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王都外れの一軒家

 王都の外れにポツンとある一軒家は、小ぢんまりとしているが、借り上げたときに美装屋を入れたので小綺麗だった。

 キャリスタは慎重に鍵を開け、偽勇者を招き入れた。


「どうぞ中へ。もうじき食事が届きます」


 検問所に行く前に寄った城下町の仕出し屋で、とにかくなんでもいいから至急にと、料理と酒の配達を頼んできた。一時間以内には届くはずだ。


 場をもたせるため、キャリスタは苦手ながら偽勇者へ色々話しかけることにした。


 ふと勇者を見てギョッとした。

 大きなマントを羽織っていたため気づかなかったが、それを脱いだ姿に目を奪われた。


 片腕が………ない。

 目の錯覚かと思い、二度見してしまった。左腕がない。服で見えにくいが、見えている部分がさっぱりない。


「あ、あの、その……」


「腕? 魔王との死闘で一本失くしたんだ。選ばれし勇者も、さすがに無傷では済まなかったってことさ」


 他人事のように話す偽勇者に、キャリスタは返答に詰まった。

 その代わり、ハッと気づいたことがあった。


「印は。国王陛下が魔王討伐隊にお授けになったという印は、左腕です。腕はどこからないんですか」


「肩のすぐ下からスッパリ。見たい?」


「いえ」


 キャリスタは首を横に振った。そして考えた。どちみちこの勇者は偽者で、腕が丸々あったところで、本物の印はない。

 もし本物の勇者だとしても、印を授けられた腕を失くしてしまっては、証明ができない。


「あの、申し上げにくいのですが、諦めたほうがいいです。あなた様が本物の勇者であると証明するには、印の『照合』が必要です。でもあなたには左腕がないので、『照合』のしようがありません。お城へ行っても無駄です」


 このまま諦めて引き返すなら、見逃してやろうという気持ちに、キャリスタはなっていた。

 本物だろうが偽者だろうが、勇者と名乗り出ようとする者は全員殺せというのがソニアの命令だが、男が片腕なのを見て、憐れに思った。


 腕が片方ない体に同情すると同時に、見てはいけない穢らわしいもの、という感じがして、嫌悪した。

 とっとと視界から消えてほしいという思いが強まり、キャリスタは捲し立てた。


「本物の勇者だと認められないと、処罰されてしまうのですよ。さあ早く、出て行ってください」


 片腕の男は目を丸くした。


「私は勇者だよ、本物の。印なんてなくても、顔を見れば分かるよ。大事な約束を交わした相手を、たった十年で忘れるなんてあり得ない。左腕を失くした以外、私の見た目は変わっていないし、王様はそんなにもうろくする年じゃないよねえ」


 男の言い草にキャリスタは唖然とした。

 なんて無礼で、なんて大ウソつき。性根が腐っている。せっかく憐れんで、情けをかけてやったのに!


「ん、外から馬車の音がする。料理が届いたようだ。受け取りに出たらどう?」


 キャリスタの怒りは沸点に達した。

 何なのコイツ、腹立つ。偽者の大ウソつきのくせして偉そうに。私は正真正銘の貴族なのよ。

 いいわ、お望みどおり殺してやるわ!


 城下町にある庶民的な仕出し屋は、キャリスタの予想を上回る優秀さで、超特急で料理と酒を持ってきた。

 一人では食べ切れないほどのご馳走が次々に運びこまれた。

 食卓に並んだそれらに、偽勇者は歓喜の声を上げた。


「うわあ、美味しそう! 全部食べていいの?」


「はい」


 ニコニコ顔でキャリスタが頷いた。


「お酒もありますよ」


「いただきます、の前に。手を洗わなきゃ。顔も洗いたいな。砂ぼこりまみれで」


「あちらに手洗い場が。たらいと水がめの水をお使いください」


「ありがとう。用意がいいね」


 偽勇者が向こうへ行った隙に、キャリスタは用意していた睡眠薬を取り出して、酒瓶に混ぜ入れた。


「珍しいお酒だね」


 少し小綺麗になって戻ってきた偽勇者が、酒瓶に目をとめた。細工をしたばかりだったので、キャリスタは思わずギクッとした。


「えっ、ええ。大麦を発酵させて作った、新しい種類のお酒なんですよ。肉料理に合います、ぜひお飲みになってください」


「いいね。でも一人で飲み食いするのも味気ないな。あなたも一緒にどう?」


「いっ、いいえ! 私は仕事中の身ですので。勇者様、どうぞ遠慮なく。ググッと」


 グラスになみなみと酒を注いだ。


「ありがとう。でも先に胃に何か入れてから飲まないと、悪酔いしちゃうから」


 人類最強のはずの勇者が、なんと軟弱なことを言うのだと、キャリスタは鼻でわらった。


 間近で見ると、男はますます勇者っぽくなかった。

 顔を洗うまで薄汚れていて分からなかったが、肌の極めが細かく、まるで十代の乙女のような艶だ。目鼻立ちは地味で華はないが、上品に整っている。

 アーモンド型の目が優しげなため、優しそうに見えるが、よく見ると唇と耳たぶが薄くて、情が薄そうだ。いや、幸が薄そうと言うべきか。


「初めて飲んらけど、うまい酒だなゃあ。どんろんいける」


 頬をピンク色に染め、呂律が怪しくなってきた男が、にへらぁと笑った。


「こんらに酔わして、どうすりゅつもりぃ」



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