パーティードレス
「あら、お姉さま。大事なパーティーに、そんなくすんだドレスでご出席?」
「くすんだって……これはお母さまが二十歳の式典でお召しになった最上級のドレスよ」
「えーっ、じゃあやっぱり古いんじゃ」
「伝統があるってことよ」
「私は新しいものが好き。見てお姉さま、このドレス。フェイ・ジェンキンズの最新のデザイン、これで三着目よ」
くるりと回って、鮮やかな水色のドレスを披露するソニアに、マージェリーは白けた目を向けた。
「お姉さま、本当は羨ましいでしょ?」
「いいえ、伝統を譲り受けた身で幸福よ。持たざるあなたが、新しいドレスを仕立てるのは結構。でももう当分は新調しないでちょうだい」
ソニアの満面の笑みが凍りついた。
そこへ宰相の息子、ランドールとイシュメルの兄弟がやってきた。
「ご機嫌うるわしゅうお姫さまがた。本日は一段と眩しく、目が潰れそうです」
舞台俳優のように芝居がかった挨拶をしたのは、ランドールだ。
「ランドールっ。ソニアが着てるドレス、そんなに派手で贅沢? ソニア、今日みたいな大きなパーティー初めてで……張り切りすぎちゃったかしら……」
婚約者の姿を見るなり、駆け寄って抱きついたソニア姫は、瞳を潤わせて尋ねた。
ソニアは小柄で、体格のいいランドールを自然と見上げる形になる。
「いいえ、華やかでとても宜しいと思いますよ。国賓をお迎えするのですから、派手なほうが良いでしょう。場がぱっと明るくなりますからね」
期待どおりの言葉にソニアはにんまりと笑った。
「そうね、ランドールの言うとおりだわ。やっぱりランドールはソニアの味方ね。嬉しい、大好きっ」
再びギュッと抱きついたソニアに、ランドールは目を細めた。部屋の隅に控えている侍女たちもにこやかに見守っている。
一人、ため息を吐いたマージェリーに、イシュメルが無言で寄り添った。
その横顔をちらり見やると、マージェリーと同じくらい冷めた目で二人を見ていた。
腹違いの妹が突然できた一年前、仲良く支え合える関係を目指したマージェリーだったが、現状はほど遠い。
最初は借りてきた猫のように大人しかったソニアだが、周りがチヤホヤしすぎたのか、たちまち尊大になった。
その上、ろくな教育を受けてこなかったため基礎的な学力がなく、勉強嫌い。
「ソニア、そんなの分かんない」といってすぐに逃げる。
そのくせ、オシャレや娯楽には関心が高く、目新しいものに飛びつく。
いくら世界平和になったといえ、国はまだ再建途上だ。深い傷あとの残る地域も多い。国民のことを念頭に置けば、無駄な消費は控えるべきだと分かるものを。
そうマージェリーが小姑のように口うるさく言うため、ソニアはすっかり辟易していた。
あるときムシャクシャして言い返した。
「お姉さまは、ソニアが羨ましくて、そんなに意地悪なのね。ソニアが楽しくしているのが気に入らないのでしょ。ランドールと相思相愛で、結婚することも。お姉さまは、恋も結婚もご法度ですものね。同情いたしますわ、おいたわしいや、お姉さま。貴族たちの間で、なんと呼ばれているかご存知? 『勇者のお供え姫』ですって!」
マージェリーは唖然とした。ひどい言葉に胸をえぐられたが、傷ついたことを悟られぬよう、冷ややかな笑みを浮かべた。
「私こそ同情するわ。あなたを気の毒に思って、これでも色々と大目に見て、融通したつもりだけど、必要ないみたいね。月々あなたが自由にしていいお金、来月から半額にするわね」
「なっ! お姉さまになんの権利があって」
「知らなかった? あるのよ、私にその権利」
脅しではなく、翌月以降のお小遣いが半減したソニアはそれで凝りたらしく、面と向かって歯向かうことはなくなった。
それでも調子のいいときには、今日のような嫌味を述べたり、ランドールや味方の使用人を通して、当てこすりをしてくる。
それにいちいち過剰反応しないよう心がけているが、やはり気分は面白くない。