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ハーブティが全員へ行き渡ると、先ずは薫からハーヴァンの役割が改めて伝えられた。
「折角だもの、普段馬の扱いや世話で疑問に思っていたことを解消しましょう。よろしくね、ハーヴァン」
「こちらこそ、しっかり務めさせていただきます。空いている時間は料理の下ごしらえでも何でもやらせて下さい」
「ハーヴァンは右手強化の為、お菓子作りの手伝いを右手でしてもらおうかしら」
「それはいい、ハーヴァン、菓子作りはなかなか大変だぞ」
「もう、ケビンたら、お菓子作りの時間に逃げられたら困るからそんなこと言わないで」
全員の雰囲気を確認しながら、薫は上手くやっていけそうだと胸をなでおろした。ナーサが若干好戦的な目をしている気がするが、自分を見てアピールがまだ続いているのだろうと薫は思うだけだった。
そしてこれから迎えるリッジウェイ子爵夫妻のこと、その間は掃除や料理の下ごしらえの補助に町から人が働きに来ること等を伝えたのだった。
「あなた達からは、何かある?」
「はい、まずはリッジウェイ子爵到着の前に、マーカム子爵が到着します。本日午前中には隣町に到着したようでしたが、今日ファルコール入りはせずあちらで泊まるようです」
「確かなの?」
「はい、隣町の巡回から帰ってきた私兵が宿帳も確認済みです」
この世界は個人情報保護より領主の下で働く者が優先。即ち確かな情報ということだ。
「じゃあ、明日午前中にはファルコールに到着ということね。確か、当分は町の宿に泊まるのよね。プレストン子爵は引き続き代官所の仕事があるのだから引っ越すわけにはいかないし」
「実はマーカム子爵とその従者は共に独身ということもあり、隣の私兵宿舎での生活を望んでいます。仕事でも絡むので、交流を深めることが出来るという御尤もな理由をつけて」
「…そう。でも、それはお父様がお許しにはなっていない、といったところかしら?」
「はい」
「住む場所は重要よね…。彼らにとっても、わたしにとっても。ねえ、場合によっては、隣に住んでもらうことになるかも。交渉次第だけど」
薫が浮かべた蠱惑的笑み。三人の男性は立場上惑わされないよう心の中で葛藤すると同時に、その表情だけは簡単にマーカム子爵に見せないでくれと願った。いくら経験豊富で女性に困ったことがないマーカム子爵でも、その表情を見せられては本気になりかねない。
「交渉とは?」
「マーカム子爵が隣に住みたい『理由』を叶えてあげればいいのよ。恐らくそれを叶えられるのはキャストール侯爵令嬢だわ」
三人は再び思った。だから、そういう表情を浮かべないでくれと。そして誰がマーカム子爵のことをスカーレットに伝えるか、視線でその役割を押し付け合った。純真無垢なスカーレットには刺激の強すぎる内容だ、伝える側にもそれ相当の勇気がいる。
その視線の遣り取りをまたもや薫は勘違いしていた。三人がすっかり打ち解けたと。女性同士と違って、男性は上手く打ち解けるのねと。
ナーサの視線は恋心、男性三人の視線は打ち解けた証拠だと勘違いしまくった薫。しかし、まだ会ったこともないデズモンド・マーカムに関する分析は実はしっかり進んでいた。
何となく同じ匂いがする人間だと思っていたのだ。上に都合良く使われ、搾取されるタイプの人間ではないかと。もしこの読みが正しければ、デズモンド・マーカムが薫の提示する条件に乗ってくる可能性は高い。そう、交渉は無事成立する。




