結界の休息日
結論から言うと、勇者は勇者だった。人並み外れて強かった。
王都から一番近い魔物の巣窟へ行き、出てくる魔物、出てくる魔物、滅多斬りにした。
魔物は魔族と同じく、魔力を持った邪悪な生き物だが、知性や習性は動物に近い。問答無用の本能で襲ってくる。
群れる習性のあるものは集団で攻撃してくる。それをバッタバッタと討ち取った。舞うように宙を跳び、見事な剣さばきを披露するクリーヴランドは、もはや人間に見えなかった。
あまりに手当たり次第にやりすぎたのか、山の主イエロードラゴンが出てきてしまったときには肝を冷やした。
同行者たちの脳裏には一瞬死の影がよぎったが、クリーヴランドは渾身の一撃でそれを消し去った。
クリーヴランドがカチンと剣を鞘におさめたときには、おびただしい数の魔物の死骸の山と、丘のような巨体を横たえるドラゴンの亡骸があった。
同行していた少数精鋭の近衛兵は参戦せず、少し離れた場所でマージェリーを守ることに徹していた。
ランドールも途中までそうしていたが、ドラゴンが現れたため、慌てて勇者の助太刀に向かった。
勇者が魔王を討った人類最強といえ、今は片腕だ。両手で剣を握るのと、片手では一撃の重さが全く違う。
ドラゴンの放った衝撃波が掠り、ランドールは怪我をしてしまった。
大怪我ではなかった。マージェリーがすぐに治癒魔法で手当し、事なきを得た。
「ああごめん、トドメする前にそっちへ行っちゃったね。生きてて良かった」
一仕事を終え、戻ってきた勇者がランドールの無事を確認して、ほっとした顔をした。
「クリーヴランド様……無茶苦茶ですね、ほんと。無茶苦茶強い、格好良すぎて……すみません」
ランドールは生まれて初めて、男にときめいてしまった。類まれなる脚力とスピード、華麗な剣さばき、無理矢理で強引な力技。
なんて格好いいんだと、惚れ惚れした。憧れた勇者がここにいる。
「でしょう。これで少しは証明できたかな。でもやっぱり、パーティーには優秀な回復士が必要だね」
クリーヴランドはすっと視線を上げ、王都の方角を見た。
「帰ろうか、私たちの都に」
その後マージェリーとクリーヴランドは話し合い、まずは一週間に一日、王都の結界を解除することにした。
クリーヴランドの桁外れの強さには感心したが、かと言ってやはり急に全解除してしまうのは怖かったからだ。
では週に一度、それに慣れれば段階的に解除していこうと折り合いをつけた。
「一人で頑張るのも勇敢だけど、人に任せるのも勇気ですよ。お姫さま」
とクリーヴランドはマージェリーに言った。
「全方位を二十四時間、一人で見てたら疲れちゃうからね。人に背中を任せることができるって大事なことだ」
「どうしてここまで、結界の解除にこだわるんですか?」
「あなたに長生きしてほしいから。前王妃は聖なる力を消耗して亡くなったと聞いたもので」
「お母さまは、今よりずっと強固な結界を張っていらしたから。今の結界はもうそこまで強くはありません」
「じゃあなおさらだ。やめていいよ。弱い結界だろうが、何十年と休みなく維持し続けると、塵も積もれば何とやらで、大きな負担だ。年を取ってから、ガクッときたら嫌でしょう」
ズケズケと物を言うのは相変わらずだが、こうしてよく喋るようになると、クリーヴの印象はずいぶん変わった。
あれ、もしかして実は根は優しい人なのではとマージェリーは思い始めた。
ランドールは、あの魔物狩りに同行した日から、すっかりクリーヴに心酔してしまった。
城へ帰ってから、二人仲良く酒を飲み明かし、意気投合したらしい。武勇伝を語り合って。
男ってやっぱり単純なのねとマージェリーは少し引いたが、クリーヴへの警戒心が薄まっている点は、ランドールと同じだった。
「魔王討伐隊の他のメンバーって……やっぱり魔王との戦いで死んでしまったの?」
マージェリーはランドールに尋ねた。
「剣士はクリーヴ様の目の前で絶命し、魔法戦士は絶命寸前、回復士は生き残っていたけど、どうなったか分からないらしい。クリーヴ様は魔王と相討ちして、海に投げ出されたそうだから。魔王城のある島は断崖絶壁で、真っ黒い海に取り囲まれているそうだ。そこへ落ちて、気を失ったそうだ」
壮絶な話にマージェリーは息を飲んだ。
そのときの相討ちで、左腕を失ったのだろうか。
「もしかしたら仲間が待っているかもしれないと少し期待したそうだ。先に、この国へ帰ってきた仲間が。まだ少し期待しているとも。いつか戻るかもしれない仲間のために、ここにずっといたいと」
「その話、どうして内緒にしてたの?」
「クリーヴ様が言ってほしそうじゃなかったから。それにあなたが悲しみそうだから。どちらも私の勝手な忖度だけどね」




