第三部 三章帝国騎士との模擬戦、その実力差(V)
ツィエラとミルティアーナもまさかこんなことになるとは思っていなかったんだろう、二人ともかなり慌てている。というかツィエラが慌てるって珍しいな。
俺はそんなことを思いながら、リアナの慟哭に思いを馳せる。
まさかリアナがそんな風に思ってるとは考えてなかった。精々学院での気の置けない友人、戦友、その程度だと思っていた。だからこのリアナの心の底からの気持ちを聞いて、どうしようもない申し訳なさと、嬉しさを感じていた。
ツィエラの言う愛しているとは、俺を育ててきた親としての言葉だと思っていた。
ミルティアーナの言う愛してるは、孤児院で一緒に育った家族として、姉弟としての言葉だと思うことがあった。
だから、赤の他人であるリアナが、初めて俺のことを好きだと言ってくれて、正直、嬉しかった。
だけど、俺はジカリウス教団のトップの暗殺者で、将来その経歴がばれる可能性がある以上、リアナの想いに答えるわけにはいかないし、俺は孤児だからリアナの想いには答えられない。
「リアナ……」
俺たちは、リアナになんて声を掛ければいいのか分からなくて誰も身動きが取れなくなっていた。
三人が沈黙する中で、リアナの小さな泣き声が部屋に響き続ける。
ツィエラとミルティアーナは、やりすぎた、と言わんばかりの顔で、それでいてリアナの鎮痛な気持ちを聞いてうつむいている。この場にいる俺たちには、リアナに対して声を掛ける資格を持っている人物がいないのだ。すると、
「……ちょっとくらい、慰めなさいよ」
リアナが泣きながらそう言う。
「慰めは逆効果になると思った」
「まあ、安易に慰めに来てたら顔ぶん殴ってたけど」
「なら、沈黙を保って正解だったな」
そう言いながら俺はベッドの、ツィエラの横に腰掛ける。そしてリアナの顔を覆っている腕を優しくどかしてリアナと目を合わせる。
リアナは感情を爆発させてしまったからか顔は赤いし涙でぐしょぐしょだし、目は充血していて大変なことになっている。
そして、そんなリアナの顔を見て、俺は、
「リアナ」
「……何よ」
「……ありがとう」
礼を言った。こんな俺を好きになってくれてありがとう。こんな俺に責任を取って欲しいとまで言ってくれてありがとう、と思いを込めて。上手く笑えてるだろうか、自分から笑顔を作ったことはないから上手く笑えているか分からないけれど、俺は精一杯の感謝を込めて、笑顔でリアナに礼を言った。
それからリアナが落ち着くのを待ち、パジャマパーティーはお開きになった。
最初と違って最後の空気は若干重たいものだったが、それでも、それぞれが自室に戻る時には元の顔に戻っていた。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみ、ハヤト君」
「おやすみなさい、ハヤト」
それぞれが自室に帰って行く。そして俺も寝るためにベッドに潜り込んだ。
「良かったわね、盛大な告白をしてもらえて」
ツィエラが言う。
「いや、盛大な告白というか二人があそこまで追い詰めるからああなったんだろ……」
「でも告白であることには変わりないじゃない、貴族に見初められるなんてやるじゃない」
「貴族に見初められても貴族とは結婚しないから意味ないんだよ」
「リアナはいい相手だと思うけど?」
「……それでも、俺みたいな奴じゃリアナには釣り合わないよ。元とはいえ、俺は暗殺者だ」
そう言って俺とツィエラは眠りにつく。今日のベッドは、リアナの匂いがしてどこか落ち着かなかった。
翌朝。
俺が目を覚ますと、いつも通りツィエラは既に起きていた。
ツィエラから水をもらって今日の予定を考える。昨日あんなことがあったからリアナも俺とは顔を合わせにくいだろう、しばらくは鍛錬はミルティアーナに任せるか。
とすると俺は俺でやることがなくてフリーになるわけだが、さて、何をしようか。
俺がそう考えていると、朝食の用意ができたらしく、メイドが呼びに来る。
メイドに連れられて食堂に行くと、ここ最近いつも一緒に食事をとるメンバーが揃っていた。その中にはもちろんリアナもいる。
ふとリアナに視線を向けると、リアナも俺を見ていたらしく、お互いの目が合い、そしてリアナが少し顔を赤らめて視線を逸らす。
やっぱり昨日までのようにはいかないか……。
それからいつものように朝食を食べ、それぞれの自室に戻る。今回もリアナの姉のシルフィアに顔を見られていたな。いい加減何故見られているのか気になるから探りを入れてみるか?
そう思いながら自室を出る。そしてローゼンハイツ邸を歩きながら何故見られているのかを考える。俺の素性を知っているから? いや、それは考えにくい。シルフィアの年齢は今年で十九歳、ジカリウス教団が壊滅した時は十五歳になる。その時の情報を集められるとは思えない。
では帝国騎士団から情報を与えられている可能性は? これはありそうだ。なんせ帝国騎士団が俺を諜報部隊ではなく帝国騎士団に入れようとしているくらいだ。なんらかの情報が出回っていてもおかしくはない。
それか単純にリアナが連れてきた男である俺が気に入らなかったのか? だとしたら俺にできることはないな。さっさと学院に帰ることにしよう。
そんなことを考えながらうろうろと彷徨っていると、庭園の見えるテラスに出た。そういえばこのローゼンハイツ邸の庭は公爵家の中でも一番きれいな庭とかリアナが言ってたっけ?
なんて思いながらテラスのテーブル席に座って庭園を眺める。
色とりどりの鮮やかな花が夏風に吹かれ、その短い体が凪いでいる。時には花弁が風に乗って舞い上がり、綺麗な庭園を幻想的な姿に変えてみせる。
そんな光景を眺めていると、
「こんなところにいるとは珍しいな」
悩みの種であるシルフィアに声を掛けられた。
「ただの気分転換ですよ」
「そうか。相席してもいいかな?」
「どうぞ」
そう言うとシルフィアが俺の正面に座り、まっすぐに俺を見てきた。
「……聞きたい事でもあるんですか?」
「何故そう思う?」
「食事の時とか、ずっと俺の顔を見てる」
「……そうだな、私はずっと君を見ていた。君が一人になるタイミングを待っていたのだ」
じゃあ食事の時に俺を見ていたのは俺を一人にさせるためだったのか。普通に呼び出せばいいのに、中々面倒なことをするな。
「それで、聞きたいこととは?」
「リアナについてだ。君は前期の途中で学院に編入したらしいな? その時のリアナの実力はどうだった?」
「精霊を実体化として召喚できる程度の霊威の制御はできるけど、中位の精霊魔術すら満足に使えない精霊使いの卵、といった感じでしたよ。それでも他の学院生より頭一つ抜けていましたけど」
「……そうか。その状態から大乱炎舞を使えるようになるまで育て上げたのか」
「霊威の制御を徹底的に鍛えましたからね」
毎日みっちりと霊威の制御を鍛えてやった前期が既に懐かしい。
「そうか。妹が苦労を掛ける」
「そうですね、出会った瞬間から苦労の連続でしたよ」
そう言って最初の出会いを思い出して俺は小さく笑う。
「ああ、初めての出会いはリアナが水死体になっていたのだったか」
「ええ、その水死体を蘇生してイグニレオをけしかけられて、懐かしい」
「それを懐かしいで済ませてしまえるのも凄いな……」
そんな話をしていると、どこからともなくメイドがやってきて、紅茶を淹れていくれる。
その紅茶を飲みながら、しばらくはリアナの姉と時間を共にするのだろうな、と覚悟するのだった。
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