悪を示すような顔で応える。
「この状況を無関心でいられるコトを疑うわ。エントランスは家の顔。
あの女はパーティと称して人を呼んでるんでしょう? 人を呼ぶのにこの有様じゃあ、うちはナメられるわよ。
貴族はナメられたら終わり。仕事は減るし、信用も減る。巡り巡って儲けや税収も減る。その意味が分からないほどバカじゃないでしょう?」
「つまり使えないバカが仕事をサボりまくってるせいで、うちが落ちぶれるってコト?」
「ええ。そう言ってるの。貴族は見栄を張るのが仕事の一つというのはそういう意味よ。ただ見栄を張っているワケではないの。次の仕事や、貴族としての信用を繋ぐ為に、お金を掛けて見栄を張ってるのよ」
ギリリ――と歯ぎしりしてみせるサラ。なかなかにサマになってる。
「掃除をしているのは誰? 出てきなさい」
苛立ちをぶつけるように周囲を睨み大声をあげる。
しかし、当たり前だが名乗り上げるような者は出てこない。
それどころか、この状況でニヤけ顔している奴もいるくらい。
まぁそういう連中は、まともな使用人やメイドたちによって目を付けられているんだけど。
しばらく待っても誰も動かなかったところに、声を掛けてくる年嵩のメイドが現れた。
「サラ様」
「……メイド長? なに、そいつ?」
私が幼い時からメイド長だった彼女――テネサエラは、一人の女性を押さえつけながら連れてきている。
「イスカナディアお嬢様」
深々と頭を下げてから、押さえつけている女性を示す。
「エントランスの掃除を主に担当しているのはこの者です。
どういうワケか、先ほどサラ様のお部屋から出てきたところなのですけど」
「……本当にどういうコト? エントランスの掃除を担当している者が、どうしてサラの部屋から出てくるワケ?」
若干、素で言ってしまったけれど――これもまぁ茶番みたいなものだ。
いやサラの部屋に入ったバカだけは本気だったんだろうけど。
事前にサラが言ってたのよね。
フーシアがいなくなったら好き勝手やりだす連中の中でも、今メイド長に押さえられている女は、特大のやらかしをしそうだって。
サラが一番排除したがっている相手も彼女のようだったし。
「サラ様。こちらの首飾りに見覚えは?
以前、サラ様がつけていたモノのように見えたのですが……」
「ええ。間違いなくあたしのね。それが?」
「サラ様の部屋から不自然な様子で出てきたこの女を捕まえて調べたら、手の中にこれが」
バキリ――と、サラは持っていた扇子を折り砕く。
なかなかの怒りの表現。サラは舞台女優とかも似合いそうね。
貴族として窮屈そうにしているサラより、大きな舞台の上で伸び伸び演技している方がサラには向いているかもしれない――なんていうのは、ただの私の妄想でしかないか。
でもサラが女優として活躍するなら、私は全部の公演を見に行った上で、全部の公演に花束とか差し入れてしまいそう。きっと一生推すわ。
「アンタに聞くのもシャクだけど、教えて欲しいコトがあるの?
貴族ってこういう時、どう対応するモノなの?」
目を見開き、完全に怒っているような調子で、サラは私に尋ねてくる。
今日は絶好調のようだ。あるいは本当に怒ってるのかもしれない。
「そうね……使用人が、雇い主やその家族のモノに手を出すなんてクビどころの話じゃないわね。
ましてや――平民出身だっていうなら、この場で物理的にクビにするっていうのもあり得るわ」
ちなみに、盗まれた首飾り。
サラはわざと盗まれやすい場所に置いておいたモノだ。それをメイド長も知っている。
真っ当な人員はみんな私とサラのグルである。
「物理的は嫌ね。血は見たくないし、ただでさえ手入れをされてないエントランスを汚したら、余計に汚くなっちゃうじゃないの」
私とサラのやりとりに青ざめ出す役立たず。
そんな彼女を見下すようにしながら、サラは思案するような素振りを見せる。
そんなサラに提案するように私は告げた。
「それなら手足を拘束して、六番通りの路地裏にでも転がしたら?
いずれは対処しないといけない場所ではあるのだけれど――今のあそこは、ならず者の塒と呼ばれている裏通りへの入り口だから」
「待って! お願いやめて! それだけは勘弁して! これは返すから! 仕事もちゃんとするから! なぁ根暗女! お前はサラと敵対してるんだろ!? だったらアタシを……!」
まぁそうよね。
あんなところに女の子が無防備に転がされたら、なにをされるのか分からないものね。あるいは、わかりやすすぎるかしら?
