表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ショートショート|鬱陶しい風邪薬

作者: 天音

「大丈夫?」


 睡眠不足と体調不良のダブルコンボ。

 そんな状態でも仕事は休めず、ふらふらで残業だ。眉間に皺を寄せながら同じく残業に精を出していた同期の三浦さんが、向かいのデスクから声をかけてきた。

 顔を上げると、三浦さんはチラリとだけこっちを見てすぐに手元のパソコンに視線を戻した。


「金曜日なので」

「だいぶ顔色悪いですよ」

「もう少しで終わりそうだし大丈夫です」


 向こうも疲れているのだろう。返事に軽く頷かれたが、それも上の空に近い。忙しいのに気を遣わせて申し訳なく思う。

 時計を見るとそろそろ近くのスーパーも閉まってしまう時間だった。金曜日だからもう少し、と考えていたがさすがにまずい時間になってきた。


「おすすめの薬があるんですけど」


 帰ろうと思い椅子を引いた時、また三浦さんが声をかけてくれた。


「薬ですか?」

「ドラストで売ってる風邪薬です。渡辺さん、昨日からしんどそうだから。この前わたしも飲んだんですけど……」


 *


 ありがたく話を聞いて、退勤後にドラッグストアへ駆け込んで三浦さんのおすすめという薬を買った。確かに市販薬の風邪薬コーナーに置いてあり、体調不良・風邪の引き始めにとデカデカと書いてあってすぐにわかった。青と緑のパッケージで、内容量が一錠と書いてあったのが少し気になるが、見た目はごく普通の薬だった。


 食後に服用とあったためコンビニのおにぎりを食べたあと、頭痛に耐えながら薬のパッケージを開ける。用法の説明書と、銀色のシートが一緒に滑り出てきた。シートに埋まる白い錠剤は確かに一錠。見たところ普通の白い錠剤だ。ちょっと大きめかもしれない。

 ぷつりと、手のひらの上に押し出した。


「アンタ顔色悪いなあ」


 その途端、甲高い声がした。一人暮らしだ。この部屋には自分以外誰もいないはずだ。ギョッと目を見開いたまま凍りつく。


「クマもひどいし早よウチ飲んで寝ぇや」

「はえっ?!」


 その声は手の上の錠剤から聞こえているということにようやく気がついて、驚いて放り投げる。小さな薬は、からころと机の上を転がっていった。


「投げることないやろ!」


 怒っている。しゃべっている。

 なにその微妙な関西弁。


「まーこんなゴミ箱全部コンビニ飯て! 野菜食べな! お酒は……飲んでないみたいやな、ヨシ。スーツちゃんとかけたか? 忙しくても身の回りのこときっちりせなあかんで」


 反射的に出たうるさいなという反論を辛うじて飲み込んだ。声量がやかましい上に内容もこの上なく鬱陶しい。


「風呂入った?」

「……」

「入ったんか?!」

「ま、まだです……」

「熱はないんやろ? ならちゃんとあったまり!」


 シャワーはあかんという忠告に従い、急いでバスタブを洗ってお湯をためた。いちおうあの薬にも見える範囲はあるようで、リビングルームを出たら何かを言われることはなかった。洗濯機に寄りかかりながら呆然とする。蛇口からお湯が落ちる音を聞いていると、驚きでどこかへいっていた眠気がゆるゆると戻ってきた。シャツのボタンを緩慢に外す。ふくらんだ湯の匂いが鼻を掠めた。シャワーではなくお風呂に入るのは、本当に久しぶりだった。


 しっかり肩までお湯に浸かって温まり、パジャマに着替えて髪を乾かした。洗面所にいるついでに歯も磨いた。あれこれ追加で言われるのが面倒でフロスまでする始末だ。なぜ自分はあんな錠剤を恐れているのだろう。


 すでにうとうとしながらリビングへと戻ると、また甲高い声がかかった。


「戻ったな? 髪はしっかり乾かしたか? 歯ぁ磨いたな? 最後に液体ハミガキもしたほうがええで。保湿は? 小さな努力が後で実を結ぶねん。逆もまた然りや。テキトーなボディクリームくらいあるやろ。ない? どんな暮らしやねん。やっすいやつでも1個置いときや。シーツもそろそろ夏用に変えた方がええ。暑いと寝つき悪なるからな。あとアンタおにぎりばっか食いすぎや。しかも梅! せめてもっとなんか別の……」


 あまりにも鬱陶しすぎる。


 これどうしたら止まるんだろうと思ったところで、薬なんだから飲めばいいと気がついた。ビビり散らしていた白い粒を摘みあげる。


「野菜だってただ食べればいいわけちゃうで。旬っちゅーもんがあんねん。案外大事やで。今の季節なら……」


 何かまだ言っていたが、ぽいと口の中に放ってそのままお茶と一緒に飲み込む。騒がしかった部屋は途端に静かになった。あんなにガヤガヤ言われていたのが嘘みたいだった。


 ドッと疲れが押し寄せてきてベッドに倒れ込む。そしてそれがひどく笑えた。この疲れは、仕事の疲れだろうか? それとも買ってきた薬がしゃべりかけてくるなんて変なことがあったからだろうか?


(まー、どっちでもいいか……)


 重くなってきた瞼を、抗うことなくそのまま落とす。久しぶりに感じる心地いい眠気だった。布団はお風呂上がりには暑くて、確かにそろそろ夏用に変えた方がいいなと意識の隅で納得する。あんなにやかましく鬱陶しい風邪薬は、生まれて初めてだった。


(ていうか三浦さんもあれ買ったんだよね)


 自分と同じようにあの甲高くて微妙な関西弁で色々指摘されたのだろうか。だから薦めてくれたのかもしれない。そうだと思うと少し可笑しかった。

 面白い(いい)薬を教えてくれてありがとうと、月曜日に改めてお礼を言おうと決意して、心地いいまま眠気に従った。


(今日、金曜日でよかった)


 そういえば注意書きのところに、強い眠気を引き起こす場合があると書かれていたはずだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] オカンのように話しかけてくる薬という発想が面白かったです!! [一言] ある意味効きそう。 主人公は、ゆっくり休んで下さい。
[良い点] 関西弁を話す薬とは全く予想できず、完全に意表をつかれました。 また、薬のしゃべりも面白くて、小さな努力が後で実を結ぶねん。のところでつい笑ってしまいました。 [一言] あの薬は一粒だけで強…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