第三部 三章帝国騎士との模擬戦、その実力差(VI)
「リアナは、学院では上手く馴染めているだろうか?」
「いや、全然浮いてますよ? 話し相手も俺とミルティアーナしかいないし」
「やはり浮いていたか。あれで人見知りするところがあるからな」
「人見知りねぇ……とてもそんなふうには見えませんけど」
「それだけ君が話しやすかったのだろう」
シルフィアがそう言いながら紅茶を口にする。流石は貴族、紅茶を飲む姿も優雅だ。
それから俺とシルフィアは、学院でのリアナについて話をした。リアナと特別依頼に行ったこと、リアナを置いていかないといけない特別依頼があったこと、前期試験に向けて大乱炎舞を覚えさせた話など、リアナについて話に花を咲かせていた。
すると、
「あら? ハヤトと姉さまじゃない。珍しい組み合わせね、何してるの?」
リアナがやってきた。だが、昨日のこともあって俺はリアナを直視できない。
「リアナか、何、妹が連れてきた男に興味が湧いてな、少し話をしていたところだ」
「連れてきた男って……ただのクラスメイトよ?」
「それにしては随分と世話になっているらしいじゃないか? 学院でも話相手は二人だけなのだろう?」
「え? 姉さま、それは一体どこで知ったの……?」
リアナが驚いたように言う。そしてシルフィアが俺を見る。シルフィアの首の動きにつられてリアナも俺を見ると、少し顔を赤くしながら、
「アンタが話したのね……」
と半眼になって睨んでくる。
「まあ、聞かれたからな。俺としては秘密にしておく理由はないし」
「あたしのことは姉さまにも話さなくていいわよ」
「悪いな、もう大体話し終わったところだ」
「……何を話したの?」
「さあ?」
俺はそっぽを向いてリアナの質問に答えなかった。すると、
「ちょっとハヤト、アンタ本当に何を話したのよ! まさか変なこと言ってないでしょうね?」
「変なこととは?」
「それは、その……」
「ほう? 変なこととはなんだ? 私も気になるな」
「あ、姉さまは気にしなくていいの、本当にたいしたことじゃないから」
そう言ってリアナはシルフィアには笑顔を向け、俺には怒った顔を向けてくる。
その姿を見て、器用な奴だな、なんて感想が出てくる。
そしてリアナもテーブル席に座り、俺の側に椅子を近づけてくる。
「ここから先はハヤトが変なことを言わないように、あたしも座るわ」
「変なことが何か分からないな」
「大丈夫よハヤト、その時はアンタの口を塞いであげるから」
「どうやって?」
「手で鷲掴みにしてあげるわ」
リアナ、それは貴族の思考じゃないぞ……。
そんな俺たちのやり取りを見て、シルフィアは笑っていた。
「二人は随分と仲が良いのだな」
「まあ学院の中では一緒にいる時間が長いので」
「あたしがハヤトに毎日座学を教えてあげてるの、ハヤトってば実技はできても座学は全くできなかったんだから」
「昼食もテーブル席が隣だから俺の席で一緒に昼食を食べたりもしてるな」
「そうね、ハヤトが編入してきてから最初の一か月はずっと二人で食べてたわね」
そんな当時のことを思い出しながら語る。そしてそのやり取りを見ていたシルフィアが、
「昼食を一緒に食べているのか? なら学院の風説を知らないのか」
「風説? 何それ、姉さまの時はそんなのがあったの?」
「ああ、同じテーブル席で食事をしている男女は付き合っているという風説があったな」
「んなっ⁉」
リアナが急に顔を赤くして驚いた顔をする。
俺も学院に編入してしばらく経つが、そんな風説は聞いたことが無いな。しかし去年まではあったということは今年になって急に風説が消えたわけでもないだろうから、多分俺たちが知らないだけなんだろうな。
もしかしたら周囲の学院生の視線はそういう意味で向けられていたのかもしれない。
「それじゃあいつも感じてた周囲の視線はその風説に踊らされていたからなのかもしれないな」
