49
ファルコールから遠く離れた王都でデズモンドがスカーレットに興味を持とうと、テレンスがスカーレットに謝ろうと、そんなことを知らない薫はジョイスとの話し合いを終え、一息ついていた。まあ、仮令知ったところで、我関せずと一笑した程度だっただろうが。
「お見事でした、キャロルさん」
「我々の出る幕はありませんでしたね。恐らくジョイス様の言葉はほぼ真実でしょう」
「それはあなた達が知る情報と照らし合わせても信憑性があるということね?」
「…はい」
薫が投げたのは直球の質問。昭和の野球漫画なら消える魔球のように度肝を抜かせつつ、相手を翻弄出来たのかもしれないが、薫にそんな技はない。
しかし、ケビン達からはその直球が圧を与えるには効果的だったという評価を得たのだった。
「ジョイス様には申し訳ないけど、話してもらったことは全てお父様へ報告しておいて。問題はわたしがどう動くべきかね」
「キャロルさんはどうしたいですか?あなたがここに来た目的のままに」
「ありがとう、ケビン。わたしは、ここで自由に楽しく暮らしたい。新しく出来たあなた達という家族と一緒に」
ケビンはスカーレットが自由に生きて行く後押しをしようと思い発言しただけだったが、返ってきた言葉に一瞬我を忘れてしまった。横にいたノーマンとナーサもそれは同じ。スカーレットが自分達を家族だと見做しこれからもずっとここで楽しく暮らして行きたいと宣言したのだから。
「閣下に知られたら怒られるだけで済むかどうか。でも、俺達も嬉しいです。こんなに気立ての良い妹が出来たんですから」
「あら、気立てが良いかは分からないわよ。特にこれからはね」
そう、これは本当のこと。スカーレットだったら善だけ、けれど、薫が加わってしまった以上悪が混じる。そして、理解した、スカーレットとイービルは共に居て然るべき組み合わせなのだと。
「さて、お兄様達、一番大きな問題のパートリッジ公爵家への対応はどうしようかしら?」
「パートリッジ公爵家はスカーレット様のことを思ってそのようにしたのでしょうね」
「スカーレットとしては、違約金も貰ったし、もう王家とは関わりがないからどうでもいいのだけれど。隣国の王家とパートリッジ公爵家の顔は立てないとね。ジョイス様は今回も成果が無かったのだし、またあちらへ向かうのでしょう。通り掛かるからと手土産を持って来られるようになっても厄介よね。三回目の訪問で終わるよう、ここはわたしが一筆認めるしかないわね、パートリッジ公爵へ」
薫はその道のプロ二人にアドバイスを仰ぎながら、今後のことを決めていった。
ケビンとノーマンはジョイスからの発言だけではなく、今後薫が取る行動もキャストール侯爵へ報告することだろう。勿論それは薫の中では織り込み済み、更にキャストール侯爵が動くことも。
しかし、ジョイスがパートリッジ公爵から言われた、『貴殿らは、我々がそちらへ向かうことを由としないと考えているとは気付かなかった。姪の華燭の典を無くしたというのは、そういうことだと理解したが』という言葉は重い。一度目の訪問では門前払い。二度目の訪問で漸く顔を合わせて貰えたと思ったら、この言葉だ。しかも、貴族学院で何が起きていたのかも全て掌握されていたそうだ。
薫は全てのことに対し手を回すつもりはない。ただ、ジョイスがもうここを通らないようにするだけだ。次の国王になるアルフレッドには様々なお勉強が必要。その機会を奪ってはいけないだろう。
「さあ、この話はここまで。ケビンから今日は外出禁止令が出ているから、予期せぬお客様達への昼食準備と夕食の仕込みでもしようかしら。宿泊費は頂くことになっているのだもの、そこはちゃんとしないとね」
「勝手にやって来たんですから、適当でいいじゃないですか」
「もう、ナーサったら正直なんだから」
「だって」
「わたしは彼らの為だけに作るんじゃないわ。ナーサ達にも喜んでもらいたいの、ね?」
薫はナーサを宥めると、ケビンとノーマンに食材の調達をお願いしたのだった。




