腹違いの姉妹
ソニアはマージェリー姫の腹違いの妹だ。
国王には、王妃の他に寵愛する愛人がいた。
愛人は女児を産み、母娘で王城の別邸に住んでいた。
しかし愛人は護衛騎士と恋に落ち、幼い娘を連れて駆け落ちしてしまった。
追手は差し向けられなかった。
王家の私的事情で兵を動かすほど、余裕のある時代ではなかった。
結界の外は危険な世界だ。王家の加護もない。母娘と騎士は亡くなった者として扱われた。
しかし昨年、ソニアが戻ってきた。
十三年ぶりに。
母親と義理の父が亡くなり、実の父親を頼ってきたのだ。
王妃の訃報を耳にして、今なら帰りやすいと思ったのかもしれない。
王妃は、長年国を守ってきた結界師で、聖なる力を消耗した末に体を壊して亡くなった。
現在はマージェリー姫が首都の結界を張っているが、魔王のいなくなった世界では、王妃ほどの力は必要としない。
十三年ぶりに帰ってきたソニアと、マージェリー姫は初対面だった。
父親に愛人がいたことも、その愛人との間に娘がいたことも、マージェリーは知らなかった。
帰ってきた国王の娘を本物だと証明したのは、腕に記された印だった。
国王がソニアを我が子だと認知したときに、その印を魔法で授けた。
決して模倣できないその印は、同じ印を持つ者が『照合』の呪文を唱えたときのみ、皮膚に浮かび上がる。
左腕にぽうっと青白く浮かび上がった印を見て、国王は歓喜した。
「おお、ソニアよ……! よく戻ってきてくれた」
緋色の髪と翡翠色の瞳をしたソニアは、恭しくこうべを垂れた。
父が手放しで喜ぶさまを見て、マージェリーは複雑な気持ちだった。
これは嫉妬だと自覚した。
駄目だ、受け入れて優しくしなくては。
血の繋がった姉妹だ。
スウェイルズ兄弟のように、支え合う姉妹にならなくてはとマージェリーは思った。
スウェイルズ三兄弟は、国の宰相の息子だ。
宰相とは、国王陛下に任命されて国政を補佐する者のことだ。
現宰相は王弟で、マージェリー姫の叔父だ。
その息子である、スウェイルズ三兄弟。
長男が二十二歳のランドール、次男が二十歳のイシュメル、三男が十四歳のレズリーだ。
あるとき国王が姫に言った。
「良いか、マージェリー。この先も勇者が帰還せぬままであるなら、次の国王は代理を立てねばならん。それにもし勇者が帰ってきて、王位を譲るとしても、国政を司るのは他の者だ。勇者は政治には門外漢だからな。玉座に置くが、お飾りの王だ」
「はい」
「勇者が戻るまでの代理として立てる、次期国王はマージェリー、お前にする。お前は仮の女王として、勇者の代理のお飾りの王になるのだ。勇者が戻れば、お飾りの役を譲ってやればいい」
「はい」
「問題はその次の代だ。勇者が帰還し、お前と結婚して子をもうければ、その子が次の王。しかし勇者が永遠に帰還しなかった場合は、跡継ぎがおらん。そのときは宰相の息子の子を、次の国王とする」
「国王陛下、恐れながら失礼いたします!」
口を挟んだのは父の側近だった。
「そこまでお待ちにならなくても十分かと。マージェリー姫が二十歳になられたら、見切りをつけられてはいかがでしょうか。そこまで待って戻らなければ、姫は他の方とご結婚なさって、お世継ぎを」
「それはならん。世界を救った英雄との約束を破れば、不義理で信用のならぬ国だという不名誉は後世まで語られる」
国王は、勇者との約束を守り抜くことを第一信条とした。
そこへ、思わぬ形で娘がもう一人増えた。
ソニアは国の意向で、スウェイルズ三兄弟の長男、ランドールと婚約をした。
もし勇者が永遠に戻らなかった場合も、国王の血を引く子が王位を継げるように。