選択肢
勇者たっての希望で、勇者帰還を祝う盛大なパーティーが急きょ開かれた。
都中が大わらわだ。人から人へと伝聞され、勇者を一目見ようと大勢の人が城へ押し寄せた。
熱狂のなか、パーティーは三日三晩盛り上がり、騒ぎ疲れて呆けた人々の姿が散見された。
しかし、浮かれてばかりいられない者も大勢いた。
勇者はいったいどのような人物なのか。政治はどうなるのか。いつから王位につき、人事はどう変わるのか。外交に影響を及ぼすのか。
勇者は元々この国の者ではない。根無し草の冒険者だ。アルケハイムよりも厚遇できる国へ取りこまれてしまうことも懸念された。
勇者の帰還は、大国ラバトアをはじめとする諸外国にはまだ正式に公表していないが、すぐに伝わるだろう。
できるなら、新体制がきちんと整ってから公表したいのだが、とアルケハイムの国王は気を揉んだ。
勇者クリーヴランドへ王位を譲り渡す戴冠式に、各国の要人を招待するというのが妥当な流れだろう。
それに合わせて王女との婚約発表も行いたい。問題は、どちらの姫を嫁入りさせるかということだ。
宴のさなか、国王は当事者一人ひとりを呼んで話をした。
「マージェリー、お前はどうしたい? あのあと勇者と話したが、本当にどちらでも良いそうだ。お前かソニアか、どちらかと結婚できればと」
マージェリーの胸はきゅっと小さく締めつけられた。
やっぱり馬鹿にしている、と憤りを覚えた。それを察したように国王が言った。
「勝手な約束をして、お前の生き方を強制しておいて、今さらどちらでも良いとは、虫のいい話だと分かっている。だが、選択肢を得たからには考え直しても良いのだ。道は一つしかないと思っていたが、2つできた。勇者とランドール、お前はどちらと結婚したい?」
「私は……勇者様のことはよく知りませんが、結婚相手と信じて生きてきました。旅立ちの日に、マージェリーと名を呼んでくれたことも覚えています。なのに、何なんですかあれは」
すっかり名前を忘れている上に、ソニアとどちらでも良いとか。
「うむ、つまり勇者と再会した印象は、あまり良くなかったと」
「はい」
「では、ランドールのことはどうだ? ソニアの言ったことは当たっているのではないか? 私が勇者と約束をしたために、愛し合うおまえたちを引き離してしまったのだな。それならもう遠慮はいらん。ソニアは勇者と結婚したいと言っておるし、お前はランドールと想いを遂げれば良い」
マージェリーは混乱した。
確かに、ランドールのことは愛している。
しかし絶対に結ばれない相手だと諦めをつけ、けじめをつけて、キケーロへ送り出す覚悟を決めたのだ。
恋しさ、愛しさ、やるせなさ、ソニアを恨めしく思う気持ちなど、苦いものをすべてを飲みこんで、やっと消化したところなのに。やっと、けろっとした顔ができていたのに。
それらをまた体の奥から引きずり出されて、呑気な顔をした怪物が、ぺろっと平らげてしまった気分だ。ほらこれでぜんぶ解決だよと怪物は晴れやかに笑う。
「でも、私は王都から離れられません。ランドールと結婚して、キケーロの都へ行くことができません。王都の結界師ですから」
そうだ、これが気がかりだった。
ランドールの父であり王弟である公爵は、キケーロを本拠地とした南部地方の復興に尽力している。
嫡男のランドールへその仕事を引き継ぎ、国の中枢へ戻って来る予定だ。
マージェリーはマージェリーで、亡き王妃から引き継いだ、王都の結界師という大事な役割がある。
「キケーロの結界師と交代すれば良いだろう」
「大叔母さまと? もうご高齢の身、王都へご異動願うのも酷です。キケーロとは都の規模も違いますし……」
「そうだな、ではランドールのキケーロ行きを取りやめてもよい。公爵家にはイシュメルもいる」
キケーロの結界師は、マージェリーの母方の祖母の妹だ。
白魔術師のなかでも、大規模な結界を張ることができるのはごく一部の者。その希少な血筋が、王妃の生家だった。
「マージェリー、お前の希望を尊重する。ランドールとも話してみるといい。返事はそう長く待てぬぞ」
マージェリーと話し終えた国王に、部下が報告に来た。
「失礼いたします。陛下のお耳に入れるほどの件ではないかと存じますが、」
と前置きし、田舎男爵から娘の辞職願いが届いたことを知らせた。
「ソニア様のお付きの侍女だったようで。ソニア様に確認したところ、実家恋しさで里帰り休暇を取ったまま、戻らなくなった侍女でした。今は代わりの者が後任しております」
「確か、ソニアが世話になった男爵家の娘だな。思い描いた城勤めとは違っていたのであろう。よくあることだ」
キャリスタが逃げ出したことはそう結論づけられ、この数日後に都外れの空き家で、身元不明の腐乱死体が発見されたこととは、紐づけられなかった。