王宮では9
「大変だったな。天候が荒れているとの知らせは受けていたから、もう少し帰りが遅れると予想していたくらいだ」
「済まない、予定より時間を掛けてしまい」
「問題ない。悪天候でジョイスに何かある方が俺には大問題だったのだから」
アルフレッドには国境沿いの悪天候は伝えられていたようで、ジョイスの王都到着遅延は織り込み済みだった。寧ろ、予想より早かったことに驚かれたくらいだった。
予想と違う。それに対し『良くやった』とアルフレッドが言わないことくらいジョイスは分かっている。
驚くほどの早い到着には何らかの理由があるはず。その理由が正しいものなら問題ないが、どこかにしわ寄せを強いてまでなされたものならば後々面倒なことに繋がることも。特にジョイスが通ってきた街道はキャストール侯爵家が整備したものだ、言い換えればキャストール侯爵家と繋がりが深い家が治める地域を通過してきたことになる。スカーレットとの一件がある以上、アルフレッドがジョイスからその理由を聞きたいのは当然のことだろう。
そのことを踏まえた上で、ジョイスは悪天候に見舞われてからの帰路の様子をアルフレッドへ説明したのだった。
「そうか、では、国境検問所では出国を止め、入国のみを受け入れていたということだな」
「ああ、非常に適切な判断だ。俺達が検問所へ向かうにつれ誰ともすれ違わなくなったので、早々に止めていたのだろう。天候に関して優れた判断力を持つ者がいると考えられる。そしてその判断に対する信用もあるようだ。ファルコールの宿は足止め客でどこもいっぱいだったが、誰も文句は言っていなかった」
「新たに着任することになっているマーカム子爵も上手くやってくれるといいのだが」
「あの人なら大丈夫だろう。自分の意見を押し通すより、流れを読む」
「そうだな、でなければ、キャリントン侯爵の下であんなに上手く領地経営を回していけないか。ところで、悪天候に見舞われたファルコールの様子は?」
「今までは通過するだけの町だったからあまり細部まで気に留めていなかったが、ファルコールは良く考えられて造られているよ。ああいう天気の時こそ、それが良く分かる。雨量が多い時に町から水を逃がす為の水路が整えられている。しかも全てが川へ注がないように。川が氾濫すれば、下流に位置する町に害が及ぶからな。そこまで考えられているんだ、川に接する領主や街道沿いの領主はキャストール侯爵家との繋がりを大切にするだろう」
「その侯爵家の娘との縁を大切にしなかった王子がいるとは、その者達には驚きだろうな」
自嘲的なアルフレッドの発言。ジョイスには否定出来なかった。仮に言葉で否定したとしても、事実は覆らない。しかも気休めにもならないのだったら、最初から何も言わないほうが良いだろう。だったら伝えなくてはならない他のことを立ち止まらず、話すべきだ。
「あと、聞いた話によると町の外れにある肥溜めが良くなったとか。定期的に流れを変え、一つの穴に半分以下しか貯めないようにしているらしい。だから、あの雨でも問題はないだろうと町の者が言っていた。何でも、畜産研究所で家畜の糞尿を早く分解し肥料に変える手段を得たとか」
「それは興味深いな。他のところへもその技術が転用出来れば…。まあ、その前に片付けなくてはいけないことだらけだが」
「ああ」
「もしも、俺がスカーレットを妻にしていたならば今頃その技術をファルコールから広げる話をしていただろうか。色気のない話だが、民の生活には必要だと」
「さぁ、それは分からない。過去が変えられない以上、違う過去を想定した未来は来ないことしか俺には分からない」
話す内容がファルコールなのだから、どうしてもアルフレッドの頭にスカーレットの存在が過るのは仕方がない。けれど、ジョイスは引っ掛かってならなかった、アルフレッドがスカーレットの名を呼ぶことを。
「アル、そろそろ呼び方を変える癖を付けた方がいい。キャストール侯爵令嬢と。さもないと肝心な時にキャストール侯爵の前で出るぞ」
「…そうだったな。話が逸れて済まない」
それからジョイスはハーヴァンのこと、二頭の馬を一頭と交換したことなどを続けて報告したのだった。敢えてファルコールの館に宿泊したこと等は触れないようにして。




