第三部 四章 公爵三家(VI)
翌日。
昨日の食堂のことがあってか、朝食は俺たちとリアナで食べれるように調整してくれたらしい。いつもとは違う場所で三人で朝食を食べている。
「なんか三人でご飯を食べるのって久しぶりだね」
「そうね、学院の昼休み以来かしら?」
「てことはもう一カ月も前になるのか。そう考えると夏季休暇って長いな。できれば楽しい思い出のままで終わってほしかった」
「そうだねぇ、最後に余計なのが来ちゃったからね」
「アンタたち、本当に公爵家に対する嫌悪感が凄いわね」
リアナがかなり引いている。だが仕方ないだろ、俺たちを炉端の石とまで言った家なんだから。
それからも俺たちがどれだけエレクトリス家が嫌いかを話しながら朝食を食べ、食後の紅茶を飲んでいる時に、
「ねえ、二人はエレクトリス家とテンペスタ家の娘二人と戦うの、怖くないの?」
「怖くないよ」
「怖くないな」
俺とミルティアーナが同時に答える。
「どうして?」
「俺とミルティアーナがいて負けるわけがないからだ」
「そうだね、姉弟で一緒に戦って負けるところは想像できないかなぁ」
俺たちがそう答えると、リアナは椅子に背を預け、
「アンタたちはそういう人間だったわね」
と小さく笑うのだった。
そして食後。
模擬戦のため、鍛錬場に足を運ぶ。鍛錬場には既に公爵三家が揃っていて、戦う相手はやる気満々でこちらを睨み付けている。
「貴族を待たせるとは、これだから孤児は嫌いなんだ……」
エレクトリス家の当主がなんか言ってるが無視だ。
そのまま鍛錬場の中央付近に行くと、公爵二家の娘が近づいてくる。
「テトラ・エレクトリスです。その、父が御迷惑をおかけして申し訳ありません」
これは意外だった。エレクトリス家の人間は全員クズだと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。
「ああ、まったくだ。勝手に身請けさせられそうになった時はあの首を刎ねようかと思った」
「父は焦ってるんです、公爵三家の中で我がエレクトリス家だけが今代の精霊使いを輩出できなかったから……」
「なるほど。それで炉端の石を身請けしようとしたわけか」
炉端の石、と言ったらテトラが哀しそうな顔をする。
「やっぱり、父がかつて孤児をそのように言ったことは有名なんですか?」
「そうだな、多分孤児院出身の人間で知らない人は少ないんじゃないか?」
「そうですか……。できれば私たちの代でその印象を払拭できたらいいのですが……」
どうやら本当に娘はまともらしい。どうしてあの父でこの娘が育つんだ? 不思議で仕方がない。
と、その時もう一人、テンペスタ家の娘が口を開く。
「私は孤児とかどうでもいいけど特別依頼を勝手に横取りされたことには腹が立ってるんだけど?」
「特別依頼は学院長が勝手に押しつけているだけだ。俺たちが受けたくて受けているわけじゃない」
「ならなんで断らなかったんだよ」
「断る理由が無かったからだ」
「ちっ。気に喰わねえ。模擬戦ではボコボコにしてやるよ、五体満足で学院に帰れると思うなよ?」
そう言ってテンペスタ家の娘は名乗りもせずに模擬戦の開始位置まで歩いて行ってしまった。
どうしてあの理性的な父からこんな娘が育つんだか……。
テンペスタ家の娘の後を追ってテトラも模擬戦の開始位置まで歩いて行ってしまった。なので俺たちも模擬戦の開始位置まで歩く。
「テンペスタ家の娘、印象最悪だね」
「だな、思いっきり泣かしてやれ」
「任せて、精霊使いにとって一番残酷なことをしてやるから!」
ミルティアーナがとてもいい笑顔をしている。これはかなり怒ってらっしゃる。
そして俺たちも模擬戦の開始位置に着く。
模擬戦の立ち合いはシルフィアがしてくれるらしい。
「ティアーナ、相手は間違えるなよ?」
「もちろんだよ、ハヤト君」
「それさえ守ればあとはどれだけ時間を掛けてもいいってことで」
「おっけー」
俺はツィエラを抜剣し、ミルティアーナは霊装顕現を召喚する。相手も霊装顕現を召喚する者と武器を構える者、それぞれが己の武器を手に取った。
「それでは、模擬戦開始!」
シルフィアの号令が響く。
その瞬間、俺は身体強化を施して少しずつ前に出る。ミルティアーナは開始位置から動かずにテンペスタ家の娘を狙い撃ちして遊ぶようだ。
そして相手もこちらがどういう組み合わせを想定しているかを理解したらしく、自ずとそれぞれ一対一の状況になった。
正面からはテトラが走ってきている周囲に風を纏っていることから、テトラの武器の魔術刻印は風系統の魔術なのだろう。
エレクトリス家なのに雷ではなくて風なのか……。
風系統ならありがたい、纏っている風だけでも霊威を吸収できるからある意味一番やりやすい相手だ。このまま引き付けて霊威を吸収しきってから武器を破壊して勝負を終わらせよう。
そう考えてテトラに接近し、最初の斬り合いが始まった。テトラの武器は短剣にしては長く、剣というには短い。いわゆるショートソードというやつだろうか。だからある程度は間合いが広い。初撃を打ち合った感じ、かなり身体強化に霊威を回しているのだろうと感じる力具合だった。霊威の総量もそれなりにあるらしい。流石は公爵家といったところか。
二度、三度と剣で斬り結び、力量を把握しながら霊威を吸収していく。
そして四度目の斬り合いで鍔迫り合いになり、
「ハヤトさん、お強いんですね」
「そういうテトラさんも、随分と霊威が豊富なようで」
