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時は遡ってジョイスがファルコールを去った日、薫は改めてハーヴァンと様々な話をした。
体調の確認や、得手不得手、ついでに食べ物の好き嫌い。
「どうする、早く王都へ戻りたければ明日から働くことも出来るけれど。ゆっくり出来るならば、先ずは体調をしっかり整えることを勧めるわ。でも、その前に必要額を確認させて。ハーヴァンさん、あなたは馬一頭分、それとも乗り合い馬車と宿代分、どっちを選ぶ?」
「流石に馬一頭分の期間は難しいので、後者でお願いします。それとキャロルさん、わたしのことはハーヴァンとお呼び下さい」
「分かった、ハーヴァン。それならあなたもわたしをキャロルと呼んでちょうだい」
「それは、ちょっと…」
「お願い。ここの人達はなかなかわたしをキャロルとは呼んでくれなくて困っているの」
「ですが…」
「これは最初の仕事。困っているわたしを助けるという。わたしは既に困っているジョイさんを助け、王都まで無事帰れるよう協力もしたわ。ハーヴァン、あなたは?」
「分かりました、…キャロル」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、これからハーヴァンにお願いしたい仕事を説明するわね」
薫がハーヴァンに依頼した仕事は主に二つ。
一つは私兵達にクロンデール子爵家の馬の世話方法を伝えること。もう一つは館の馬の世話そのものをすることだった。
「それだけでいいのですか?」
「後は手が空いている時に色々なことをお願いするわ。その内リッジウェイ子爵夫妻がゲストとしてやって来るし。でも、手が空いている時に一番やって欲しいのは元あなた達の馬二頭の世話かしら」
「ありがとうございます!それは、わたしからお願いしようと思っていたことです」
「そう、良かった。双方の願いが一致したわね。リッジウェイ子爵夫妻がいらしたら、その馬達の世話も増えるわよ」
「勿論引き受けさせていただきます」
「頑張って。お二人が喜べば、帰路の同行が出来るかもしれないわ。序にリプセット公爵邸前で降ろしてくれるかもね」
「…ありがとうございます」
「わたしは何もしていないわ。働くのはあなただもの。ああ、それともう少しするとマーカム子爵がファルコールに到着するらしいの。子爵がお見えになったら、わたしは挨拶へ行くつもり。ハーヴァンにはその時に、わたしに付き添ってもらいたい。あなたの公爵子息の従者という本業を発揮してもらえるかしら」
「それは勿論お供しますが」
「ああ、服装とかは気にしないで。付き添ってもらうわたしはキャロルのままだから。子爵にもそういう認識を持ってもらう為に挨拶へ行くの」
「ですが、子爵の役割は恐らく…」
「そうねぇ、キャストール侯爵令嬢の監視でしょうね」
目の前にいるキャロルと名乗る女性。どう考えても貴族学院を出て数か月の十八歳。しかも本来は周囲から気遣われる立場の令嬢だ。ジョイスの従者に過ぎないハーヴァンの帰路を考え、マーカム子爵への対応など自ら考える必要はないはずの。
ハーヴァンは不思議でならなかった。王都で目にしたことのあるスカーレットは美しく結い上げられた髪に最先端のドレス姿。いつか国の頂点に君臨する女性そのものだった。それが、今、可愛い顔で思案中ときた。
ジョイスはハーヴァンにスカーレットを探るなと言った。でも、それは無理だ。探らなくても日々発見してしまう、新たな面を。侯爵令嬢なのに、料理やホテル運営までしてしまうのだから。
ハーヴァンはどうしてか胸が弾むのを抑えきれなかった。




