王都キャリントン侯爵家6
デズモンドがキャリントン侯爵邸にやって来た日、忙しいにも関わらずテレンスが邸内にいたのには理由がある。たまたまタイミングが合ったという体をデズモンドへは装ったが、テレンスなりに細工をした結果が上手くいったのだった。
テレンスは現在、王宮内で二人分の仕事をしなくてはならない。それはアルフレッドの遣いでジョイスが隣国へ行っているからだ。といっても、本当に一人で二人分の仕事という訳ではない。ジョイスが頼んだのは期日が迫っているものだけ。時間的に余裕のあるものはそのままにしておいてくれれば良いと伝えていた。
ただ、テレンスとジョイスの仕事は様々な事情で増えていた。期日が迫っているものだけをテレンスが引き受けたとしても、日々の労働時間は必然的に長くなっていたのだった。
そしてデズモンドがキャリントン侯爵邸へやって来る予定日の前日、テレンスは更に多めに仕事を片付けていた。まだ期日が先の分も含め。
日付が変わった頃、テレンスの顔色を見たアルフレッドは言った、『明日は、否、今日は昼過ぎから来ればいい』と。現状への対処とちょっとしたテレンスの意図は上手く結びつき、デズモンドと顔を合わせる時間を生み出したのだった。
それに顔色が悪いことは誰の目にも明らか。無理をさせ増加した仕事量にいよいよテレンスが対応出来なくなるよりは、少し多めに休息を取らせた方が良いと考えるのが当然のことだった。
しかしテレンスの顔色が悪いのは多くの仕事を休む間も無くこなしていたからではない。なかなか寝付けなかったのだ、不安から。それこそ心が押しつぶされ、粉々になってしまうのではないかと思うくらい不安だった。
滑稽かもしれないが、躊躇することなくスカーレットの心を粉々に砕いたくせに、自分の心が砕かれることにはテレンスは恐怖を覚えたのだ。
事の始まりは隣国からの手紙。
そこに書いてあったのは、簡単に言えば『今後の関係見直し』をしたいということ。けれど肝心な『何』についての関係見直しかが記されていなかった。
隣国がうっかり書き忘れた、という馬鹿げた理由でないことは明らか。敢えて書かなかったのだ、けれど、態々書いてあることもあった。手紙は王家の名だけではなくとある公爵家の名も連ねてあったのだ。
その公爵家とは、隣国では外交の要に位置するパートリッジ公爵家。昔から外交に携わり功績を残してきた家だけに、手紙にパートリッジ公爵家の名前が連なっていても何ら不思議はない。しかし、パートリッジ公爵家といえばスカーレットの母親の生家でもある。
手紙がやって来たタイミングを考えると、様々な推測がなされて然り。その推測も、誰一人として良いことを考えた者はいなかった。
勿論テレンスの推測も悪いことばかり。けれど、それがテレンスの恐怖の原因ではない。この時はまだ恐怖は生まれていなかったのだ。
生まれたのは、手紙への対策をアルフレッド、ジョイス、テレンスの三人で考えていた時だった。