「まあ、これでも公爵家の人間ですから」
そう言って俺たちはお互いに剣を引き、次の剣戟に備えて身体強化に回す霊威を増やした。
ちらりとミルティアーナの状況を確認すると、ミルティアーナは余裕らしく、相手
は手も足も出ていない。完全にミルティアーナが遊んでいる状態だ。
ならミルティアーナは心配しなくていいだろう。俺は俺でこの一瞬で距離を詰めてきたテトラの剣を受け止めて霊威の吸収を続ける。
ぶっちゃけエレクトリス家は嫌いだが、テトラには悪印象はない。だから武器破壊まではしなくてもいいかな、とは考えたが、よく考えると武器の購入費と魔術刻印の刻印費用が結構高かったはずだ。エレクトリス家の当主に対する嫌がらせだと思って武器破壊はしておくか。
そんなことを考えながら、テトラの突きを上に弾いて攻守を交代する。今度は俺がテトラに上段から斬りかかり、それをテトラが右足を下げて躱し、そのままツィエラを切り上げて回避しにくい場所へ斬り上げる。それにテトラはショートソードで防御し、霊威がさらに吸い取られる。
霊威の吸収量をいつもより多めにしているため、テトラは既に息が上がり始めている。だが、そんなことはお構いなしに俺はどんどんテトラを攻めたてる。そして自分の不利を悟ったらしいテトラが、一気に跳躍して距離を取った。
そして距離が開いているのに剣を突き出し、
「風槍!」
刻印魔術で攻める戦法に切り替えてきた。大きな風が螺旋を描きながら迫ってくる。それを俺はツィエラで斬り払い、霊威を吸収してかき消してみせた。そして、
「霊威解放・散」
霊威の散弾でお返しをする。
広範囲に散らばった霊威の散弾を、テトラは回避しようと必死になっているが、いくつか被弾して後方に吹き飛ばされてしまった。
しまった、加減を間違えたか……。せめてダウンしていないことを祈る。まだ武器破壊もしていないからな。
すると、その願いが届いたのかテトラは立ち上がり、今度は距離を詰めてきた。おそらくさっきの霊威の散弾を受けて、近距離より遠距離の方が危険だと判断したのだろう。
近距離で戦う分には構わないので俺も距離を詰めてお互いに剣を斬り結び合う。そして霊威を少しずつ吸収していく。
そろそろテトラの霊威が枯渇し始める頃合いか、と思ってテトラに鍔迫り合いを仕掛けると、既に息が荒く、意識も朦朧とし始めているらしかった。
本人も困惑しているらしく、いつもより霊威の消耗が激しい理由を探しているのだろう。周囲に纏っていた風は既に消え、本人の身体強化も先程より効果が低くなっている。
──潮時だな。
そう思って、俺は一歩後ろに下がり、
「霊威解放・斬」
霊威の斬撃を纏わせたツィエラで、テトラのショートソードを叩き斬った。
そして、俺とテトラの勝負は終わった。
そのままミルティアーナを見ると、ちょうどミルティアーナも勝負を決めに掛かっているところで、魅了の矢を放ち、相手は霊装顕現で矢を防いでしまった。ああ、あの精霊使い、終わったな。矢を放ち終えたミルティアーナが笑顔で言う。
「霊装顕現を解除して実体化してくれるかな?」
するとテンペスタ家の娘の霊装顕現が解除され、全身が風と水でできているような精霊が現れる。頭部があの水の玉なのだろうか? そこを中心に風が渦巻いている。
そしてミルティアーナが、
「あの子との精霊契約、破棄して」
精霊使いにとって最も残酷な判決を下した。
その瞬間、テンペスタ家の娘の左手の甲にあった精霊刻印が音を立てて割れ、精霊契約が無効化された。そして契約していた精霊に、
「じゃあ精霊界に帰っていいよ」
と告げてミルティアーナは精霊を精霊界に帰してしまう。
これで、テンペスタ家の娘は精霊を失い、精霊使いではなくなってしまった。しかも公爵家となると、精霊は代々受け継がれてきたはずで、その精霊を失い、精霊界に逃がしてしまったのだ。これほど屈辱的で、テンペスタ家にとって痛手になるようなことはない。
テンペスタ家の娘は、精霊の名を呼びながら、泣いていた。
「そ、そこまで! 勝者、ハヤト、ミルティアーナ」
シルフィアの号令が響き模擬戦が終了する。
こうして、俺たちは危なげなく相手を倒して勝利することができた。
俺はミルティアーナのもとへ歩き、
「お疲れ、ティアーナ」
「ハヤト君もお疲れ様。霊威は一杯吸収できた?」
「ああ、おかげでツィエラの機嫌もいい」
そんな話をしながらローゼンハイツ家当主のもとへ向かって歩き始めた。
「ハヤト君にミルティアーナ嬢、やり過ぎではないかね?」
「テトラ嬢には手心を加えましたが?」
「テンペスタ家の娘は名乗りもしなかったのでちょっと泣かせてやりました」
「いや、武器破壊に代々公爵家と契約してきた精霊との契約破棄はやりすぎだろう……」
ローゼンハイツ家当主が頭を抱えている。テンペスタ家の娘は未だに泣き続け、エレクトリス家は当主が娘にキレ散らかしている。控えめにいってこれが公爵家か、と思うような醜態だった。
そんな中ミルティアーナ、
「とりあえず模擬戦には買ったのでエレクトリス家とテンペスタ家には即刻出て行って貰います。そういう約束ですからね」
ローゼンハイツ家当主にそう言って無理矢理動かしている。
そしてミルティアーナの力業で本当に公爵二家を帰してしまった。
「ふう、これで一件落着だね!」
ミルティアーナはとても爽やかな笑みを浮かべていた。
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