私に向かって命乞いをするような彼女に、私はこれ見よがしに嘆息した。
「そうね。サラもフーシアも大嫌いよ」
「なら……」
「でもね。私はアナタのコトがもっと大嫌い」
告げて、つかつかと盗人へと近寄っていく。
「仕事もロクにしない。主人のモノに手を着ける。挙げ句――貴族をナメ腐ってる。そもそも命乞いする相手を根暗女と呼ぶだなんて、本当に自分の立場を分かっているのかしらね」
彼女の下顎を左手で鷲掴みにし、チカラを込めながら睨みつける。
「サラが私のコトをナメるのは――まぁ腹は立つけど、問題はないの。
元平民とはいえ、お父様の再婚相手の連れ子として貴族籍を得たんだもの。同じライブラリア家の人間よ。家族仲が悪いってだけの話。
でもね。アナタはなに? ただの平民で、うちに雇われているだけでしょう?」
メリメリと下顎を掴む指にチカラを込めていく。
「が、あ……」
重い本を上げ下げやら持ち運びやらをしているから、それなりに筋力や腕力、握力はあったりするのよね。
そうでなくとも、領主教育の一環として、多少は身体は鍛えてるし。
護身の為の武術くらいは使えるのよ、私。
なので、このままこいつの顎を握り砕くのもワケないわ。しないけど。
「あ、ぐ……いたい……」
「別に商家の出でもなさそうだし、有名な職人の家系でもない……後ろ盾のないただの平民」
「あ、あご……こわれ……」
「そんなお前が、貴族の所持品に手を着けた。その意味を分かってんのか?
お前たちが調子に乗れるのはフーシアが屋敷にいるからだ。フーシアの目がない場所で調子に乗ったらどうなるか……分からないから、こうなるんだろうがッ!」
思い切りチカラを込めると、メリリという感触が手に伝わってくる。
私が握りしめているバカの下顎にヒビでも入ったのかもしれない。
だいぶ注目を浴びているけれど、これも計画のうち。
その目的はいくつかある。
わかりやすい目的の一つとしては、見せしめだ。
迂闊に家の物に手を付ければコイツのようになるという脅し。
これまでの場当たり的な対処とは違う。明確なチカラの証明。
他にも、注意が私たちに集まっている間にことを起こそうとするやつの炙り出しという目的なんてのもある。
こちらは目星がついているので、ことを起こすと同時にエフェを筆頭に強くて怖い人たちが押さえ付けるだろうけど。
ようするに、掃除の一環だ。
これをやっておかないと、明日からしばらく――この家に、家主が誰もいなくなっちゃうので、怖いのよね。
だって、お父様もフーシアもサラも私もいないのよ? そんな家で、こいつらがジッとしているとは思えない。
だから、今日ここで徹底的に叩き潰しておく必要があるのだ。
「それと、別に私はフーシアに怯えているワケではないのよ?
図書館に引っ越したのは、お前たちみたいなのが増えてきて、家でゆっくりできなくなってしまったからというだけ。おわかり?
あの女が幅を利かせているから、あの女の責任として放置していただけにすぎない」
「……そして母さんがいないなら、その責任者はあたしってコトよね。
だったら、あたしの権限で――使えないグズどもは、ここで全部潰すコトにするわ」
メイド長に視線で合図をして拘束を解いてもらい、それと同時に私は勢いよく、その盗人女を床にたたきつけた。
そして床に倒れ伏した女の後頭部に、勢いよく足を乗せる。
「ねぇサラ。アナタにアドバイスするのはシャクだけど、言わせて貰っていいかしら?」
「そうね。アンタからアドバイスを聞くなんてシャクだけど、教えて貰いたくはあるわ」
言いながら、サラは私が踏みつけている女の背中を勢いよく踏みつけた。
下でカエルが潰れたようなうめき声を漏らしているけど、気にせずに私は続ける。
「こいつ以外にもいるわよ」
「でしょうね。それで?」
「この機会に貴族をナメて屋敷のモノに手をつけてる連中を一掃するべきよ」
グリグリと後頭部を踏みにじりながら口にすれば、サラが脇腹を割と力強く蹴り飛ばしつつうなずく。
足下で役立たずが咽せてるようだけれど、当然わたしたち姉妹は気にもとめない。
「悪くないわ。使えなさすぎてあたしも不便してるくらいだしね。腹立たしいけど、協力して貰える?」
「そうね。アナタと協力するなんてヘドがでるけど……本とかに手を付けられたらたまったもんじゃないから、今回は我慢するわ。手を貸してあげる」
「そもそもこの家の本に手を付けるコトの意味を知らない時点で、この屋敷にいる資格ないんじゃない? 元平民のあたしですら知ってるコトよ?」
これはサラの本心っぽいな。
そして、すでに本を手に付けてしまった母を思う自虐なのかもしれない。
やっているのはフーシアだ。
注意したところでヒステリックになって聞く耳持たない。そんなフーシアを止められなかったことなんて、別に気にする必要なんてないと思うのだけど。
「――ああ、あたしが元平民だからって見下しているならただのバカの所業よ?
