面倒見の良い従兄
ラバトア国との交渉を終え、マージェリーは貿易再開に向けて、港の視察をすることにした。
「王太女殿下自ら、視察団にご同行を?」
ランドールが片眉をピクリと上げた。
「ええ、この目で見ておきたいの。叶うなら、港から出る船に乗って、ラバトア国の鉱山も見学したいくらいよ」
「そのついでに、ラバトア国の残り六人の王子の品定めに行かれるとか?」
ランドールもソニア姫の婚約者として、あの場に同席していた。
「冗談はよして」
「いいえ。真剣に考えて、ラバトアの王太子の提案は悪いものではありません。ラバトアの王子を婿にとれば強い縁ができますし、何かと便宜をはかってもらえるでしょう」
「それは国王陛下もご存知の上で、ああお答えになったのだから。いくらこちらに都合の良い約束を交わしたところで、実際にそうなったとき、『勇者様がお戻りになったので、離婚してお立ち去りください』と言えて? もし子どもが生まれていたなら、なおさらよ。面倒な争いになるわ」
マージェリーの責めるような口調に、ランドールはふっと息を漏らすように笑った。
「なにが可笑しくて?」
「いや失礼。相変わらず真面目で、頑なだなあと思って。もっと柔軟でいいのに。国王陛下もあなたも。勇者だって、そこまで偏屈な分からず屋じゃないはずだ。十年待って戻らないんだから、死んだと思われても仕方ない」
二人きりのときは口調が気安くなる。兄妹のように育ち、面倒見の良いランドールに、マージェリーも気を許していた。
お似合いだと周囲によく冷やかされたし、お互いの立場上、いずれ婚約して、結婚する相手だと思っていた。
しかしあの日、すべてが一変した。
「勇者様はお戻りになる。そのときに、ただの一人も信じて待っていなかったとしたら、悲しすぎるわ。私は信じて待つわ。例えそれに一生を捧げても、本望よ」
マージェリーの強い覚悟に、ランドールは顔つきを改めた。
「そうですか……では私も、信じて祈ります。勇者が一日でも早く戻ってくることを。あなたの良き夫、我が国の良き君主となり、安泰をもたらしてくれることを」
「本当に? 勇者様が永遠に戻らないほうが、あなたには好都合では。そうなれば、あなたとソニアの子が、ゆくゆくは国王になるのよ」
「まだ生まれてもいない子どものことなど……私がジジイになったときに国王の父でいられるかどうかよりも、あなたの笑顔が見られることのほうが意味がある。そのことをどうか忘れず、お気に留めください。王太女殿下」
ランドールは優しく笑い、言い足した。
「それに、叶うならば私も会いたいですからね。世界を救った勇者様に。十年前は遠巻きに眺めただけだったし、今度はゆっくり酒でも飲み交わしながら、武勇伝をお聞かせ願いたい。なんてったって、全世界の憧れのヒーローだ。私だって会いたいよ」
無邪気な少年のような瞳にマージェリーがうっかり見とれたとき、執務室にノック音が響いた。入室許可を得て姿を見せたのは、ランドールの部下だった。
「ランドール様、ソニア様がお探しです」
「ああっ、もうそんな時間か。一緒に昼食をとる約束だった」
呼ばれてバタバタと出て行くランドールに、マージェリーは苦笑した。
面倒見のいい従兄はいつだって子守役だ。優しくて要領のいい人。
立ち位置が変わっても、ランドールの本質に変化がないことは、マージェリーの救いだった。
一方、ソニア姫はいら立っていた。
婚約者のランドールが、姉と親密すぎる。
ソニアの目の前では不自然なほどよそよそしく、ソニアの目の届かないところで二人でコソコソしている。
当のランドールに聞くといつも「仕事ですよ」「お気になさらず」「ヤキモチを焼いてくださるのですか?」とニコニコしてはぐらかす。
「またお姉さまのところに? 最近多いのね」
遅刻したランドールに、わざとふて腐れて甘い声で言った。可愛く見えるさじ加減をソニアは心得ているつもりだ。
「お待たせして申し訳ございません。ラバトア国との貿易再開で、王太女殿下と打ち合わせする事項が多いのです」
「お仕事は仕方ないけど、なるべく二人きりにならないで。お姉さまはお綺麗で優秀で、ソニアはとても敵わないって分かってるから、悔しくて嫌なの。ランドールが大好きだから、お姉さまに取られたくないの」
言いづらいことを臆面もなくズバッと言えるのが、ソニアの悪いところでも良いところでもあった。
近くで聞いていて呆気に取られた者もいたが、ランドールはまばたき一つして、ソニアをじっと見た。
「ありがとうございます。私もソニア様のことを心よりお慕いしております。私が愛するのはソニア様、ただお一人です。口から出まかせの嘘だとお思いですか?」
ソニアはふるふると首を横に振り、ランドールの胸に飛びこんだ。