「だからいつも視線を感じていたのね、ミルティアーナが来てからはさらに凄かったけど」
「だな、だとすると俺は二股かけてる馬鹿だと思われてるのか」
「大半の学院生からしたらそうなのかもね。アンタたちが姉弟って知ってる学院生の方が少ないだろうし」
だよなぁ、と俺は溜息を吐く。
「俺たちは他の学院生との関わりがないからそういった話は全く入ってこないな」
「そうね、もうちょっと交友の輪を広げるべきかしら?」
「リアナには無理だろ、俺が編入してきた時から浮いてたくせに」
「浮いてないわよっ! アンタのせいで浮いたのよ!」
「そうだっけ、むっつ──」
その瞬間、リアナが俺の口を鷲掴みにして塞ぐ。
「余計なこと言おうとしたら口を塞ぐって言ったわよね?」
これが余計なことだとは思わないが、とりあえず苦しいからリアナの腕をタップして離すように意思表示する。
「ぷはっ、リアナ、お前自分の趣味を姉に隠しているのか?」
「なんのことかしら?」
「いや、あれだよ、リアナの部屋にある──」
「な・ん・の・こ・と・か・し・ら?」
「……鬼気迫る物言いだな。そんなにばれたくないのか」
このお嬢様、自分の趣味についてはどうしてもばらされたくないらしい。
「リアナの部屋には私にも言えない物があるのか?」
「あたしだって姉さまに言えないことの一つや二つはあるわよ」
「だがその男はそれを知っていると?」
「勝手にあたしの部屋を探ったから知ってるのよ」
「ほう? リアナ、お前は女子寮の自分の部屋に男を連れ込んでいるのか」
リアナが失言をする。さあ、ここからどこまでボロがでるのか楽しみだ。
「え? あ、その、それは……ハヤトの編入手続きがまだ終わってなかった時にね、ちょっと夕食を御馳走してあげたことがあって」
「ほう、編入とのことだったが、そんなに急な話だったのか?」
「まああたしがハヤトを学院に連れて行ったのがきっかけで、学院長室でその場で決まったらしいから、急といえば急ね」
「その場で決まったらしい、とは、その場にリアナはいなかったのか?」
「学院長から退室しろって言われたからあたしはその場にはいなかったわ。でもその後にハヤトとあったら学院に通うことになったって言われたから、その場で決まったんでしょ」
「ああ、確かにその場で決まったな。そしてその日のうちに俺の寮の部屋が用意された」
よくよく考えればあんな急に決まる編入なんてあるのか?
いや、ないだろう。ふつうはもっと調整を重ねて慎重に編入手続きを行うはずだ。だが相手が俺だったからそれほどまでに急いだのだろう。俺の気が変わって逃げないように。
「まあそれからもリアナの部屋には何度も行ってるし、リアナも俺の部屋には何度も来てるからお互い様だろ」
「……お互いの部屋を何度も尋ねる仲なのか? それは恋仲とかではなく?」
「姉さま、断じてあたしとハヤトは恋仲ではないわ! 大体こんな嫌味ったらしい男のどこを好きになればいいのよ」
「あれ、リアナ。なんか昨日と言ってるこ──」
がしっ。
リアナに再度口を鷲掴みにされた。
「余計なことは言わなくていいって言ったわよね?」
リアナは頬を紅潮させながら言う。昨日あれだけ大声で叫んでおきながら、まだ恥じらいが残っていたのか。
そして口が解放されると、
「次余計なことを言ったら灰にするから」
「俺を灰にするにはまだ百年早いし、そもそもそんなことができるのか? 俺死ぬぞ?」
そう言うとリアナは反論できないらしく、いつものようにぐぬぬ、と唸っている。すると、
「二人を見ているとまるで夫婦のように思えるな」
シルフィアが突然そんなことを言いだす。
「ちょっ、姉さま、どこが夫婦に見えるのよ!」
「いや、あまりにも仲が良すぎるというか、リアナが上手く操縦されていると思ってな」
「あたしが、操縦……されてる?」
