それぞれの幸せ
戴冠式も婚約発表パーティーも無事に終わり、どっと疲れたマージェリーだったが、心地よい疲労だった。達成感と幸福感に満たされている。
お茶室のいつもの場所で捕まえたシーグフリードは、故郷の王太子に会えて嬉しそうだったし、クリーヴランドに一日中くっついていたソニアはもっと幸せそうだった。
マージェリーと共に別邸に戻ってきたランドールが、パーティーでは忙しくてろくに食べられなかったからと料理を運んできてくれた。
それを二人で食しながら、今後のことを話した。
「父と話したんだが、キケーロでイシュメル一人では大変らしい。イシュは絶対に弱音を吐かないけど。王都には先代の国王陛下も新しい国王陛下もおられるし、宰相も戻ってきた。私たちがキケーロに行く、というのはどうだろう。シーグフリードを連れて」
「シーグも? レズリーが寂しがるわ」
「そうだな、じゃあシーグは置いていくか。君が寂しがるけど。もしくはレズリーもキケーロへ連れて行くか」
「それは、私たちだけでは決められないわね」
料理をもぐもぐ食べながら話していると、「失礼いたします」と使用人がやってきた。
「ソニア様がお見えになっています。ドレスのお礼だとかで」
「通してちょうだい」
「お屋敷には上がられないそうです。お二人にお菓子を渡してもらえれば良いだけだとおっしゃっています。受け取って、帰っていただいてよろしいですか?」
「じゃあ私がそっちへ行くわ。ランドール、少し待っててもらえるかしら」
「うん。何かあったら呼んで」
マージェリーが顔を見せると、お屋敷の広い玄関で背筋をぴんと伸ばして待っていたソニアが、はっとした顔をした。
「お、お姉さま、わざわざ本当にすみません。クリーヴさまが、外国の珍しいお菓子をたくさんもらったので、お姉さまたちにもお届けしろと。渡してもらうだけで良かったのに、わざわざ出てきてもらって、すみません。あの、ドレスをお借りできて、本当に助かりました。わたくしの持っているドレスはどれも品がないと、クリーヴさまがおっしゃるので、急にお借りすることになって……」
あわあわと早口で捲し立てるソニアに、マージェリーは困惑した。
わがまま放題で攻撃的だった腹違いの妹は、すっかり人が変わってしまった。
大人しく謙虚で常識的になった。婚約者のクリーヴのおかげだと父や長老たちは喜び、感謝したが、マージェリーは気になっていた。
確かに、扱いやすくて良くなったが、妙におどおどしすぎではないかと。
クリーヴのことが好きで好きでたまらない、というのは嘘ではないだろう。見ていて、恥ずかしくなるくらい分かる。
しかし、同時につねにびくびくもしている。クリーヴの機嫌を損ねないよう、言動に注意し、クリーヴに言われればすぐにそのとおりに動く。自分の意志がない操り人形のようだ。
マージェリーにこれほど下手に出てペコペコするのも、きっとクリーヴに言われたからだ。姉妹は仲良くしなくてはいけないと。
ありがたいことだが、心配になる。
ソニアは少しふっくらしていたが、痩せて、やつれたように見える。
天真爛漫に振る舞っていた頃は、生命力がみなぎっていた。いまは顔色も悪く、なんだか幽霊みたいだ。
「ねえソニア、大丈夫なの?」
「なにがでしょうか、お姉さま」
「クリーヴさまは、本当に大事にしてくださってる? もしかして、乱暴されたり脅されたり……」
「なっ、なっ」
ソニアは目を大きく見開いた。
「なんてことをおっしゃるの、お姉さまっ。クリーヴさまがそんなことをなさるわけが。ソニアは幸せよ。変なことを言って、クリーヴさまに誤解されたら、嫌われたら、お姉さまのせいよっ。おしまいだわ」
昔のソニアの勢いに戻って喚いたあと、はっとした顔をした。
「ももも、申し訳ありません、お姉さま。興奮して申し訳ございません。今のはどうかお忘れになって」
ドンドンッと玄関のドアがノックされた。
「ソニア、いつまで油を売ってるんだい。長々いちゃ迷惑でしょうが。遅いから、心配で迎えに来たよ」
やってきたのは話題のクリーヴだった。
ソニアの顔がぱっと明るくなった。
「クリーヴさま!」
「はいはい、とっとと帰ろう」
ソニアを外へ押し出して、クリーヴはマージェリーに「お邪魔したね」と言った。
「いいえ。お菓子をありがとうございました」
「ああそれと。あなた方はソニアを甘やかさないでくださいね。私の役目がなくなってしまう」
はいと言っていいものか、いいえと言っていいものか分からず、マージェリーが返事をしないうちにクリーヴは、
「ではおやすみなさい」
と出て行った。
「どういう意味だったのかしら?」
部屋へ戻り、ランドールに話して、聞いた。
「それは、クリーヴさまが甘やかす役をしたいからという意味でしょう。私も、あなたを甘やかすのは、私だけでいいと思うし」
ランドールは、マージェリーを優しく抱き寄せた。
「あなたも、二人のときはもっと私を構って下さい。他のことは忘れて」
甘やかしたいと言ったランドールのほうが、マージェリーに甘えてきた。
大きい犬みたいで可愛いと、マージェリーはランドールの少しカールがかった金髪を撫でた。
「愛してるわ、ランドール」
「私も愛しています、マージェリー姫。もうじき公爵夫人となりますが、本当にそれで良かった? 王妃でなくて」
「今さらの質問ね。もちろん良いに決まっているわ」
このような未来が訪れるとは、マージェリーもランドールも思いもしなかった。
ただ、マージェリーが勇者の帰還を信じて待ち続けたこと、ランドールがそばで支えてきた十年間は、決して無駄ではなかったと思えた。
すべては日々の積み重ねなのだ。
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