国王からの勧告
それからソニアは、丸々三日かけて手土産リストを作り直した。
ほぼ文官の校正どおりに書き直すだけだったが、嫌々の作業だったため時間がかかった。
途中で何度も放棄しかけたが、書斎に缶詰めにされていたので、他ごとが許されなかった。
ソニア自らの強い意志で書斎に引きこもっているので邪魔をしないようにと周囲には説明され、やって来るのはクリーヴのみ。
解放されるためには、与えられた課題をこなすしかなかったのだ。
「提出期限は過ぎましたが、まあいいでしょう。あなたにしては頑張ったほうか」
ソニアが作り直したリストをさらっと眺めて、クリーヴは言い捨てた。
「もう一度チェックします。今日はもう休んでいいですよ。明日は明日で、やってもらうことがありますので」
ソニアは奥歯をギリッと鳴らし、クリーヴが立ち去ると、大急ぎで国王のもとへ向かった。
お父さまに言いつけてやる!
缶詰め状態から脱したら、絶対にそうしてやると心に決めていた。
クリーヴにどんな仕打ちをされたか、勇者が本当はどんな男か、全部ぶちまけてやる。人畜無害そうな雰囲気に、みんな騙されている。
「お父様っ、大事なお話が」
「おお、ソニア。新王妃になるにあたり、仕事を頑張っているそうだな」
読んでいた本から顔を上げ、国王は鷹揚に応じた。
「まさにそのことです! クリーヴ様がソニアに、誰にでもできるような地味で退屈な仕事を大量に押しつけてくるんです。ソニアが一生懸命やったら、けちょんけちょんにけなして、やり直しさせて。書斎に押しこめて。あれは陰険なイジメです。理由は分かっています。お茶会かなんだかで会った、伯爵令嬢に心変わりしたんです、クリーヴ様は。ひどいです。ソニアをいびって、ソニアが結婚をやめると言い出すのを待ってるんです。でも、王妃の座を伯爵令嬢ごときに明け渡すわけにはいきませんよね。だったらお姉さまでいいですよね!? お姉さまにクリーヴを、ソニアはやっぱりランドールでいいわ。ランドールと結婚して、キケーロで暮らします」
一気にまくし立て、そこでぜえぜえと息を切らしたソニアを、国王は憐れみの表情で眺めた。
同情の言葉がかけられると思いきや、国王の口から出たのは、はぁーという盛大なため息だった。
「呆れて物も言えん……が、聞き捨てならん言葉だらけゆえ、ハッキリ言おう。勇者様は素晴らしいお方だ。魔王を倒し、世界中の人々をお救いになった。そして我が国のような小国にいてくださる。もっと良い待遇でお迎えできる国もあるなかで。しかも、お前のような出来の悪い王女を王妃にしてくださるとは。お前の出来の悪さはクリーヴ様にきちんとお伝えしたが、クリーヴ様はそれをご了承の上で、お前を良い方向へ導きたいとおっしゃった。懐の深いお方なのだ。約束の報酬金の残りの受取りも、早々に辞退された。国の復興資金として、国民のために使ってほしいと。近くの魔物の巣窟も一掃してくださった。泥臭い仕事を進んで引き受けてくださるが、政治には関与せず、私たちにお任せくださるという。まさしく神のようなお方だ」
ソニアは唖然とした。
「そのクリーヴ様に見放されるようなことがあれば、お前を勘当する。城から、いや、この国から追放する。良いな、くれぐれも勇者様の言うことをよく聞いて、精一杯尽くすのだぞ」
「……お……おと……う…………」
はくはくと口は動くが、ショックすぎて声が続かなかった。
ソニアは頭が真っ白になった。腹違いの姉には嫌われていても、父親には愛されている自信があった。
なんだかんだ言っても、ずっと甘やかしてくれていたのだ。
その父親が、まるで汚物を見るような目でソニアを見ている。
すがりつくことも許されない空気に、ソニアはフラフラとした足取りで王の間を後にした。
自分の部屋に戻ると、部屋つきの侍女が待ち構えていた。
「お帰りなさいませ、ソニア様。クリーヴランド様が新王の間でお待ちになっていると、ご伝言を承りました」
何なのよ、畜生めが。
用があるなら出向いて来なさいよ。偉そうに呼びつけやがってと、心の中で毒づいて、ソニアは重い足取りで新王の間へ向かった。