ランドール
ついこの間までランドールにべったりだったソニアは、今は勇者にべったりだ。
城の案内役を買って出て、どこへ行くにも一緒。勇者が初めて目にするものを、ああだこうだと説明して回っている。
「ソニア姫は親切だねえ」
勇者クリーヴランドが褒めた。
「普通ですわ。ソニアも二年前、初めて王都へ来たとき、分からないことだらけで不安だったの。だからクリーヴ様のお気持ちに寄り添えるんです。ソニアは親切にしてもらえなくて、大変だったから……」
「苦労したんだね」
「はい。あ、あのデブ猫……シーグフリードといって、お姉さまの猫で……あっ、逃げた。珍しく素早いわね。クリーヴ様に恐れをなしたのかしら」
「私はどうも動物に嫌われる性質でね。取って食うと思われてるようだ」
「あら、こんなにお優しい勇者様が? 嫌う者が理解できないわ」
ソニアはそういって、クリーヴの右腕を取り、身体をぎゅっと密着させた。
腕がない側に立つのを避けて、ソニアはいつでも勇者の右側にいる。
片腕がないことはクリーヴの欠点だが、それを補って上回る利点があると、ソニアは確信していた。
クリーヴが国から受け取る報酬金は、一生遊び暮らせるほどだと聞いているし、なんといっても国で一番偉い、王様になるのだ。
大金と権力を手にすることが決まっていて、『世界を救った勇者』というすごい肩書を持っている。
これで見た目がもっと麗しければ申し分ないのだが、贅沢は言えない。
まあ、マシなほうねとソニアはクリーヴを値踏みするように見て、思った。
ランドールのようなキリッとした精悍さも、イシュメルのような完璧な美貌もないが、清潔感があって、雰囲気が柔らかい。
さらっとした黒髪も、冒険者らしからぬ肌の美しさも、アーモンド型の黒い瞳も、眺めるうちに惹きこまれる。
そう、派手さは全くないのに、見ているうちに好ましく思えてくるのだ。
ときおり隣から送られる流し目に、ドキリとする。
ああそうか、これは打算ではなく、ちゃんとした恋なのだ、とソニアは自分に都合よく解釈した。ソニアは勇者クリーヴに恋をしたのだ。
一方、婚約者のランドールは急に解き放たれて、身の置き方を模索していた。
本来なら今頃、キケーロへの引っ越しで時間に追われていたはずだ。
ワガママ姫をなだめすかして、その気にさせ、弟たちへの引き継ぎも済ませ、マージェリー姫にも断腸の思いで別れを告げた。
それなのに……
『ソニアが勇者様のお嫁さんになります!』
あの一言ですべてがひっくり返された。
結局、姉妹のどちらが勇者と結婚するか未定のまま、歓迎パーティーへと移行してしまい、うやむやだ。
あれからソニアはランドールに寄りつかなくなり、勇者クリーヴランドにべったりだ。
あまりの変わり身の早さに、取りつく島がない。というか、ランドールのほうもあれ以降、ソニアとの接触を試みていなかった。
自分がどうすべきか、分からなかった。方向性が決まらないことには、迂闊に動けない。
国王陛下に呼ばれ、二人きりで話した。
なるべく皆の希望を尊重したいと、国王は言った。
勇者クリーヴランドは、どちらでも良いという。ソニアはクリーヴランドと結婚したいという。後は、マージェリーとランドールの気持ち次第だと言われた。
そんなことを言われては、とランドールの心は大きく揺らいだ。
正直に述べていいなら、マージェリーと結婚したいに決まっている。
しかしマージェリーのほうはどうか。頑なに一途に、勇者の帰還を信じて待ち続けたのだ。
ランドールが思う以上に、気持ちの切り替えは難しいはずだ。
それに、あの勇者とソニア姫が国王と王妃になって大丈夫なのか、不安が拭えない。
勇者帰還に備えて、新国王が独裁的に悪政を敷けない法律は制定済みだが、それはもとより王妃がマージェリー姫であることを想定しての安心感があった。
あのソニア姫で代わりが務まるのか、それが心配でならない。
国王陛下は「新国王と王妃はお飾りで良いのだ」とおっしゃるが。