「ああ、リアナとの付き合い方をよく理解している。良かったな、良い理解者を見つけられて」
シルフィアにそう言われてリアナは再度頬を赤らめながら、
「別に、そんなのじゃないわよ……」
と小声で反論することしかできない。
「ところで、他に面白い話はないのか?」
「リアナが特別依頼に置いて行かれて不貞腐れてチームを抜けるって言いだした話でもしましょうか?」
「特別依頼に置いて行かれた?」
「ええ、前期の間に俺たちのチームには二度、特別依頼を受けています。しかし二度目はリアナを連れて行く許可が学院長から降りなかった。だからリアナを置いて俺とミルティアーナと帝国の諜報部隊で特別依頼に向かったんです」
そう、あの時の地龍と双龍の話だ。ジェミドラゴ、今思い出しても厄介な相手だったな。
「ハヤト、次は灰にするって言ったわよね?」
そう言ってリアナが俺の口を塞ぎにかかるが、
「その話、詳しく聞かせて欲しい」
シルフィアによって詳しく話す必要が出てきた。これではリアナも口を塞げまい。
「何故学院の学院生が帝国の諜報部隊と共に特別依頼を受けているのか、それが気になってな」
「先日、リーゼンガルド帝国とサクロム神聖国の国境線沿いの森に地龍が出現した話は知っていますか?」
「ああ、第六騎士団が討伐に向かって隊長を失い、騎士もかなりの数を失ったと聞いている」
「その地龍の討伐が特別依頼として学院に回ってきたんですよ、それを俺たちのチームが受けることになった。しかし、当時のリアナは大乱炎舞が使える訳でもなく、霊装顕現ができるわけでもなかった。だから学院長に置いて行けと言われたんです」
リアナは当時のことが今でも不満なのか、仏頂面をしている。
「なるほど、それで帝国騎士百人より強いと言われる君とミルティアーナ嬢が地龍の討伐に行ったのか。そしてリアナは足手まといになるから置いて行かれたと」
帝国騎士百人より俺たちの方が強いってどこで知ったんだ?
リアナから事前に説明されていたのだろうか?
「その結果、地龍の討伐後、双龍ジェミドラゴが突如出現、そちらの討伐もして学院に帰ったというだけの話ですよ」
「なるほど、それで城に龍種の素材が運び込まれていたのか……」
「そして学院に帰還後、学院長に報告をしてからリアナに会いに行ったらチームを抜けるとか言い出したから機嫌をとるのに苦労しました、あれは生涯忘れることはないでしょうね」
「ほう、リアナの拗ね方はそんなに凄かったか」
いや、拗ね方というよりその対処法が凄かったんだが……流石にこれは言えない。ここで言って不敬罪にでもなったら流石に困る。ここは学院ではないからな。
「そのあたりは当の本人であるリアナから聞いてください、俺は生涯、あの時のリアナの顔を忘れることはないでしょう、とだけ言っておきます」
「だ、そうだが? リアナ、どんな拗ね方をしたんだ?」
話を聞いていたリアナは先程以上に頬を紅潮させ、俺を睨みながら、
「も、黙秘権を行使します……」
とか細く声にするのだった。
「ふふっ、そうか、黙秘か。まあいい、夏季休暇はまだあるのだ、いつでも聞く機会はあるだろう」
「ええ、たっぷりと聞いてあげてください。リアナもきっと喜びますよ」
「は、ハヤトぉ……っ!」
リアナが睨んでいるがもう言いたいことは言った。口を塞がれても問題ない。
そしてリアナもそれが分かっているから口を塞いでくることはなかった。
そして俺はシルフィアとは話し終えたと思ったのでその場で席を立つ。
自室に戻ってツィエラと一緒に昼寝でもしよう。
「それじゃ、あとの質問は全てリアナにお願いします。きっといい反応をしてくれますよ」
「ちょっ、ハヤト! 待ちなさいってばっ!」
助けを求めるかのように叫ぶリアナを無視して、俺はそのまま自室に戻るのだった。
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