形はともかく、貴族と名乗るコトを認められているあたしを、チカラも後ろ盾もない平民が見下して良いと思って? よしんば見下すコトは許せても、家のモノやそもそもあたしの所有物に手を付けているコトを許せるほど、あたしも甘ちゃんじゃないの」
不機嫌さを隠さず、周囲を見回しながら、私が踏んづけている大馬鹿野郎の背中を、思い切り踏みつけた。
潰れたカエルの断末魔を思わせるうめき声が足下から聞こえるが、サラは気にもせず、笑みを浮かべた。
それはもう、私が見てきた中でも最上級の悪役スマイルだ。
ひいき目に見ても悪のカリスマ度が非常に高い良い笑顔。その顔を見ているだけで元気になれそうなくらい素敵だ。
この笑顔のまま悪の組織のトップにでも立って高笑いでもあげようものなら、私はサラに跪いてもいいや。うん。その時は右腕としてがんばれそう。そのくらい元気になれる笑みだ。
まぁ元気になれるのは私だけで、実際に向けられている連中からすると恐怖の対象かもしれないけど。
そして、私はここで追撃をすることにした。
「そうそう。逃げるなら今のうちよ。私は、私の部屋を荒らしてくれた奴の顔と名前をちゃんと把握しているの。全員、こいつと同じ目に遭わせるので、覚悟しなさいね」
そう言って、改めて足下のバカの頭を踏みつけてから、メガネを外し、怖がられるだろうことを計算した笑みを浮かべてみる。
常日頃から目つきも態度も悪い私が浮かべるに相応しい、物語に出てくるような悪役貴族が浮かべていそうな、嗜虐の笑み。
格下を痛めつけるのを楽しむようなサディストだと、そう思われても構わないってくらいの会心の悪女スマイル。
瞬間、蜘蛛の子を散らすように逃げ出す者たちが出て――全員が、その場で取り押さえられたのだった。
私の部屋を荒らしたことのない連中もいたけど、こいつらはこいつらで別の部屋に手をつけてたみたいだから救いがない。
そんなワケで、宣言通り拘束して六番通りの路地裏の、人目の付かないところに男も女も関係なく全員投げ捨ててきた。
ならず者の塒に関しては、わざと私が放置している場所だったりするのよね。見逃してやるからいくつかルールは守れ、と。
あの辺りを牛耳ってる連中とは話を付けてあったりするのだ。
清濁併せのむってヤツでね。
必要悪として、今は大目にみてやってるワケだ。
そして――あの辺りを牛耳ってるマフィアのボスには今回の件の話をしてある。
殺すようなことはしないだろうし、物理的な後遺症が残るようなこともないはずだ。
まぁ死んだ方がマシな目には合わせた上で、殺さないのであれば扱いは任せると言ってあるので、たっぷりと酷い目にはあうと思う。
最終的に反省すれば解放してもらうように伝えてあるけど、いつまでも反省がないなら、そのあとは好きにして良いとも言ってある。
その後の末路は興味ないので、これでおしまい。
「あー……清々したー!」
「こんなにも使えない人たちがいたのね」
ことが終わり、大きく伸びをするサラと、何事も無かったかのように肩を竦める私。
使えないのは半分以下になり、使える人が戻ってきたり、増えたりする。
使用人たちの総数は減ったけど、屋敷の仕事を回せるだけの人数は維持できているはずだ。
ただ――残った人や、まともな人、そして昔からいる人たちからも、私とサラは少し怖がられるようになってしまったようだ。
メイド長だけは、この一件で、サラへの呼称が「サラ様」から「サラお嬢様」にランクアップさせてたみたいだけど……。
うーん――解せぬ。
本日の更新はここまで٩( 'ω' )و
明日も2話更新予定です