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リプセット公爵夫妻としては、オランデール伯爵家を一時預かりにする時にはその管理運営を次男のジョッシュに任せるつもりだ。この話がなければ、ジョッシュにはリプセット公爵家が持つ子爵位の一つが与えられ、兄のジェストの補佐役としてリプセット公爵家を盛り立ててもらうつもりでいた。しかしそのことがジョッシュにある悩みを与えていたのだ。
今のジョッシュは直に子爵になることが決まっている公爵家の次男。しかも公爵家の中で最も力がある家の。だからだろう、ジョッシュの周りにはその状況が好きな令嬢が集まってきやすかったのだ。というのも、ジョッシュに与えられる爵位は子爵だとしても関わるのは生家のリプセット公爵家。領地を与えられなくても安定した生活をおくれることは保証されている。しかも、ジョッシュの妻になれば社交の場で苦労をするようなこともないだろう。リプセット公爵家に関する重要なことはエラルリーナ、そして徐々にイシュタルが行うだろうから。そう、ジョッシュの妻という立場は、貴族でいたいけれど面倒なことはしたくない令嬢にとってうってつけなのだ。そしてそれがジョッシュの悩みだった。ジョッシュに近付く女性は、歌が上手い、ピアノが得意、刺繍が好きといったことはアピールするが、誰も家をどう発展させていきたいかという話はしなかった。
『父上、兄上、序にジョイス同様、俺も女性の気持ちに疎いから気付かないだけだろうか…』
夫人は近づいてくる令嬢に対しそう呟くジョッシュを何度となく見て来た。ジョッシュの良い所は父親と兄の女性の気持ちに疎いことを反面教師とし、少しでもその女性を知ろうと努力するところ。ただ察する能力はリプセット公爵家の男性なのでとても低い。そこでジョッシュはより多くの具体的な話をすることでその女性の考えなどを理解しようと努めたのだ。しかし、出て来る内容は趣味嗜好ばかり。どうにか未来に向けたもっと深い部分を知ろうとジョッシュが努力をしても、令嬢達は興味のない話から好きな話題に直ぐに戻してしまう。恐らくジョッシュは令嬢達の趣味趣向辞典を作り、同世代の結婚相手を探している男性に売れば一儲け出来るはずだ。
『タイミングが悪いのか、知りたいことを教えてもらう前に会話の内容が変わってしまう。しかし、次は王都で流行りの店の茶を飲みたいと誘われはする。どうしたら母上の様に知りたい情報を得られるのか…。リップセット公爵家の男性の宿命なんて不要なものの代わりに、母上のような情報収集の手腕が欲しかった』
夫人にしてみればこの手腕は得るのではなく、磨き上げていくもの。だからジョッシュの言葉へは、まだまだ経験が足りないとしか言いようがない。それにジョッシュに近付く令嬢は、なかなか目の付け所が良い抜け目のない令嬢であることも事実。そういうタイプは上手く導けば化ける可能性がある以上、夫人はジョッシュの悩みを聞いても見守るスタンスを取っていた。何よりジョッシュが本気で好きになる令嬢が現れれば、悩みは二の次になるだろう。
しかしここでジョイスもスカーレットに対し『好きになってはいけないから嫌いになる』という考えを持ってしまったように、ジョッシュも『兄をサポートし公爵家に尽くす』という強い気持ちを持ってしまった。だから伴侶へ恋愛的な気持ちよりも、共に未来を見据えてくれるかを重要視するようになったのだ。これでは本気で好きになる相手が現れるのも難しい。
「だからオランデール伯爵領をジョッシュが一時的に預かり管理することを早めに公表すれば、近付いてくる令嬢のタイプが変わるだろう。そしてジョッシュにはリプセット公爵領から隣のオランデール伯爵領を通りファルコールまで伸びる街道を整備する事業を直ぐに始めさせようと思う。スカーレットが進めようとしている輸送業に合流する道を作らせないと」
「まあ、大変。でも、それならば自分の生家の利益やジョッシュが預かる伯爵家の未来を考える令嬢が近付いてきてくれるわね」
「ああ、それにこれはジョイスの試練にもなると思うんだ」
「ジョイスへの試練?どういうこと?」
夫人は先を早く知りたいというような瞳で公爵に尋ねたのだった。




