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薫が入社した会社は同族会社。実は日本の法人のほとんどは同族会社、しかし規模や経営権にどこまでの親族が口を出してくるかで内情が大きく変わることを薫は働きながら実感した。
ピンからキリまでとはよく言ったものだが、同族会社と一括りにした中でも薫が勤めた会社は間違いなくキリ。理由は簡単、社長以下役員達の仕事は丁寧に印鑑を押すことがメインで後は何をしているのか分からない始末。更に問題が起これば率先して解決する、のではなく即座に誰かへ原因を押し付ける。耐えきれなくなった者は、早々に退社していった。
あの会社で長く勤めるコツは、社長以下役員達に気に入られること。『なっちゃん』はその最たる例だった。薫を入社させたあの男も入って早々役員だったのだから、なっちゃんを社員にすることなんて造作ない。後の面倒な手続きは同様に自分の力で入社させてあげた薫に投げればいいだけだった。
思い返せば、妙な人員構成の会社だった。金を生む営業よりも、何もしない役員という名の親族と会社で楽しそうにおやつを食べる事務職の女性の方が多いのだから。
死んでしまったのは悲しいし、あの中で働いていたことを思うと非常に悔しい。けれど、薫が突然いなくなり、あの会社がどうなったのかは気になるところだ。
そして、これがデズモンド・マーカムと交渉する上で重要になるのではないかと薫は考えている。
キャリントン侯爵領の為に尽くしてきたデズモンド・マーカム。スカーレットの記憶という情報によるとデズモンドの兄ルパートは一門の長であるキャリントン侯爵から何らかの不評を買った。だから家を潰されない為にも、デズモンドが努力を続けてきたことは簡単に推測出来る。それに、スカーレットが注意書きに誰もが心を奪われる美男子と書いているのだ、相当なイケメンに違いない。だというのに、実際のデズモンド・マーカムは領民の為の農地改革やら農業指導と泥臭いことをしっかりやっていた。日に焼けることも、肉体労働も厭わないということだ。
けれど、努力をしていたというのにデズモンド・マーカムは一人の侯爵令嬢のお守りの為にファルコールへ送られてくる。ケビン達の話では、最悪爵位を失うようなことをしてでもその令嬢、スカーレットをここに留めようとするだろうとのことだった。
爵位を失うようなこと、ケビン達ははっきり言わなかった、否、スカーレットに対し言えなかったが、それがどんなことかは薫には分かる。
まだ、会って話したこともないデズモンド・マーカム。その胸中はいかばかりか。
キャリントン侯爵領の発展に尽くしたのに、テレンスの失態のツケを押し付けられ、更には爵位まで失う可能性がある。しかもこの任務はデズモンド・マーカムを馬鹿にしているようなものだ。本来の能力ではなく、顔を使えと。
薫が沖縄以外の日本全国を回れたのは、あんな会社だけれども様々な場所へ行かなければならなかったから。そこを上手く利用し、週末は楽しませてもらった。そうすることで、日々の鬱憤を晴らしていたのだ。
デズモンド・マーカムにも任務を利用しキャリントン侯爵に一泡ふかすことをさせてあげられれば、心が晴れるのではないかと薫は考えたのだった。




