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再会


 その夜、マージェリー姫は眠れなかった。


『勇者を名乗る男が訪ねてきた』


 国王の言葉は、記憶の中の勇者を呼び覚ました。


『行ってきます、マージェリー姫』


 ハッキリとマージェリーの名を呼んだ。猛々しい声ではなかった。そっと花を摘むような、どこか哀しげで、静かな覚悟を持った声だった。

 十歳のマージェリーから見て、「お兄さん」という感じだった勇者は、二十歳くらいだったのだろう。


 勇者一行が王都へ来る前から、その活躍ぶりは風に乗って飛んできた。


「勇者ってなに?」


 マージェリーは素朴な疑問を教育係に尋ねた。みな当たり前のように「勇者」と呼ぶが、その定義がいまいち分からなかった。

 剣士でも騎士でも魔法戦士でもなく、勇者とは。


「魔王を討つことができる、英雄のことです。勇気ある者、という意味で『勇者』なのですよ」と教育係は言った。


 勇気、とマージェリーは小さく復唱した。


 なるほど、恐ろしい魔王に立ち向かうには、おびただしい量の勇気が必要だ。

 しかし勇者のパーティーには、剣士と魔法戦士と回復士もいて、彼らも勇気ある魔王討伐隊だ。

 なのに勇者一人だけが勇者なんて変なの、と思った。隊のリーダーだけが名乗れる、名誉職なのかもしれないとも考えた。

 素朴な疑問に真剣に頭を使った、子ども時代が懐かしい。


 そうだ、『魔王討伐隊』には勇者の他に剣士と魔法戦士と回復士がいたはずだ。

 戻ってきたのは勇者一人なんだろうか。他の仲間は?


 あのときの勇者様は、どう変わっているのだろう。ワクワクするような、ハラハラするような、生まれて初めての気持ちにマージェリーは昂ぶっていた。


 それもそうだ。戻ってきた勇者が本物なら、マージェリーを取り巻く環境は一変する。

 父は勇者に王位を譲り、マージェリーは勇者の妻となるのだ。

 新国王となる勇者が、伴侶となる勇者が、どんな人間か気になって当然だ。


 この三年間で勇者を名乗る者は何人か現れたが、どれも「本物ではなかった」と事後報告を受けたのみで、『照合』の立ち合いを求められたのは今回が初めてだ。


 それだけ今回の名乗りには信憑性があるということだろうか。

 これまでの者は明らかに風貌が違っていたり、『照合』が何たるかも知らなかったらしい。

 翌朝、迎えに来たイシュメルと共に、マージェリーは広間へ向かった。


 国王の血縁者が両脇を固めた中央に、国王が立ち、そこへ導く道を作るようにして、護衛の側近と長老たちがずらりと並んだ。


 午前十時を告げる鐘が鳴り、国王の合図で両開きの扉が左右に開かれた。

 城のお抱え魔術師が、分厚い呪文書を抱えて入ってきた。

 その後ろから歩いてくる男に、皆の視線は釘付けになった。


 あれが勇者……マージェリーもじっと見た。

 白シャツに黒ズボンに黒いブーツ。どれも真新しく見えるのは、城で新品を支給されたのかもしれない。


 こざっぱりとして清潔な印象の若者は、皆の想像と違っていた。

 黒髪なのは合っている。ただ圧倒的に欠けているものがあった。片腕がない。しかも左腕が。

 皆が注目するなか、勇者は国王の前まで来て、魔術師と横並び、一本進み出てから片膝をついた。


「ただいま戻りました。魔王討伐隊の隊長、クリーヴランド・フィッツロイです。魔王を倒しました」


 聞き覚えのない名前だった。

 勇者と呼んでいた男にも名前があったのだ。当たり前のことに、マージェリーは今さら気づいた。


「ご苦労だった、クリーヴランド・フィッツロイ。我らが任命した勇者であることを確認するため、印の照合を行う」


 クリーヴランドが顔を上げた。


「左腕の、上腕に授けた印があるはずだ」


「国王陛下、私の左腕は見ての通りですが」


「ギリギリ残っている部分かもしれん。すまぬが見せてもらおう」


 国王の目配せを受け、側近の一人が手を差し伸べ、勇者を立たせた。

 そして、「失礼いたします」といってシャツのボタンに手をかけようとした。


「いやいや、ちょっと待ってよ」


 クリーヴランドが抗議した。


「そんなことしなくても分かるでしょ。名前、覚えてるでしょ? 顔は? この顔、見覚えあるでしょ。全然変わってないんだけどな。王様はちょっと老けたね」


「なっ、貴様無礼だぞっ」

「こんな若造が勇者であるわけないっ」


 国王の側近が口々に叫んだ。


「ほらこの流れも一緒。たたっ斬ってやる、だっけ。斬っちゃうんだ、世界を救った勇者様を」


 クリーヴランドは小首を傾げて、挑発的な笑みを浮かべた。


「そなたの言うとおりだ。私はすっかり年老いた。そなたを送り出したあと、我が国は我が国で苦労した。王妃は亡くなり、決して忘れぬと思っていた勇者の顔も名前も、今となってはあやふやなのだ。授けた印があるゆえ、他のことは軽んじてしまった。『照合』の魔法を過信してしまったようだな、すまぬ……」


 国王の謝罪にクリーヴランドは目をしばたかせたあと、表情を和らげた。


「分かりました。どうぞ『照合』してください。でもあまり期待しないでくださいね。肩のすぐ下から、スッパリいっちゃってますから」


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