王妃教育
最近、城でソニアを見かけることがない。
クリーヴランドが、仕事絡みでマージェリーやランドールと会っているときも、ソニアの姿はない。
ランドールと婚約していた頃はソニアの束縛が激しく、用事もないのにくっついてきたり、あれこれ口出ししていたのに。
ランドールといかに仲が良いか、マージェリーに見せつけることが趣味だったとも言えた。
しかしクリーヴランドと婚約してから、二人が一緒にいるところをあまり見かけない。
「お姉さまと二人きりで会わないで」とも言われていないらしく、クリーヴは平気でマージェリーと二人で話をする。
おかげで仕事ははかどるのだが、マージェリーは逆に心配になった。クリーヴとソニアは、上手くいっていないのだろうか。
マージェリーは、それとなくクリーヴにソニアの様子を尋ねた。
「ソニアですか。もうじき戴冠式と婚約発表のパーティーがあるので、忙しくしていますよ」
ああなるほど、と思った。
「ドレスを新調したり、美容マッサージを受けたり、ですね」
目に浮かぶようだ。
「いいや。新しいドレスも美容マッサージも必要ない。ソニアは今のままで、十分愛らしいからね」
クリーヴが惚気を口にするのを意外に感じた。いつも飄々としているクリーヴは、色恋に対しても淡々としたイメージだった。
ソニアと仲良くやれているのなら、それは結構だ。
ご馳走さまと小さく呟いたマージェリーは、やはり疑問に思った。
「じゃあ、なにで忙しくしているのですか?」
「パーティーに招いたお客様リストを頭に叩きこんで席次を考えたり、それぞれのお客様の好みに合わせたテーブル演出やお土産を考えたり、色々だよ」
マージェリーは目を剥いて、思わず叫んでしまいそうになった。
「そっ、それはソニアには……難しいかと。私に言ってくだされば良かったですのに。今からでも代わります」
「いや、いい。王妃になるソニアの仕事だからね。難しくても覚えてもらわないと」
「でも、ソニアには……あの子は王妃教育どころか、王女教育も早々に音を上げてしまいました。父からお聞きになってますよね。王妃らしい仕事はできないと。その分、私たちがサポートいたします」
マージェリーの言葉に、クリーヴはふっと息を漏らすように笑った。
「甘やかしすぎです。あなたがた家族が甘やかして、ああなったんです」
痛いところを突いてくる。
しかしマージェリーも、ソニアを教育しようと頑張ったつもりだ。
でも駄目だった。わんわん泣いたり、暴言を吐いて物に当たり散らしたり、可哀想な被害者ぶったりするソニアにお手上げだった。
それでソニアに仕事を割り振ることは諦めて、マージェリーがすべて抱えこんだ。苦労して教えるよりも、マージェリーが一人でやったほうが楽だった。
ということをクリーヴにかいつまんで話した。
「そうらしいね。王様も言ってたよ。でも私は、ソニアを見捨てずに教育したいと思う。愛する妻だからね。あなた方の愛とはまた別物だけど」
大丈夫だろうか、とマージェリーは一抹の不安を覚えた。
マージェリーもそう思っていた頃があった。愛すべき妹の成長を諦めてはいけないと。嫌われ役を買ってでも厳しく指導しようと。
「どうかご無理なく。夫婦仲が悪くなってはいけません。私やランドールに協力できることがあれば、いつでも言ってください」
「ご心配なく」
と勇者クリーヴは答えた。
「私に任せておけばいい。それともランドールには安心して任せられて、私には無理かな? 彼にはできて、私にはできないと?」
「いえ、そういうわけでは……」
「逆に考えれば、ランドールやあなたにはできないことが、私にはできるということだ。私は普通の人間じゃないからね」
確かにそうかもしれないと、マージェリーは思った。
普通に話していると忘れそうになるが、クリーヴは勇者で、常人ではないのだ。