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スカーレットが美しいのは誰もが知ること。でも、ハーヴァンはここ数日でスカーレットが優しさの中でも面倒見が良いことを知った。それは、身分や立場に関係なく。
そして今しがた見せた表情は、言葉にするなら狡い可愛らしさだ。スカーレットは分かっていないだろうが。
だからこそ思わずにはいられない。様々な表情を立場に関係なく見せていたら、アルフレッドとの婚約は継続していたのだろうかと。けれど、見せることが出来なかったからジョイスにチャンスがやって来たのも事実。
過去において初恋を諦めざるを得なかったジョイス。どこかで燻り続けていたジョイスの恋心という火に、油が注がれる瞬間をハーヴァンは何度も目にした。ハーヴァン以外は誰も気付かないであろう、小さな表情の変化に。
大人の恋に長けたマーカム子爵はスカーレットをどう思うのだろうか。幸い、スカーレットが挨拶に行く時は同行出来る。ジョイスの為にもその様子を見るだけでなく、スカーレットをマーカム子爵の視線からしっかりと守らなくてはいけないとハーヴァンは思った。
いや、しかし…、どうしてハーヴァンがスカーレットを守るのか。ハーヴァンはジョイスの従者、だから守るべき主はスカーレットではないというのに。
「仕事を始めるのは明日からで大丈夫かしら。でも、体が辛かったら無理は絶対にしないで」
「…仕事、ああ、はい、明日からで大丈夫だと思います」
スカーレットから発せられた仕事という言葉。ハーヴァンは自主的にスカーレットを守りたいと思ったことを、仕事だからと心の中ですり替えたのだった。
「昼食後はこのファルコールの館、畜産研究所、隣の詰め所の案内をするわね。勿論、一度案内しただけで全て覚えろとは言わないから安心して。短い期間ではあるけれど楽しく働いて欲しいもの、不安や疑問を抱えるよりは何でも聞いて」
「ありがとうございます」
「部屋はそのまま使って。あと、服が必要よね。後でナーサに用意してもらっておくわ。勿論、その分も働いてもらうから」
茶目っ気ある表情で、服代は労働で返せというスカーレット。ハーヴァンは危険だと思わずにはいられなかった。こんな表情を見せられては、誰もが恋に落ちてしまう。
「じゃあ、ハーヴァンは昼食までは自由に過ごしていて。勿論、馬達のところへ行ってもいいわ」
「ありがとうございます」
「ねえ、それと、仕事柄しょうがないのかもしれないけれど、話し方が固すぎ。もっと気楽にして」
「えっと、それは…」
「徐々にでいいから。ケビン達にも言っているのだけれど、みんな固いのよ。言ったその後は少しくだけるんだけど、直ぐに戻っちゃうし」
「分かりまし…、分かった」
「うん、その方がいい。一緒に働くのだもの、気楽な言葉遣いで、気軽な関係を築きましょう」
ハーヴァンは頭の中でジョイスに謝った。立場を弁え、適切な距離を取りたくてもスカーレットはグイグイやって来ると。様々な表情を見せつけて、距離を縮めてこようとするのだと。




