想いが通じる
妹と殴り合って男を取り合う。そんな浅ましくて下品なことができるわけがない。
そこまでして手に入れたい男かと、マージェリーはクリーヴランドを睨むように見た。
小憎たらしげな薄ら笑いを浮かべている。
「私は、お断りします」
「マージェリー様!」
大きな声に呼ばれて振り向くと、ランドールが血相を変えて走ってくるのが見えた。
ランドールはソニアをどんと突き飛ばして、マージェリーに駆け寄った。
「大丈夫ですか!? 勇者と戦うとか、殴り合いがどうとかって」
マージェリーの両肩をぐいと引き寄せてクリーヴランドから引き離したランドールは、大慌てで確認した。
「何もないわ、大丈夫よ」
「良かった。大変だと知らせを受けて、生きた心地がしなかった。良かった、無事で」
ランドールの瞳がうるっと潤むのを見て、マージェリーはびっくりした。
しょっちゅう、自由自在に目をウルウルさせているソニアのそれとは違う。
ランドールが涙ぐむのを初めて見た。
「ちょっとランドール、ソニアにぶつかっといて、お姉さまの心配? まあいいわ、お姉さまはクリーヴさまに選ばれなかったのよ。選ばれなかった者同士、お似合いだこと」
ランドールはソニアに一瞥をくれると、マージェリーを連れてその場を去った。
「私、決闘を放棄したわ」
落ち着いて話せる場所へ移動し、マージェリーはランドールにいきさつを話した。
「私が勝負を下りたから、ソニアが不戦勝ね。ソニアが次期国王の妻になるわ……それを止めたかったのに」
一体どうすれば良かったのか。ソニアを力でのして、勇者との結婚を阻止するのが正解だったのか。
そんなことをマージェリーにできるはずがないと、勝負にならないことが分かっていて、クリーヴランドはあのような提案をしたのではないだろうか。そう思えた。
もし本当に、自分を取り合って殴り合う女をニヤニヤしながら見るつもりであったなら、心底軽蔑する。悪趣味すぎる。
話を聴き終えたランドールは、少しの沈黙のあと、意を決したように口を開いた。
「それで良いと思います」
「え?」
「私は、あの勇者がマージェリー様にふさわしい方だとは思えません。あなたを幸せにしたいのは、この私だからです。愛しくてたまらない気持ちをずっと押し殺して生きてきた私に……もう我慢しなくて良いと、あなたの口から言ってくれませんか」
「ランドール……でも私は……」
「私が嫌い?」
包みこむような眼差しでランドールに見つめられ、答えが分かっているくせにとマージェリーは思った。大好きだ。この深い海色の瞳も、愛しさが溢れている表情も。
いつだってこの従兄は、この優しさとこの温かさで、孤独な道を歩むマージェリーに連れ添ってくれた。
一度はその手を離してソニアに譲ったが、また握ることが許されるのなら、今度は二度と離さない。
「……愛してるわ、ランドール」
「私も愛しているよ、マージェリー。結婚しよう」
「はい」
『勇者さまのお供え姫』だと揶揄されたマージェリーが、勇者以外の者と結婚する。
それは絶対にあり得ない、許されないことだと頑なに信じていたマージェリーが、殻を破った瞬間だった。
見つめ合った顔が近づいて、自然と唇を重ね合った。柔らかくしっとりとした弾力に、マージェリーは驚いた。こんなにも気持ち良くて、幸せな心地になるものが、この世にあったなんて。ランドールはやっぱり素敵だ。
見ているだけでも素敵だったが、抱きしめたり触れ合ったりできる愛しい人は、今まで以上に最高だと思った。
こんなに幸せでいいのだろうか。勇者とソニアのことは、やっぱり気にかかった。