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検問所にて

 キャリスタは枯れ葉色のローブをまとい、変装して見張り小屋へ駆けつけた。

 賄賂で買収していた小隊長が、見張り台に設置してある望遠鏡をキャリスタに覗かせた。


「あっちの方角です。冒険者風情の男が一人、歩いてこっちへ向かってきます。いくら魔族がいなくなったといえ、外には魔物がいますから。馬にも乗らず一人旅とは、命知らずの馬鹿か、それなりに腕の立つ者かと。まあ、近くまで誰かと一緒だったのかもしれませんが……」


「ありがとう、良い働きをしてくれたわ。上へ報告するわ。この件はこれで終了、他言無用よ。仕事へ戻ってちょうだい」


 キャリスタは努めて冷静に振る舞い、小隊長へ袖の下をつかませた。臨時収入に小隊長は顔をほころばせ、通常任務に戻って行った。


 キャリスタの胸は早鐘のように脈打っていた。

 どうしよう、あれは本当に勇者なのだろうか。十年も経って、今さらノコノコと?

 望遠鏡を通して見た感じ、大した武装はしていないし、これぞ英雄という華もない。

 しかし小隊長の言うように、魔物の出る場所を一人旅してきた時点で、きっと只者ではない。


 キャリスタはトンボ返りで城へ戻り、ソニアへ報告した。

 ソニアは金切り声を上げた。


「ならとっとと行って、そいつを始末してきて! 手筈は整っているんでしょ。経過報告なんていらないわ。始末したっていう報告だけ、早く持って帰ってきて」


 追い出されるように部屋を出て、キャリスタはまた変装をした。今度は、城からのきちんとした使者に見えるように。ただしあまり目立たないように。


 外から王都へ入る者は、検問所で長時間の足止めを食らうため、今から慌てて用意して向かっても、間に合うはずだ。


 ソニアの言うとおり、手筈は整っている。

 王都の外れにポツンとある空き家を借りてある。

 そこへ案内して、「お城へ行く前にまずは一休みを」「食事とお酒を」と勧めるのだ。食事と酒は、いつでもすぐに配達できる店を見つけて、話をつけてある。

 勇者をいい気分にさせて、睡眠薬入りの酒を飲ませて寝かせたあとは、金で雇った殺し屋を手引きするだけだ。

 雇った殺し屋は、殺害理由や殺害対象には関心がなく、ただ言われたとおりに殺し、綺麗さっぱり死体の後始末もしてくれるそうだ。


 辻馬車を拾い、検問所へ向かう前に城下町へ寄って、必要な諸々の手配を済ませた。

 それから大急ぎで検問所へ向かった。


 アルケハイム国の王都は巨大な防御壁に囲まれている。昔は出入り口も固く閉ざされ、門兵に厳重に守られていた。

 その頃に比べればずいぶん緩く、開かれた都になったが、検問所が設けられた。過剰な武装をしていないか、妙なものを持っていないか、犯罪手配者ではないか、などを確認する。

 平和になったからこそ、悠長なチェックをする余裕が生まれたとも言える。


 行列の最後尾から数えて数人のところに、望遠鏡で見た男が並んでいた。

 キャリスタはまずは遠巻きに観察した。砂色のマントに革の防具、編み上げのブーツを履いて、背嚢を背負っている。黒髪。

 間違いない、この男だ。


 周囲はパーティーを組んだ旅行者や、荷物運びの馬車や行商人の一団だが、男はやはり一人だった。

 

 勇者にしては若いな、とキャリスタは思った。二十代半ばくらいか。人違いならそれでいいし、そのほうがいい。


「あのう……」


 意を決して声をかけた。周りのざわめきが大きく、かき消されそうな細い声だったが、男はすっとキャリスタのほうを見た。

 黒曜石のような瞳に瞬時に捉えられ、呼びかけたキャリスタのほうがビクッとしてしまった。

 

「何でしょう?」


「恐れ入りますが、ひょっとして、勇者さまではないでしょうか」


 あああ、聞いてしまった。もう後には引き下がれない。


「いかにも、私が勇者です」


 男は平然と答えた。

 ウソでしょう、とキャリスタは聞いておきながら全力で否定したかった。

 特別な華もオーラも感じない、普通に行列に紛れてしまう、こんな平凡な者が。世界を救った勇者? 


「本当に?」

「はい」


 久しぶりに出現した偽者だろう。不届き者は罰せよとのソニアの声が、キャリスタの脳裏に響いた。


「では、検問は飛ばして結構です。私がご案内しますので、ついてきてください」


「良かった、並ぶの嫌いなんだよね。あなた、偉い人?」


 自称勇者のくだけた口調にキャリスタはムッとしたが、平静を保った。


「王族の使いです。この証を見せれば、検問所はすぐに通れます」


 そういってキャリスタが懐からさっと取り出して見せたのは、本物の証だった。何しろキャリスタは本物の王族の使いだ。


 その証を使って検問所を通り抜けると、キャリスタは偽勇者を案内した。王都の外れにポツンとある一軒家へ。


「国王陛下にお会いする手続きをする間、こちらで一休みなさってください。お城まではまだまだ遠いですから、腹ごしらえをお済ませください。もうすぐ温かい食事が届きます」


 キャリスタは精いっぱいのニコニコ顔で言った。

 偽勇者もニコッと笑った。


「ありがとう。気が利くね」


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