決闘で決めよう
「ランドールと話してみるといい」と言われたマージェリーも、同じく思い悩んでいた。
重い枷が外され、愛するランドールと結ばれて良いと許可が下りた。
しかし手放しで喜べない。王都を結界で守る役割は他者に任せられないし、ランドールのキケーロ行きを中止させるのも忍びない。
そしてそれよりも気がかりなのは、ソニアが王妃になって大丈夫なのか、ということだった。
キケーロで公爵夫人におさまることも不安だったが、夫となるランドールが信頼できる人物だからこそ、任せられると思ったのだ。
それにいざというときには、公爵夫人よりも身分が上の国王やマージェリーが、ソニアの暴走をいさめれば良いとも考えていた。
しかし勇者クリーヴランドが新国王となり、ソニアが王妃になったら……誰がソニアを押さえつけられるのだろう。
クリーヴランドがしっかりとした人徳者なら安心だが、この一週間で見た感じ、そうとは思えなかった。
雰囲気と口調は柔らかいが、態度は不遜で、どこか人を小馬鹿にした感じがする。
媚びたところがなく伸び伸びしていて、誰とでも気軽に話すが、誰にも踏み入らせない部分で一線を引いている。
得体の知れない感じがする。飄々として、掴みどころのない。人たらしでありながら、人嫌い。そんな感じがする。苦手だ。
そんなクリーヴランドに、ソニアはグイグイと積極的に絡みにいっている。
マージェリーが距離を取って慎重に観察をしている間に、ソニアはぐっと距離を詰めた。
ソニアは可愛らしく、甘えるのが上手だ。
このままでは勇者がソニアに陥落し、「どちらの姫でもいい」から、「ソニア姫がいい」に変わるのも時間の問題に思えた。
出遅れている、とマージェリーは焦った。
慎重に観察を重ねている場合ではない。勇者クリーヴランドの人となりを、もっと知らなくては。そのためにちゃんと話さなくては。
十年も待ち続けたマージェリーを、ソニアと同列に天秤に乗せたクリーヴランドに小腹を立て、積極的な行動に出ていなかったが、態度を改めるべきだと気づいた。
しかしクリーヴランドの横には、常にソニアがピタリとくっついていて、牽制してくる。
「勇者様へお話があります。少しよろしいですか?」
ソニアと肩を並べて、王都の地図らしきものを眺めていたクリーヴランドへ歩み寄り、声をかけた。
先にぱっと顔を上げたのは、ソニアだった。
「ごめんなさい、お姉さま。クリーヴさまはいま、ソニアと王都についてお勉強中ですの」
「それなら私のほうが詳しいわ」
「お姉さまはそうやって、ソニアをいつもお見下しになるのね。クリーヴさま、ソニアでは駄目ですか?」
悲しい顔をしたソニアが、引き止めるように、クリーヴランドの右袖をきゅっと握った。
「いいや、駄目じゃないよ。私はどちらでも」
クリーヴランドはソニアの手をそっと外し、座っていたソファーからすくりと立った。
「でも、私がはっきり決めないのが良くないみたいだね。私の取り合いをして、姉妹の仲が悪くなっては、申し訳ないし。いま決めるよ、どちらと結婚するか」
急な展開にマージェリーは驚いた。
クリーヴランドと二人で話してみて、もっと知りたいと思っただけなのに。
ソニアに裏表があることも忠告しておきたかった。
いまこの場で選ぶと言い出すとは想定外だ。ああ、やっぱり出遅れたとマージェリーは悔やんだ。
クリーヴランドの心は、すでにソニアの手中か。
「私は、私をより熱望してくれるほうと結婚したい。だから分かりやすく、戦って勝ったほうと結婚するよ」
勇者は高らかに宣言した。周りにいた侍女らが慌てて人を呼びに走った。揉めごとが起こりそうだと思ったのだ。
「戦うとは、一体なにで勝負を?」
マージェリーが強ばった様子で聞いた。
「なにで? そうだなあ、シンプルに素手だね。武器と魔法は無しで」
「まさか、私たちに殴り合って戦えと?」
「うん。それ以外に何が? まさか、カードゲームや算術やケーキ作りの腕で決めたいと?」
クリーヴランドは小馬鹿にしたように言ったが、そっちのほうが数段マトモだわと、マージェリーは思った。
「クリーヴさま、ソニアは戦います」
ソニアがすくっと立って言った。
「受けて立ちますわ。お姉さまと殴り合ってでも、勝ってクリーヴさまと結婚します」
「ソニア、あなた本気で言っているの? 姉妹で殴り合いの喧嘩をして、結婚相手を取り合うなんて」
マージェリーは狼狽した。
ソニアはどう見ても弱い。体格差がある上に、マージェリーは幼少期より、王太女として護身術などの武道を一通り叩き込まれている。
並の女よりも強いと自覚していた。
ソニアはソニアで、自分は強いという自信があった。元護衛騎士だった義父に剣術を教えこまれ、自分の手で魔物を狩ったこともあった。
城で常に護衛に守られてきた、温室育ちのマージェリーとは違う、と。
「ソニアは本気よ。どうやってでもクリーヴ様がほしいの」
「ああ、嬉しいね。マージェリー姫はどうします? 受けて立ちますか?」
クリーヴランドがマージェリーに問いかけた。
「私は……」