何も無い世界と、一人の少女
何をそんなに恐がっているのですか?
誰でもやっていることでしょう?
ほら、よく見なさい。感情の赴くままに、人が落とされていく。
人というのはね、自分だけ良ければそれで良いという生き物なのさ。
誰も、あなたを見ていないでしょう?
ただ欲するばかりで、何も与えようとしない……。
奪ったら、人を放り投げて、それを嘲笑うんだよ。
そうしないと生きていけないからさ。
「私は、そんなことしたくない」
「何もしたくない」
そうやって、ただ黙って見ているが良い。
何もしないことで、人を傷つけることができるからさ。
私はこんなにがんばっているのに、何故あなたは何もしないと、互いに責め合うことになるからね。
何をしようと、何もしなくても、互いに傷付けあうのだよ。
そうしないと、分からないからさ。
「分からないって……何が分からないというの?」
使えば使うほど、愚かになるということが理解できないんだよ。
みんなそうやって、自分で自分を締め上げていくのさ。
あなたも……そう、やっていることでしょう?
「私は、何も知りたくない」
「知ったからと言って、何が得られるというのですか?」
まやかし……まやかしだよ。
本当のことを知ったら恐いからね。
だから、人は『まやかし』を求めるのさ。
「本当のことを知ったら、どうなるの?」
おや、おまえさんは変なことを言うね。
最初から分かっている癖に、何も知らない振りをして……そうやって、自分以外の人間を嘲笑っているのでしょう?
本当は、自分以外の人間は滑稽だと感じているんでしょう?
それを知られるのが恐いから、何もしないんだろう?
「……。……私だけが、本当のことを知っているの」
そうだ。おまえさんは何もかも知っている。
知っている癖に、何も言わない。それが罪悪だと感じているのでしょう?
それこそ、傲慢だよ。
おまえだけ、奇麗でいようとする……それが目障りなんだよ。
穢れも知らぬお前さんは、そうやって人を傷つけるんだ。
あんたこそ、闇に落ちれば良いんだよ。
もっともっと犠牲になれば良いんだよ。
そうすれば、誰かが喜ぶから……落ちていく様を見て、自分だけはマシだと安心したい者たちがいるからね。
何をしたって、何も言わなくても、おまえさんの存在自体が人を傷付け、責め立てるのさ。
自分の命が一番大事だからね。誰も救ってくれる人はいない。
放っておいても、勝手に自滅していくからね。そうやって、巡り巡るんだよ。誰にも止められない……そうやって、循環していくものだから。
「……。……何もしないことで、斬り捨てるの」
そうだね。それが最高の武器だね。
何もしないことが、史上最大の剣だよ。
おまえが何もしないことで、無敵と言われた者も斬り裂くのさ。
手応えが無いと感じると、やってられなくなるからね。
おまえさんは本当に、命を奪うのが上手だよ。
「……。……退屈なんですもの」
また、妙なことを言う子だね。
そんな理由で斬り捨てられたら、必死で求めている人に失礼じゃないかい?
おまえさんほど、呆れた者はいないよ。
そうやって、傷付けてばかりいるんだからね。
「……人と言うのは傷つけ合うのが好きなのでしょう? だったら、私が何もしないことも正論じゃないかしら? だって、痛いのが好きなんでしょう? まやかしが好きなんでしょう? だから今のところは、その通りにしているだけよ」
その通りだって?
人が望むから、その通りにしているって言うのかい?
本当に呆れた子だよ。おまえさんこそ、極上の愚か者だよ。
自分の意思は無いのかい?
「私の意思があったって、誰も見ていないのでしょう? だったら、私の意思は無いのと同じだわ。有るけど、無いの。そういうものでしょ?」
そうやって開き直るところが気に食わないよ。
結局のところ、おまえさんは人を傷つけるのが好きなんだよ。
誰も必要としていないし、誰からも必要とされない……そんな存在に、何の意味があるんだい?
「……。……なんで、意味を求めるのかしら? そのままで良いじゃない?」
何を馬鹿げたことを言ってるんだい?
おまえさんの望みは、それじゃないだろう?
「そうね……私が欲しいのは、自分だけの世界だもの」
そうやって、ずっと一人でいれば良いさ。
誰も理解できないんだよ。おまえさんの世界は。
だって、おまえはこの世で一人しかいないんだもの。
味方も、敵もいない。
何も無いのさ、本当は……。
「……何も無いなんて、それこそ幻想よ……それに、こんなこと……よくあることだもの」