もふもふな贈りもの
その頃、イシュメルはラバトア国の大使から贈りものを受け取っていた。
こちらがサプライズで歓迎会を用意していたのと同様、あちらもサプライズを用意していたのだ。
イシュメルはその贈りものに困惑していた。
ラバトアの王太子グリフィンから、アルケハイム国の王太女マージェリーへの贈りものだと聞かされれば、突き返すわけにもいかない。
とりあえず城へ持ち帰り、国王陛下の判断を仰ぐことにした。
城に帰ってきたイシュメルたちを出迎えた面子の中に、弟のレズリーがいた。
「イシュ兄、お帰りなさい!」
レズリーはスウェイルズ三兄弟の末っ子で、十四歳だ。
優等生的な兄二人と違って、落ち着きがないタイプだ。カールがかった栗毛と、背が低くてころっとした体型で、年齢よりも幼く見える。
兄たちが大好きなレズリーは、イシュメルを見るなり駆け寄って、部下が大事そうに両手で抱えている荷物に目をつけた。
「なにこれ」
止めるまもなく、レズリーは荷物にかけられていた布をばっと取り払った。
「わっ、猫っ!?」
布をかけられていた荷物は動物用の檻で、中にいるのは、灰色と黒まだらのフサフサした獣だった。
猫っぽいが、猫にしては大柄で手足が太く、ずんぐりむっくりしている。尻尾も大きい。
「ラバトア固有種の山猫だ」
とイシュメルが教えた。
「レズリー、人の持ち物を勝手に触るな」
「ごめんなさい。この猫、誰の? 城で飼うの? 僕がお世話していい? 可愛がるから」
「落ち着け。まずは国王陛下へ相談してからだ。城で飼うかもまだ分からん」
イシュメルは山猫の檻に布をかけ直すと、国王へ報告に上がった。
「う〜む……なんというか……」
「見れば見るほど、ラバトアの王太子に似てますね」
その場にいた誰もが思ったことだ。
銀髪に灰色のくりっとした瞳、愛嬌のある童顔、重量感のある体型。
「ラバトアの王子、という可能性は?」
国王の側近が恐る恐る口にした。それも皆が一瞬思ったことだった。
ラバトア国のレインウォーター王家の血筋の者は、変身術を使えるという言い伝えがある。
変身できる種は決まっていて、ラバトア大陸に大昔から生息するといわれる山猫だ。
ライオンや狼と違い、小さな山猫に変身したところで戦闘力が格段に高まるわけでもない。
山猫への変身は、逃げたり身を隠すことに適している。または、愛嬌のある獣に成りすました諜報活動に。
しかしそれはただの言い伝えで、「昔々」で始まるおとぎ話として知られている話。
いまのラバトア王族が山猫に変身できるとは、子どもだって信じていない。
「まさか。あれはただのおとぎ話でしょう」
「それにしても似ている」
「念のため、変身術に詳しい専門家に鑑定を」
「それが良いですね」
こうしてラバトア国からの贈りものは鑑定へ回され、「本物の猫だと思われます」というお墨つきを得て、城へ戻ってきた。
「レズリー、この猫を城で飼うことになった。世話はお前に任せて良いか?」
「えっ、いいの!?」
レズリーは喜んだ。
「ああ。丁寧に扱うこと、世話を忘れないことを約束できるなら。あともう一つ、大事なことがある。この猫の前で大事な話はするな」
「なんで?」
「この猫にスパイ疑惑があるからだ」
「ウソでしょ、猫だよ」
「俺は嘘を言わない」
「大事な話って、どんなこと?」
「城の人間の秘密や国の内情。他の国に知られてはまずいと思うことだ」
「よく分かんないけど、僕、猫にそんな話はしないよ。大事にするし。ねえ、檻から出して抱っこするのはいい?」
「檻から出すのは慣れてからだ。一週間は様子見しろ。噛まれるんじゃないぞ。何かあったらすぐに知らせろ」
「うん、分かった。イシュ兄、ありがとう」
変身術の専門家から、ただの山猫だとお墨つきをもらったが、イシュメルは疑り深く用心した。
何しろ猫は見れば見るほど、ラバトア国の王太子にそっくりで、『変身術の専門家』をそれほど信用していなかった。
専門家と冠するものの、変身術というものを生まれてこの方、目にしたことがない学者の集まりだからだ。
動物に変身できる人間など、誰も見たことがない。
だからこそ、いま目の前にいる、檻の中で行儀よくしている山猫が、まさか人間であるとは思わない。
イシュメルも本気でこの猫がスパイだとは思わないが、なるべくマージェリー姫には近づけないほうが良い気がした。
しかし一応マージェリー姫にも話を通して、ラバトア国の王太子へ一筆書いてもらわねばならない。
山猫はマージェリー姫へ贈られたものだったからだ。