お供え姫
「どうしたんですか? 暗い部屋で、明かりも灯さずに。文字が読めないでしょう」
夕食後から書斎に引きこもっていたソニアのところへ、クリーヴが来た。
「クリーヴさま……ソニアは、もうできません」
幽霊のようにぼんやりと書類の前に座っていたソニアが、すくっと立ち上がった。
「無理なんです、ソニアには。やっても、できません。これ以上無理です、できません」
ソニアは涙目で訴えた。得意の嘘泣きではなく、クリーヴの姿を見たとたん、自然に涙腺が緩んだのだ。
城の外に用事があるといって出かけたクリーヴと、昨日は一度も会えなかった。
少し会えないだけで、こんなにも不安になるものかと、ソニアは愕然としていた。
「何を言うんだい。大丈夫だよ、やればできる」
「やってもできなかったし、これからもできる気がしません」
「やり方を工夫してみてよ。大丈夫、ソニアならできる。私はそう信じてるよ」
クリーヴはあくまでも優しく、ソニアを励ました。絶望が深まり、耐えきれなくなったソニアは、とうとう、うえっと泣き出した。
「できませぇん、ソニアはっ、うえっ、頭が悪いからぁ」
「できるよ。ソニアが諦めても、私は信じてる。できないなら、できるまでやればいい。分からないなら、分かるまでやれって、よく言うでしょう」
「ひえぇん、できませぇん、ソニアはぁ、馬鹿だから。覚えたくても、覚えられないんです。だって勉強嫌いだからぁ。やりたくないの。だって、お父さまがっ、お前は勉強しなくていいって。お姉さまが全部代わりにやってしまうし。ソニアはただ身綺麗にして、可愛ければいいって。お父さまの血を引いた、子どもを生むだけでいいって。ソニアはそれだけでいいって」
うえっうえっと泣きじゃくるソニアは、赤ちゃん返りした子どものようだった。
クリーヴは眉を下げて、困ったように微笑んだ。
「そうですか……では、こういうことですね。あなたは無能で努力する気もない。お人形さんのように着飾るのは好きだけど、中身は空っぽで、夜伽しかできないと」
ソニアは翡翠色の美しい瞳から、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、クリーヴを見上げた。
「あれ? 違いましたか。もしそういうことなら、できないことからは解放してあげたいと思ったんですが」
「ううううぅ、そうです。そのとおりです。だからもうっ、許してください。でっでも、見捨てないでください、クリーヴさま。クリーヴさまに見捨てられたらっ、ソニアは」
泣きすぎて過呼吸ぎみのソニアの背中を、クリーヴは右手でさすった。
「うんうん、大丈夫。どうあっても、私は決して見捨てないと言っただろ。大丈夫だよ、ソニアが見た目だけ可愛い、馬鹿なお人形さんでも。私が毎晩抱いて寝てやるから。じゃないと、ソニアの存在意義がなくなっちゃうからね。かわいそうだ」
「ううぅクリーヴさまぁあぁ」
ソニアは涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をクリーヴの胸に埋めた。
「好きっ、大好きです」