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1970年代小説

骨箱

作者: 坂本梧朗

 友人の結婚式に出席しての帰り、私は新大阪駅から新幹線に乗った。目由席だ。


 ホームに出ると乗車ロごとに人の列ができていて、私は間近な短い列を選び、その後尾についた。前夜友人宅で一泊したのだが、遅くまで眠れなかったせいか、疲れがあった。


 列車が滑りこ んできた。 空席がぽつぽつと見えた。ドアが開き、列の先頭から大きな荷物を持った人々が乗りこみ始めた。席を得ようとする焦りが人々の間を流れた。私は乗ロでまごつく前の二人連れの脇をすり抜けて乗車した。


 期待はしてなかったが、周囲を見回してみた。目にとまる空席には既に人が近づいていた。私は客室の入口から少し入った通路で、三時間余り立ち通す事を観念して、足を少し開き、座席の背もたれを把んだ。


 列車が動き始めた。忽ちホ ームは過ぎ去った。スピードが急速にあがっていくのがわかった。新幹線の速さが私の気持を楽にした。


 暫く眺めていた窓から、私は車内に目を移した。四人程が通路に 立っていた。思い思いの姿勢で雑誌を読んだ り、景色を見たりしていた。その中に黒いワンビ ースを着た初老と見える婦人がいた。


 婦人は車両の中央部に背もたれを両手で突っ張る様にして立っていた。じっと窓を見ている横顔に意固地な線があった。やせていて、そのせいか黒いワンビースがふつりあいだった。スカートから出ている細い、皮膚の萎びた足も、ワンピースの艶やかさと不調和だった。着慣れないものを着ている、そんな感じがした。


 私がその婦人に注目したのは、彼女の前の席が空いていたからだ。座っていた人が便所にでも行 っているのだろうか、私は そう思って注意していたが、誰も席に戻ってくる様子はなかった。婦人は空席の横に立ってじっと窓の外を眺めているのだ。


 なぜ座らない? 私は近くに立っている他の人が座ろうとしないので、その席は単なる空席ではないとは思ったが、とにかく近づいて見ることにした。


 三メートル程離れた所で立ち止まり、私は少し体をずらして、婦人の斜め後ろから座席を覗いた。座席の上には真新しい骨箱が置いてあった。婦人の持物の様だった。


 席に座って膝の上に置けばいいのに――座れるかもと思って近づいた自分がバツが悪く、私はその場所に留まり窓に目をやった。


 婦人は窓外から時折り周囲に目を泳がせた。それは何か法えた様な目で、そんな時私の顔もちらりと見た。列車が幅の広い、だが水は中央部を細々と流れているだけの河を渡った時、婦人はすっと下を向いて骨箱を見た。景色について骨箱に何かを語った様な気がした。


 骨箱の隣に座っている乗客が、どうも気になるという風に、「座りませんか」と婦人に促した。婦人はロ早に、二、三度頭を下げながら断った。きっばりした断り方だった。


 私は体重をかける足を交互に代えながら、流れる景色を追った。結婚した友人や、久しぶりに会った友達の事なとが頭に浮かんでいた。だが、立っている事の苦痛が周期的に私を現実に引き戻した。私は横目て婦人を見た。変な人だ――鼻から息を抜いて私は大井を仰いだ。


「すみませんね」

婦八は座っている乗客に声をかけると、背を伸ばして網棚の茶色のカバンを降ろそうとした。手が充分に届かず、カバンが大きいので危なっかしかったが、男の乗客が手助けしようと立ちあがった時には、カバンは婦人の手に移っていた。彼女はカバンを自分の席の肘掛の上に置き、中から駅弁の弁当を取り出した。そして再び背を伸ばし、カバンの後端を網棚にかけ、うん、と奥へ押し込もうとした。爪先立って二度押したがカバンは動かなかった。さっきの乗客か立ちあがってカバンを特ち上げ、奥へ押し人れた。婦人は手を引いて、小さな声で何度か礼を言った。


 席に座って食べるだろうと思っていると、婦人は通路にしゃがみこんで食べ始めた。 通りかがった検札の車掌がそこで立ち止まり、婦人は慌てて立ちあがって通路を開けた。不様だった。頭がおかしいのか、私はふとそう思った。骨箱との関係について話しかけたい気持があったのだが、関わらない方がよいという気になった。


 しゃがみこんで弁当を食べている婦人の 、白髪混じりの頭の横に骨箱があった。婦人は時々顔をあげ、骨箱を見た。振動のためか小さく揺れる頭が、骨箱に相槌を打っている様に見えた。


 婦人は広島で降りた。骨箱を紫色の風呂敷で丁寧に包んで胸に抱き、片手にカバンを提げて、そのカバンの重みに少し傾く様にしながら降りていった。


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