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決して見捨てない

 クリーヴランドは、帰還した直後から王城の客室で寝泊まりしていた。

『照合』で本物の勇者と認められたあと、広い空き部屋を豪奢に改装してクリーヴの部屋にする案が出たが、「この部屋のままでいい」と本人が言い、そこが『新王の間』となった。


 偉そうなくせに、変なところで謙虚だ。そこがまたソニアの癇に障った。



「王様への直訴はどうでした? ろくに取り合ってもらえなかったでしょう」


 部屋に入ると、ソファーにどかりと腰かけたクリーヴがいた。両足を組み、片手でワイングラスを揺らし、愉快そうにソニアを見上げた。


「どうぞ、お座りなさい。あなたも一杯いかがですか?」


「結構よ」


 ソニアはぶすっとした顔で、クリーヴの向かいに腰を下ろした。


「では話の続きを。お父さまと話して、気づきましたか。とっくに見放されていると。だいたい考えてもごらんなさい。自分を捨てて、男と駆け落ちした女の子供ですよ。それが十三年ぶりに帰ってきて、可愛く思えるかな。手塩にかけて二十年間育てた、王妃との娘のほうがずっと可愛いに決まっている。その愛するマージェリー姫を、どこの馬の骨とも分からない勇者に嫁がせなくちゃいけないなんて、悲劇だよね」


 クリーヴはワインを一口飲んで、さらに言った。


「そうしたら、あなたが自ら志願した。勇者の妻になりたいと。彼らはこれ幸いと、あなたを私に差し出した。私に押しつけるのにちょうどいい、どうでもよい姫だから」


 ナイフでグサグサと刺すように、クリーヴの言葉は鋭くソニアの胸をえぐった。


「ちっ違うわ、そんなことないっ。ソニアが希望したから、願いを聞き入れてくれたの。最初はあなたがいい人だと思えたから。でも違ったし、もう嫌」


「お父さまにそれを言って、どうだった? 私と別れたいという希望は聞き入れてもらえたのかな。残念だな。私はあなたに期待していたのに。どうあっても私だけは見捨てずに、一緒にいたいと思ったのに」


 ソニアは耳を疑った。


「ソニアと一緒にいたいですって? ここまで言われて?」


「ええ、もちろん」


「嘘でしょ」


「嘘は嫌いです」


 薄く微笑むクリーヴは酔っているのか、ほんのりと頬を染めている。


「本心です。私はあなたに期待しているし、夫婦として添い遂げたい。あなたは?」


「ソニアは……」


 悔しいが、選択肢はない。クリーヴに見放されれば勘当する、と言った国王は本気だった。

 さすがのソニアも、国から放り出されて生き抜く自信はなかった。


「そこまで言うなら、分かったわよ。なればいいんでしょ、あなたの妻に。やればいいんでしょ、王妃の仕事。ソニアだって、やればできるんだから」


 ソニアは、クリーヴがテーブルに置いたグラスを奪い取り、底のほうに残っていたワインをぐいと飲み干した。



「やればできる」と豪語したソニアに、翌日からたくさんの宿題が課せられた。

 やればできるところを見せつけてやる。馬鹿にした奴らを全員見返してやる。そう奮起したソニアは、やみくもに頑張ったが、全くできなかった。


 何しろ勉強嫌いで、学ぶことから逃げてばかりいたので、基礎的なことが身についていなかった。暗記する根気はなく、難しい計算は見るだけで吐き気がし、外国語や地理はチンプンカンプン。集中力もない。

 やればできると思っていたことができず、文官に指導を受けても内容が理解できない。


 まさか自分がここまでできないとは、ソニアは思っていなかった。根拠のない自信を持ち、楽観的すぎた。


 現実を直視させられたソニアは打ちのめされ、絶望を感じた。

「出来が悪い」と父親の国王に連呼されたことが思い出され、その絶望感に追い打ちをかけた。


『気づきましたか。とっくに見放されていると』


 クリーヴの言葉のとおりだった。

 しかし、クリーヴはこうも言った。


『どうあっても私だけは見捨てずに、一緒にいたい』


 絶望のふちに、ぽっと光が灯ったような気がした。

 ああクリーヴ、クリーヴだけはソニアを見捨てない。あれだけ悪態をついて、嫌な態度を取ったのに、ソニアと添い遂げたいと言ってくれた。

 実の父親でさえ、簡単に切り捨てたソニアを。クリーヴは許して、受け入れてくれたのだ。

 そのクリーヴの期待に添えないことが、さらに絶望的だった。


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