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照合

 白シャツがはだけられ、クリーヴランドの左肩が露わになった。

 ソニアはひっと息を呑んで顔をそむけた。逆にマージェリーは見入ってしまった。


 片腕を失くすほどの壮絶な戦いをしたのだ。傷痕だらけかと思いきや、綺麗な肌だった。服を着ているときは華奢に見えたが、鍛え抜かれて引き締まった身体をしている。


 ああそうだ、治癒魔法だ。たとえ大怪我をしても治癒魔法を使える回復士がいれば、跡形もなく治る。

 ただし、切り離された手足をくっつけることはできない。


「それでは、勇者の『照合』を行う」


 国王が厳かに言い、魔術師が差し出した魔術書にのっている、呪文の詠唱を始めた。

 全員が固唾をのんで見守っている。


 呪文を唱え終わったとき、クリーヴランドの左肩のすぐ下、切断面に接するあたりに、ぽうっと青白い光が灯った。


「おおっ!」と歓声が上がった。


「勇者の印だ」

「なんと」

「まさか本物とは」

「おお勇者よ!」


 国王と魔術師が、浮かび上がった印を交互に眺めて確認をした。


「確かに。クリーヴランド・フィッツロイを勇者と認める」


 国王が緊張した面持ちで告げた。

 マージェリーは驚きと興奮と恐怖の、言いようのない気持ちではち切れそうだった。


 十年待ち続けた勇者さまが帰ってきた。


 単純に嬉しくもあり、怯んでもいる。ぼんやりとした夢が突如クッキリとした現実になったことに。

 いつでも心の準備はできている、と思っていたのに。待ちすぎて旬を過ぎ、腐ってしまったと思っていたのに。こんなにも新鮮だったのだ。


「いやぁ良かった。ギリギリ見える位置なんて、やっぱり私は運がいい」


 勇者クリーヴランドはシャツをはおり直し、

 

「じゃあ約束の、未払いの報酬金と、この国の王位と、お姫さまをもらいますね」


 そう言いながら、国王とその両脇にいる王族の面々を見渡した。そして、


「あれ。お姫さまって二人いたっけ?」と言った。


「下の姫ソニアは王家から出ていたが、ニ年前に戻ってきたのだ」


 国王は正直に答えた。


「なるほど。私がお嫁さんにもらうと約束したのは、こちらのブロンドの姫君ですね。まあ、お姫さまならどっちでもいいんですが……」


 その発言にマージェリーは心底びっくりした。勇者が帰ってきたことよりも、だ。

 どっちでもいいですって!? なんて失礼な発言。


 さらに驚くべきことに、ソニアがずいと前に出て言った。


「ではソニアが、勇者さまのお嫁さんになります」


 これには全員がギョッとした。


「なっ、何を言うのだソニア」

「ソニア様はランドール様とご婚約の身」


「いいえ!」とソニアはひときわ大きな声を放った。


「確かにソニアはランドールと婚約しましたが、ランドールの本当の想い人はお姉さま。お姉さまもランドールを愛しているのに、勇者さまとの約束があるがために、泣く泣く諦めておいででした。でもっ、勇者さまがお姉さまでなくても良いとおっしゃるなら、ソニアが身代わりになります。お姉さまとランドールのために喜んで。だって、相思相愛の二人を引き裂くなんて無粋ですわ。大好きなお姉さまとランドールのために、ソニアは喜んで身代わりになります」


 ぜえぜえと息が切れんばかりに大声で一気に熱弁したソニアに、マージェリーは目をみはった。

 こ、この娘はいったい何を言っているの?


 一瞬呆然としてしまったが、慌てて口を挟んだ。


「ソニア、勝手な発言はお控えなさい。私が勇者様の妻となるのは、十年前の約束で決まっているのですよ」


「お姉さまは、お耳がついてらっしゃらないの? いま勇者様がおっしゃったのよ、姫ならどちらでも良いと。ねえ、勇者さまぁ」


 ソニアが甘えるようにクリーヴランドを見た。


「ああ、その通りだ」


「ね?」


「いい加減にして。ランドールとの婚約を一方的に破棄するつもり?」


「いい加減にしてはこっちの台詞よ、お姉さま。ソニアに隠れてコソコソと、二人で逢引していたくせに。ランドールも本当はお姉さまのことが好きなくせに。勇者さまとの約束があるから諦めて、お父さまの命令で渋々ソニアと婚約したくせに。二人ともひどいわ」


「何を言うのソニア、いい加減にして」


「二人とも落ち着きなさい」


 国王が一喝し、娘たちを黙らせた。


「ねえ、置いてけぼりなんだけど」と言ったのは勇者だ。


「要するに、二人とも私と結婚したいということかな? 美しい姫君に取り合われるなんて、勇者冥利に尽きるね。一つ確認したいんだけど、」


 と勇者は視線を泳がせた。


「ランドールは……どっち?」


 ランドールとイシュメルを見た。


「私です」とランドールが答えた。


「うん、良い男だ。ソニア姫がいま言ったことは本当? こっちのお姫さまと相思相愛?」


「いえ……マージェリー王太女殿下は勇者様をお慕いしています」


「ランドール自身は?」


「私は、申し上げる立場にございません」


「了解。どちらをお嫁さんにもらうかは、少し考えるよ。それは置いといて、とりあえず盛大に歓迎してほしいな。ぱあーっとパーティーを開いてさ、どんちゃん騒ぎしようじゃないか」


 勇者は晴れやかに笑った。それはギスギスと緊迫していた空気を消し去る威力だった。

 ある日突然、曇天を晴天に変えたように。からっと晴れた青空のように明るく、軽く、天下無敵な笑顔だった。


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